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挿話49 中沢琴(イース国治安維持部隊隊長)

「コト殿、いよいよですな!」


 ともに火を囲む“うえるず”の兵が興奮気味に語る。

 それに対し、頷くしか返せない。


 原野で火を囲み、干し肉をかじる100人ほどの兵の中にいて、戸惑いを覚えているのは自分だけだろう。

 その周囲にもいくつか分かれて火を囲んでいるのが10ほどある。


 昨日、“うえるず”の宰相と名乗った男と出会った後、とんとん拍子に話が進んだ。

 元々彼らと接触することは想定の中にあったとはいえ、こうもたやすく話が進むとは思ってもみなかった。いや、今や“いいす国”と“うえるず国”の利害は一致していると言っても過言ではない。

 すなわち外敵である“でゆえん軍”を追い払うこと。その一点にかかっている。


「侵略者の奴らは国都の四方を固めております。そのかずおよそ2000人。硬く城門を閉ざし、日夜厳重な警備をしているのを見ればよほどの犠牲を覚悟しなければならず。しかも我々を探してか、討伐隊を組織して追って来るため一か所に落ち着くこともできず、流浪の日々を送っていました」


 そう宰相が辛そうにこぼす。

 元は純白だっただろう、身にまとった法衣のような衣服は泥と埃にまみれて小汚く変色してしまっている。また、顔も以前に一度見ただけだが、その時よりやつれて見える。


「太守というのは共に?」


「いえ、太守様はお隠れになられております。デュエンに追われて以来、消沈してしまい病がちになっておられるので」


「…………」


「あ、いえ。気にしないでください。これはこちらの話ですので」


 少し照れ笑いをして、宰相は話を変えた。


「しかし、良いのですか? 本当に。他国の人間でしかない貴女が、我が国の戦いに、しかも一番危険な任務にあたるとは」


「これは我が国の問題でもあります。そして奪還が成った暁には――」


「ええ、その時は我が全軍をもって、イース国都の救援に向かわせていただきます」


「闇夜の契約、確かに」


 いりすからの要望。それが“うえるず”の国都解放と、援軍の派兵だ。

 そのためには占領されている国都を解放しなければならないということだが、兵力差を鑑みてもそれは圧倒的不利な状況。


 ただ一応、彼らとしても手は打っているようで、


「しかし、ちゃんといるのだろうか? 猛獣のはらわたを内側から食い破る、身中の虫が」


「はい。元は我らの国。しかしいざ立ち上がるのは200かそこら。しかも連絡が取れないため、奪還の打ち合わせもできず、連携もできません」


「だからこそ、ボクがいるということか」


「ええ。一番危険なところを押し付けて申し訳ありませんが」


「構わないさ。ボクが、そして運命さだめの人が望んだこと。そもそもこの中で疾風暗黒法神流に目覚めているのはボクだけだろう?」


「そう、ですね」


 宰相は疲れたようにつぶやく。

 確か彼らが敗走したのは2週間ほど前だったか。それ以降、こうも食うや食わずの生活を続けていれば、精神が荒廃するのも時間の問題ということか。


 彼らが一体どれだけの辛酸をなめてきたことか。あるいは京から江戸に戻った土方くんもこういった心境だったのか。


「私は、もう、疲れました。大国の圧を一身に受けるのも、太守のおもりをするのも、軍部のご機嫌を取るのも。あるいはこのまま滅びてしまってもいい。そう思ったことは何度でもあります」


 宰相が体の奥底から、疲労を絞りだすかのように、大きくため息をつきながら語る。


「けど、このままでは終われないのです。国都に残してきた民のため、この私について来てくれた兵たちとその家族のため。そして国のために死んだ弟のため。そのために、私はまだ戦うのです」


「…………」


「すみません、貴女に聞かせる話ではなかったですね。けど、あるいは――貴女やイリス殿が我らを導いてくれたら……いえ、もうやめましょう。どうか、この話は聞かなかったことに」


「ボクは闇だ。法神を学んだ人ならざる闇の住人。だから何も気にすることなはない。影に話しかけたと思ってくれ」


「……ありがとうございます」


 そう言って、宰相は静かに笑った。


 それからしばらく無言が闇夜を支配した。

 辺りに1千近い人間がいるのに、その誰もが黙って思い思いに休息している。


 今日、これからの作戦が失敗すれば、彼らは二度と祖国に戻れない。それを思っているからだろう。


「では、先に」


「ご武運を」


 夜も更けたころ。

 宰相らに見送られて独りでその場を離れる。


 彼らは夜が明ける前に出発する。城内に潜入して中にいる反乱軍に合流したボクらが、城門を開くと同時に突入するために国都近くまでいどうするのだ。


 兵力差はそれでもまだ敵の方が多い。

 あとはどれだけ敵を混乱させられるかだが、こういう時に効果的な放火や破壊活動はできない。自分らの家族が住む家であり、守るべき民だからだ。

 その制約も踏まえて、まだ勝負は五分五分かやや悪い。


 それでもボクは戦う。

 友の、運命の人の願いをかなえるため。

 そして守れなかった人たちに代わり、今度こそ守り通すため。


 月明りの下で、馬を走らせる。

 月があるとはいえ、疾駆はできない。ゆっくりと確実に距離を稼ぐ。


 その時、何かを感じた。

 左手の暗闇から発せられる澄んだ視線。その中の禍々しい何か。

 その何かに不穏なものを感じ、馬を止めて降りると薙刀を取り出した。馬上で迎え撃つには難しい。そう直感した。


 ふっと陰りに包まれた。月に雲がかかったのだ。


 途端、斬撃が来た。

 左。弾く。軽い。いや、いなされた。


 数歩先の地面に影が着地する。この身のこなし。しのびか。しかも知っている感覚。数日前に刃を交えた相手。


「風魔小太郎か」


「はいはーい、大正解ー!」


 雲に隠れた月が姿を現し、月光に照らされ現れたのは思った通り風魔小太郎だった。

 相変わらずの汚い衣服にぼさぼさの髪。一見すると浮浪者にしかみえない。だが殺意に満ちた瞳は、あからさまにその人物の異常性を示すのに十分だった。


「生きてたか」


「ひっどいなぁ。あれ。キミがやったんじゃないか。自分を吹っ飛ばしてさ」


「自業自得だろう。ボクの運命さだめの彼女を裏切った罰だ。本当なら三千世界の果てまで追って仕留めるところを、その程度で許してやったんだ。感謝するといい」


「その程度ねぇ。自分じゃなかったら死んでたよ?」


「なら、今度こそ息の根を止めよう。我が疾風暗黒法神流の秘儀にて、今度こそ闇に堕ちよ」


「それはないなぁ、だって、自分にとって闇は友達、だっ!」


 何かが飛んできた。クナイ。弾く。その後にも殺気。薙刀で弾く。これもクナイ。しかも黒く塗られた。囮と闇夜に紛れた二段構え。児戯だ。


「やるね、これなら、どうかな!」


 小太郎の声だけが聞こえる。今の一瞬で身を隠したか。

 月明りがあるとはいえ、何もない平原だ。その中で姿を隠すのは尋常じゃない。


 さすがは風魔小太郎というわけか。


 だが――


「我が疾風暗黒法神流に敵はない! 疾風かぜよ!」


 薙刀を頭上に掲げて回す。それによって生まれるのは風の防壁。それは範囲を広げて、周囲のすべてを薙ぎ払う。そしてそれは闇に住む者も含め。


「わっ、やばっ!」


 見つけた。同時、跳んだ。

 風を受けて宙に舞う男。その胴を薙刀で薙ぐ。防御された。だが不完全な態勢。そのまま地面に叩き落す。


「でっ!」


「これで、終わりだな」


 倒れた小太郎に薙刀を突きつける。

 油断はしない。変わり身や暗器や毒といったものを使うと聞く。もともと中沢家は沼田の真田家の家臣の出。しのび素破すっぱというものは体の中の血が知っている。


 だから何か微動だにすれば、刃が首を斬り裂くと殺気を込めて相手の反応を待つ。


 やがて――


「あー、はいはい。負けた、負けました。ったく、かっこわりぃな」


 体の力を抜いた小太郎が、草原に寝そべってそう放言する。


「なぁ、負けを認めたから、それ、どけてくんない?」


 ボクの薙刀の切っ先をツンとつつく小太郎。その行為が不愉快だったが、彼からは殺気は消えてしまっている。

 だからボクは薙刀を引くと、そのまま構えを解いた。距離はある。ここから何かしようにも対処できる。逃げられたらそれはその時。次に襲ってきたら、今度こそ問答無用で叩き斬ってしまえばいい。


「なんか怖いこと考えてない?」


「別に。ただお前を閻魔大王のもとに引きずり出す算段をしていただけさ」


「怖っ!」


 そう言いつつも、面白がっているように見える。

 食えない男だ。これでいりすと、あの“でゆえん”にも二重の間者になっていたというのだから。


「分かった分かった。そんな顔で見つめないでよ、もう。綺麗な顔が台無しだよ」


「ボクの中に住まう修羅はお前の首を刎ねたがっているんだけど?」


「はいはい、降参ですよっと。まったく、ちょっとしたおちゃめじゃんかさ」


「おちゃめで人を殺すのか?」


「殺される自信でもあった?」


「……ふん」


 何を言っても無駄だろうと悟った。

 この男はこういう男。それ以上にもそれ以下にもならない。


 何よりボクは今は急ぎの途中だ。こんな奴に関わっている暇はないはず。


「さっさと“うえるず”とやらに行くといい。次に会ったら、今度こそその首を刎ね飛ばす」


「まーまー、ちょっと待ちなって。どうしてそうも敵か味方で考えるかなぁ」


 お前が運命さだめの契約を破り捨てたからだろう。

 そう言いたかったけど、これ以上時間はかけていられない。


「待てって。“うえるず”の国都を解放しに行くんだろう?」


「どこで、それを」


「ははっ、やっぱ当たりか。かまかけてみたんだけど、大正解っと」


 舌打ちする。こんな簡単な詐術に騙されるとは。


「やっぱり殺すか」


「あー、待った待った。話は最後まで聞くといいよ。その“うえるず”に自分も一緒に行ってあげるよ」


「……何を考えてる?」


「べっつに。ただいりす殿を裏切ったことはちょっと申し訳なくてね。だから恩返しじゃないけどさ。手伝ってあげようと思って。ほら、自分の異能なら城門だって乗り越えられるし。君も行くつもりだったんだろう? だったら君が門を開けて、その間に自分が“でゆえん軍”の将の首を取ってこよう。そうすれば混乱した敵は討ち放題。ね、いいだろう?」


「何を考えてる?」


「…………別に。君と同じだ。自分は闇の世界の住人。闇には闇なりに、生き方ってのがある。それだけのことさ」


 暗い。そして深く、不快な声で小太郎がつぶやく。

 この男。どっちが正体なのか。


 いや、どうでもいい。

 手助けするというのであれば、それを拒む理由はない。こちらはまだ不利なのだから、手段を選んでいられないのだ。


「次に裏切ったら、空中で32分割にするから覚えておくといい」


「おお、怖い怖い。それじゃあよろしくお願いするよ、琴ちゃん?」


 呼ばれ、鳥肌が立ったが、黙殺して耐えた。

 すべては、いりすのため。そのためなら、こいつと組むことだって…………まだ、なんとかなる。

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