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第23話 はじめての策

「足元が悪いから焦らず、でも急いで!」


 夕闇の中、薄暗い林の中を必死に走る。


 ここは時間との勝負だ。


 仕組みは簡単。

 四方を固めた敵は、いずれは侵入してくるはず。

 ならその侵入してきた敵を撃退すれば、敵に隙ができる。そこを突くというものだ。


 実際に動いたのは北の軍。

 それが将軍だというのが聞こえたこと。それとその前に襲ってきた敵がこぼした“狩り”というのを聞いて敵の動きが分かった。


 北から精鋭を出して追い立てる。

 こちらとしては南に逃げるしかないが、そこには1千の敵が待ち構えている。

 挙句、僕らは北の精鋭と南の1千に挟まれて全滅する。

 獲物を森から追い出す勢子せこと、それを待ち受ける狩人が相手のやろうとしていることだと見た。


 相手の出方が分かれば、それに対応する方法を考えればいい。

 一番に考えたのは、入ってくる精鋭の撃破だ。

 その軍だけ他の軍から切り離された孤軍だから、やり方によっては狙い撃ちできる。


 そう考えて、僕は東に進路を取った。

 この林。地図で見れば四角の形をしているみたいだが、若干左右に長い。そして僕らがいるのは中央やや左といった位置。

 だから東に移動すれば、その分、西や南に行くより林を抜ける距離が生まれる。


 その距離に罠をしかけた。


 罠といっても単純だ。

 敵が追ってくるのを引き付けながら、途中でタヒラ姉さんたちの軍を離脱させた。

 それを知らずに追って来る敵の背後から、タヒラ姉さんが襲い掛かり、敵を蹴散らすというもの。

 包囲を薄くすること、こちらが30人しかいないことから敵は少数しか入ってこないわけだし、タヒラ姉さんはキズバールの英雄と呼ばれるほどに強いというのは知ったから、背後から奇襲すれば十分に勝算はあると踏んだのだ。


 それに、敵が食いつきやすいようにかがり火をともしたり、僕自身が最後尾にいて逃げるペースを調整していたわけだけど。


 そのかいあって、今、僕たちはフリーになった。

 中に入った軍はタヒラ姉さんが対処してくれたし、東西南北にいる軍は僕らが出てくるのを今や遅しと待ち構えているはず。


 さらに敵は直前に笛を使った。

 おそらく、僕らが東にズレたことに対する通知のためのものだろう。

 東と西はともかく、北と南にいる兵は東に同じようにズレるはずだ。

 そうやって僕らの南北と東を抑え、西から精鋭が蓋をするという戦術を描いたに違いない。


 そしてそれは、敵の位置が一時的に固定化されるということ。

 さらにイコールで、敵の包囲に隙間が空いたということ。


 方位の北――その西側。

 ここには今、蓋をする軍がいない。東にズレたからだ。

 だからそこに向かって僕たちは一直線に走ってるわけだ。


「はぁ……はぁ……」


 振り返ると、20人ばかりがついてきている。

 最初は最後尾にいた僕だが、いつの間にか一番先頭を走っていた。予想以上に林の夜道は移動するのに困難で、皆もここまで来て疲れ切っている。

 その中でも僕はある程度余力があり、かつ薄暗い中でも比較的道が見えた。

 これもスキル『軍神』のおかげなのだろうか。


「そこ、根っこがあるから気を付けて」


「この枝、危ないから折っておくよ」


 とまぁそんな感じで皆のアシストをすることになったわけだけど、みんなの限界も近い。

 特にカミュがもう走れていない。年齢的にも仕方ないけど、ここで置いていくわけにはいかない。


「カミュ、早く!」


「待って……お兄ちゃん」


 トウヨがそう叱りつけるも、足が前に出ない。


 一瞬の迷い。

 けど気づいた時には行動していた。


「乗って」


「…………うん!」


 と、カミュを背負って進むことになった。

 まさか僕がこんな他人を気に掛ける人間になれるだなんて。

 いや、きっと『軍神』なんて強スキルがなければ、それもできなかったはずだろう。


 あるいは――この体の主であるイリスの魂が、彼女らを助けたいという想いとなって僕を突き動かすのかもしれない。

 なんつって。


「わぁ、はやーい!」


「頭上げないで。枝で怪我するから」


「いいな。ずるいぞ、カミュ」


 なんて一幕もありつつ、進むこと10分ほど。


「着いた……」


 ようやく、林の切れ目が見えた。

 あるいはそこに敵が待ち構えていると思ったが、その様子はなかったのでひと安堵。


 と、そこで背後から馬蹄が聞こえてきた。


 敵、と思ったけど違う。

 なんとなく、敵意や殺意を持っているようには思えなかったから。


「イリリ!」


「タヒラ姉さん」


 やっぱり。タヒラ姉さんが部下を従えてやってきた。


「みんな無事みたいね、うん。さすが」


「そっちも、ちゃんと“交渉”はうまくいったんだね」


「ん? あー、そうそう。はいはい、そうね。敵将もさ、ちょっと脅かしたら、もう必死に命乞いしちゃって」


「そう、か……じゃあもう危険はないかな」


 そう、ここが一番の焦点。

 敵の将軍に僕らを見逃してもらう言質を取ること。


 いくらあっちから手を出してきたとはいえ、今現在、まだザウス国と争うわけにはいかないのだ。

 大使館の焼き討ちはまだ誰にも知れ渡っていないし、イース国に事の次第も伝わっていない。

 その中、タヒラ姉さんは国境侵犯をしている上に、ザウス国の将軍を討ち果たしでもすれば、それこそザウス国は大義名分を手に入れたとなってしまう。


 だからタヒラ姉さんに頼んだのは、敵将との交渉。

 すでに僕らのうち1人が逃げおおせて、イースの国都にザウス挙兵の報告が行っている。だから今、ここにいる人間を殺しても益はないし、その情報を掴み切れなかった将軍の怠慢になる。

 トント、ノスル、ウェルズも増援として来るので、そこでザウスが敗北した場合、すべての責任が将軍に降りかかることを見過ごすのは哀れだ。


 みたいな感じで僕らを追うことのリスクを徹底的に教え込んだ。もちろん半分以上嘘だけど。

 最悪の場合、イース国に逃げて来ればグーシィン家で面倒を見るとも言っているので、アフターケアも万全。

 というわけでタヒラ姉さんは無事、相手と非公式の停戦を取り付けたわけで、この後の逃避行はもはや勝ち確間違いない。


「よかったよ、これで心置きなく平原が渡れる」


 敵が展開していない脱出地点にたどり着いたものの、ここから2キロほど北上するのは身を隠す場所もない平地だ。そこを騎馬隊に察知されたら逃げきれない。

 だからこそ停戦が欲しかったわけで。


「ん、んんー? いや、でも気を付けた方がいいんじゃない? 一応さ」


「なんで? せっかくタヒラ姉さんが頑張ってきてくれたんだから、その結果を無駄にしたくないよ」


「お、おおぅ。イリリの優しさマックスがあたしの心にクリティカル……で、でもね。ほら、まだ他の軍に停戦が伝わってないかもしれないしー、万が一を考えてよ、万が一」


「隊長、それは――」


「うるさい、黙れ」


 何かを言おうとした部下をタヒラ姉さんが殴って黙らせる。

 熱心に警戒をすすめてくるけど何かあったのだろうか。

 まぁ、確かに口約束を信じ切るのは危険だし、最後の最後で追いつかれたら元も子もないわけで。


「そうだね、注意していこうか」


「イリリっていい子だね」


「え? 何が?」


「んーん、なんでも。じゃあさっさと行きましょうか」


 なんか意味深な感じのタヒラ姉さんに首を傾げつつも、あと少し。

 ここは気合を入れていくしかないか。


「いけいけ、おねえちゃんー!」


「お、いいね。カミュミュ。いけいけー。てかいいなぁカミュミュ。お姉ちゃんも頑張って疲れちゃったー、イリリおぶってー」


 緊張感ないなぁ……。

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