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挿話47 平知盛(デュエン国軍師)

 東門の罠。

 それは家畜で潰した。南の“ざうす国”との国境、東の“とんと国”との国境にある集落から買い集めたものだ。初日に念のためと人を出していたものは無駄にはならなかったようで、少し胸をなでおろす。


 それにしても落とし穴と落石とは。

 単純だが城門という一本の細い通路でしかない場所においては効果は高いものだ。


 おそらくこれを考えた者は、東門がしばらく使い物にならなくなっても仕方ないと割り切っていたに違いない。

 500の兵を突っ込ませれば500が、そのまま全滅の憂き目に遭うはずだった。


 それが家畜を追い込んだことで、罠を潰し、被害は0。

 いや、敵はこうもあっさり罠を潰され動揺したはずだ。その動揺を回復しきる前に、兵を進める。だがそれは動揺を回復させないためだけではなく、こちらの繰り出す罠に引きずり込むための撒き餌だった。


 それに敵はたやすくはまった。

 罠を破られて落ちた士気を取り戻すかのように、輝かしく見えた偽りの勝利の栄光に手を伸ばしたのだ。


 それが、ただの絵に描かれた虚構の光とは知らずに。


「まったく、相変わらず知盛のやることはえげつない」


「うるさいぞ、千代女。それより西と南は大丈夫なのか」


 東門の南東。少しずれた位置で200騎ほどを率いて戦況を見守っていると、千代女がやってきた。

 千代女には西門と南門の偵察を命令していた。そちらの兵力から東門を攻める兵をねん出しているため、昨日の攻撃よりは弱くなっているのだ。


「問題なし。つかず離れずで、まともな戦いはしてないから被害はお互い少ない。うろちょろする騎馬隊も三郎ちゃんの部下が抑えてるし。けど言われた通り、もし相手が東門に兵を回したら、手薄になったところを一気に攻めるってことは徹底してる。本当、知盛みたいに嫌らしい戦い」


「悪かったな、これが私の戦い方だよ」


「ちっ、怒ると思ったのに。つまらない」


「お前、だんだん言うことが悪辣になっていないか!?」


「別に、わたしはいつも通り。ただ三郎ちゃんがいないから暇なだけ」


「なら山県と一緒に帰国すればいい。そうすれば私も自由気ままに、うるさいことも言われずにやれるのにな」


「じゃあわたしの部下も全部引き上げるけどいい? 偵察隊も全部」


「すみませんでした! もう二度と言いません!」


 まったく、元殿上人が頭を下げるとかありえないから。しかも忍相手に。まぁそれをしてしまうのが、この私の総大将たる器の大きさゆえんということか。まったく。罪な男だよ。


「なんか自己陶酔して気持ち悪いこと考えてそうだけど、あれ、なに?」


「え?」


 見れば戦闘は最終局面に入っていた。

 罠にはまった敵が、次々に打倒されて城門に逃げていく。そこまでは計算通り。

 だが――


「とぅ!!」


 何者かが城壁の上から飛び降りた。身投げ? いや、何か違う。なら援軍? 敗走する味方を守るため? なら城壁から弓矢の援護の方がいい。しかも1人だ。馬鹿か。馬鹿だ。問題ない。


 そう思った次の瞬間だ。


「まぶっ――」


 光が走った。


 まるで陽の光がそこから発せられたように、城門から圧倒的な熱量を持った光が周囲を覆う。少し離れた自分たちでさえ、眩しく、そして熱いと感じた。


「何が起きた!?」


 調べさせる。だが分かるはずもない。そんな気がした。

 現に追撃を行おうとした部隊の動きが遅い。そこをわずかな人数で突き崩され、さらに右翼は城壁からの矢で混乱している。


「たぶん異能じゃない?」


「異能……あれが。ということはいりすか」


「違うでしょ。あれがあの子ならもっと前に使ってる。だから違うやつ。殺していい?」


 そうだ。その通りだ。

 これほどの異能。対軍隊に特化したような異能を、あの状況であの娘が使わないわけがない。ということは別の者。ならば殺す、それもわけはない。


「いや、私がやる」


 そう言って、馬を走らせる。同時、弓を取り出し、左手に握る。

 そして兵たちの前に出ると、大きく息を吸って吐き出した。


「我こそは! 平家総大将、平知盛である!! そこな者の殿軍、見事である! 名乗られよ!」


「平家じゃないでしょ。“でゆえん”でしょ。てかそんなのに名乗りかえす馬鹿いないって」


 ついてきた千代女が突っ込むが、今は無視。


「我こそは趙国の大将軍、趙奢ちょうしゃが息子・趙括ちょうかつである!」


「うわ、かえした。馬鹿だ。馬鹿がいる」


 趙国。趙奢。趙括。

 どこかで聞いたことがある。だが思い出すには時間がない。


「受けよ、我が威光! 轟け、我が威明! これぞ、大将軍・不羅津死遊ふらっしゅ!!」


 趙括がなにやらくねくねと体をよじらせたかと思った刹那、再び光が来た。

 幾本かの光が傍らを駆け抜けていく。その中の一本が、まっすぐに自分の方へと向かい――


「知盛!」


 突き飛ばされた。落馬したと気づいたのは、光が止んで数秒してからで、自分の上に千代女が乗っかっていたのを見てからだ。


「千代女」


「馬鹿なの? わざと負ける気!? 何のために三郎ちゃんが死に損なったと思ってるの!」


 千代女が、いつも無表情に淡々とした様子の千代女が怒りに顔を真っ赤にして怒鳴る。

 それに言い返せないのはその通りだったし、何より彼女の瞳から雫がこぼれ落ちたからだった。


「……そうだな。すまない」


 名乗りは大事だ。

 だがそれで勝機を逃したことが何度かあるのも確か。


 だがそのために負けるのは違う。

 最終的な勝利のために死んだ兵たち、そして傷つきながらも戦った山県。そして胸に鬱屈を抱えながらも私のために働いてくれた千代女。


 そのためには、名乗る相手を討つくらいの外道にはならなければならないのかもしれない。

 あの卑怯極悪男児義経も同じようなことをした。


 そう、義経だ。


 あの男は、そういったものがない。甘さがない。名乗りはしないし、船頭は討つし、もう滅茶苦茶だ。


 だが、義経に勝つ。そのためには、その甘さを捨てなければならない。その覚悟がいるのかもしれない。


「ならば私は、その甘さを捨てるしかない」


「もう無理。敵が逃げる」


 確かに。敵のほとんどはすべてが城門に収容されている。最後に残っていた、あの趙括という男ともう1人が、あと十数メートルのところで城門に駆けこもうとしているだけだ。


 だが逃がさない。


 倒れたままの上体を起こす。そして弓を構え、矢をつがえた。

 そして見る。敵。その体。動く手足。そのすべての情報が、頭に流れ込んでくる。風の向き、土ぼこりの量、陽の光。それらすべてが頭の中で1つの答えに構築されていく。


「『程見事見ていけんじけん』。我が異能は敵の弱点を暴く。そして、それは絶対だ」


「へぇ、初めて知った。……しょぼ」


「うるさい!」


 怒鳴る。同時、矢を放った。

 当たった。見ずともそれが分かった時には、すがるように体に引っ付く千代女を引っぺがしながら立ち上がり、号令する。


「今こそ総攻撃だ! 東門より突入し、この戦を終わらせる!」

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