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挿話44 タヒラ・グーシィン(イース王国将校)

 ドォン、ドォンと響く音がうるさい。

 それと同じくらいにあのチョーカツとかいうのがうるさい。


 状況を聞いてもまともな答えが返ってこないし、かといってあたしが上に登るとあいつがうるさいし、ということで副官のフォンを行かせた。


 そして聞いた。この耳障りな城門を叩く音が何を意味するか。


「それでチョーカツ将軍は、向かって来る敵騎兵に対して弓を撃っております」


「たかが数騎倒して何になるのさ! って言っても聞かないだろうなぁ……あぁもう!!」


「タヒラ様、落ち着いてくれよ」


 トーコがなだめてくる。

 落ち着いていないわけじゃない。ただ苛立っているだけ。


 大砲に続いてこの攻城兵器の導入。国都周辺の平坦な地形と、木々の多さが逆に自分たちを苦しめるとは。


 打って出たいけど、少しでも時間を稼ぐために門は封じてしまったし、出て行っても2騎を倒せるだけで割に合わない。

 憎らしいほどに、こちらの弱点を的確についてくるものだ。


 音が響くたび、城門があからさまに変形する。一部では、こちらに大きく曲がって光が漏れてきているのだ。


 これも3か月前。上にいるバカが攻めてきた時の後遺症だ。

 しかも補修のために動き出したのも1か月前というのも呆れるしかなかった。


 まず城門を直すことを貴族が反対した。東地区にはあたしたちも含めだけど、貴族たちの屋敷がある。東門はその近くにある門で、それを彼らは不要だと言っていたのだ。

 そんなものが近くにあると、敵に攻められた時に不便だと。言い様は立派だが、要はビビってるのだろう。チョーカツのバカが攻めて来た時に、東門から侵入して来れば真っ先に狙われるのは自分たちの屋敷。それが嫌だから東門は不要、分厚い城壁にしてしまおうというのだ。


 だがそれは東門の交通を妨げることになる。門とは本来外との交流を目的としたもので、出る、入るを容易にしつつ外敵からの侵入を阻むものなのだ。つまりそこを封鎖してしまえば。近くに住む下町の人々や商人は困ってしまうし、軍としても東に展開するのがかなり遅れる。

 だから東門が不要だなんてのはあり得ない話で、それを説得するのに時間がかかったとヨルス兄さんは言っていた。


 さらに役人の怠慢が横行した。石工や鍛冶屋を動かして修理を進めるわけだが、そこでの遅延が目立ったらしい。賄賂を受け取るかどうか、誰がどれだけ出すかで、大いに揉めたという。

 そして最後に太守の決定が……いや、もういいや。


 とにかく。それらのツケを、今あたしたちが払うことになっている。

 国民すべてを巻き込んだ自己保身と不正の果て。正直、吐き気がしてくる。けど軍人としては与えられた命令を守らないといけないし、何より国を守るということは何よりも優先しないといけない。


 死ぬかもな、と思ったのはキズバールの時からずっと思っていたこと。

 自分が一騎当千の兵だとは思ったことはない。戦い続けていつかは死ぬ。それがグーシィン家の一員として生を受けた時から思い定めていたこと。

 バカどもの尻拭いで死ぬことは、まぁ予測できなかったわけじゃないけど、なんともしまらない。そう思った。


 けどイリリは違った。

 城壁は完全に直りきっていないし、門もとりあえず止めただけというのだから、防御力はあってないようなもの。だから守り切れずに死ぬかもしれない。

 だからこそ、イリリはそこに罠を仕掛けた。

 災い転じてなんとやら。敵がそこに来るなら罠に嵌めて撃退するなど、よくもまぁそんなことを考えるものだ。


 あの一番下の子が、ついこないだまでおしめをしていたような子が考えつくとは思いもよらなかった。

 本当にあの子は変わった。元から鋭いところはあったけど、それが数か月前からガラッと人が変わった印象だ。


 驚くべき変化だったけど、悪い変わり方ではない。

 ザウスとトンカイ軍の侵攻。それが彼女の初陣になったが、それからの戦歴はあたしもおののくほどの立派なものだ。本当に、何があったのかと疑いたくなるけど、それはそれでいい。


 だって。あの子はあたしの特別だから。


 ドォン!!


 城門が大きくへこんだ。中央部分が大きくへこみ、もうほぼ外が見えているようなもの。あと数発で完全に開く。いや。


「敵、動き出しました!」


「全軍、戦闘準備! チョーカツ! 敵が来たら撃って撃って撃ちまくれ!!」


 吼えた。敵が来る。思考を打ち払い、敵に備える。いや、思考の中にあったうっ憤やら戦うべき意義を、そのまま敵にたたきつける。


 だが――


「な、なんだありゃ!?」


 城門の上から素っ頓狂な声が響く。

 何が起こったのか。これ以上何が起きるのか。


 すぐに駆けだしたい心境を抑え、次の言葉を待つ。

 だがそれは予想の斜め上にいくもので、


「ブ、ブタだぁー!!」


「なに?」


 ブタ? ぶた? 豚?


 単語と現状がうまく結びつかない。ブタがなんでここに?


「ええい、撃て、撃て!」


 チョーカツの悲鳴に似た叫び。矢を撃っているのだろうが、その間にもドンドンと城門が悲鳴を上げる。きしむ。そして、


 バァン!!


 城門が開く。

 来た。敵が門に殺到したところを罠に――


「な――」


 絶句した。

 来たのは敵、ではない。いや、ブタだ。豚。豚の大群が、門を破って殺到してくる。


 なんで、ブタ?


 あまりの光景に思考が空白になる。

 そしてそれは致命的な遅れとなった。


「タヒラ様、あのままでは!」


 副官のフォンが叫び、ハッとなる。

 そうだ。イリリの罠。あのまま豚が進めば、それは豚たちが受けることになる。


「止めろ、止めろ!!」


 自分でも無理だと分かっていながらも必死に叫ぶ。

 味方が罠にかからないよう、少し距離を取っていたのも災いした。


 豚の大群が城門を抜け、城内に入った瞬間。

 先頭を行く豚たちの姿が消えた。


 悲鳴があがった。

 豚たちの断末魔の悲鳴。落とし穴だ。

 だが彼らは止まることを知らず、穴に飛び込むようにして次々と落とし穴へと吸い込まれていく。


 さらに事態は連鎖する。

 落とし穴が発動したことにより、紐でつながった城壁の下にある仕掛けが動く。城門の通路の天井から瓦礫が地面に降り注いだのだ。網で支えていたのが、紐に引っ張られて瓦礫を落とす二重の仕掛け。


 落とし穴は単純だが、こういった一本道の出口にあれば必ず引っかかる。さらに廉価で即効性がある。

 だがそれで倒せるのは100人いればいい方。だからこそ、瓦礫を落とす落石の計略を二の矢として発動。敵の中ほどを完全に分断して、そこを叩く。それで勝ち。


 ――そのはずだった。


 それが完全に外れた。敵の犠牲はないに等しい。

 対するこちらも犠牲はないが、何より頼みにしていた罠が不発に終わったという心理的な被害は甚大だ。

 罠があるからこそ、完勝とはいかないまでも有利に戦闘を進められる。そう思ったからこそ、それが裏切られた時がキツイ。


「タ、タヒラ様。どうしましょう」


 フォンが不安そうに聞いてくる。若いなりにも、フォンは戦歴も積んでそれなりに優秀な兵士だ。

 だがそんな彼女ですら不安そうになってしまっている。これはよくない。


 そして同時に恥じた。

 イリリには悪いけど、罠に頼り過ぎた。

 それをこのあたしが。タヒラ・グーシィンが。そこに寄りかかってあぐらをかいていたなんて。屈辱。


 罠が破られた。だからどうした。

 敵が来る。それは当然。


 なら、どうする?


「豚を身代わりにしなければ戦えない臆病者どもが、足りない頭を使って来たぞ! つまり奴らはあたしらを恐れてビビってるってこと! 奴らの方が数が多いってのにね! そんなやつら、恐れることはない!!」


 決まってる。


「侵略者を我らが国から追い出せ!!」

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