挿話43 趙括(トント国将軍?)
人の影がこちらに近づいてくる。敵だ。
その数、3千ほど。
ふむ。悪くはない。敵の半分近くをこちらに回してきたというのは、この私の力をそれほど脅威に感じていることに違いない。
「ふふふ、ははは! 来い、敵将よ! この大将軍たる私の力量を測り違えたことを証明してくれよう!」
「おお、カッつぁんが意味の分からんこと言って笑ってる」「それがカッつぁんっていや、カッつぁんなんだけどな」
む。何やら部下たちがささやき合っているが。まぁいい。私を褒めたたえる言葉ならば甘んじて受け入れよう。
「ちょっと、そこのバカ」
「その声は我が妻の姉にして我が妻!」
「ぶちのめされたい?」
「いえ、遠慮します」
ふっ、照れ屋さんめ。この私の放つ大将軍としての威光を前に恐縮しているな。
いいだろう。ここは私から手を差し出して緊張をほぐしてやろう。
「そこで見ているがいい。この私の突撃で、あの3千を真っ二つに割って――」
「そういうのはいいから。あんた、イリリからここの仕掛けは聞いてるわね?」
「いりり? おお、我が妻のいりすか。聞いているとも。ならば聞かせてくれよう。この門に仕掛けた、私といりすの愛の共同作業。その一部始終を!」
「次、そんなこと言ったら、関節という関節を逆にへし折ってボールにして蹴り出してやるから」
むぅ。なにやらお気に召さなかったようだ。
はっ、そうか。焼きもちか。もっと話を聞いてということだな。いりすのことも魅力的だが、このたひらという人物もなかなかに良い。
うむ。ここは女性に譲ろうではないか。そういった度量を見せる者こそ、大将軍。大将軍ゆえの器の大きさを見せるのだ。
「分かった。話を聞こうじゃないか」
「えらく物分かりがいいのが気味悪いけど。なら話は早いわね。門からは打って出ずに、門の上から弓矢で敵を1人でも減らす。門はどっかのバカが壊しちゃって、修理は万全じゃない」
まったく、けしからん。どこのどいつだ。この国の守りの要たる城門を壊すとは。
「そう、バカがバカみたいにバカ攻めたあんたのせいで、おそらく取りつかれたら30分も経たずに門は破られるはずよ。そうしたらあたしたちは敵を中に通す。そして例の仕掛けで嵌める。いいわね」
「うむ。私の策と相違ない」
「…………じゃ、あたしたちは義勇兵たちと一緒に下にいるから。そっちは任せたわよ」
「任せておけ。この大将軍たる私がこの門は絶対に通さんと誓おうではないか!」
「…………」
「な、なんだ?」
たひらがじっとこちらを見つめてくるとは。はっ、もしや――
「もしや私の愛にこた――ごはっ!!」
「うわぁ、アレは痛い」「見てるだけで下腹部が……下腹部が……」「あー、カッつぁん。ご愁傷様」
悶絶する自分をよそに、部下たちが同情の声を寄せてくる。
くぅ……お前らには分かるまい。この的確な角度で蹴り込まれた我が苦痛が。
「あたしはあんたを信用してないから。イリリがそう言うから仕方なくここにおくけど……もし、次裏切ったら…………もぐ」
「もぐっ!?」
「あんたらも同罪よ。全員素っ裸に剥いで、城門から吊るす。そして……もぐ」
「もぐっ!?」
なんと。なんと恐ろしいことをこの者はさらっと言い出すのだ。
そんな彼女は、それだけ言って私に期待と慈愛の籠った視線を投げかけると、下へと降りて行った。
仕方あるまい。私の大将軍たる力量を見れば、きっとあの者も瞳を輝かせて私を見るに違いない。
ふ、暗愚な民を導くのも大将軍の務め。女性1人を振り向かせるのもわけはあるまい。
「ふ……ふ……ふ」
「か、カッつぁん。大丈夫か?」
鈍痛が引いて来て、なんとか膝立ちにはなる。
この痛み。大将軍でなければ耐えられなかったぞ。
だが痛みを受けてこそ、この私の闘志にも火がつくというもの!
いりすとたひら。2人を手に入れるため、ここは勝負所だ!
「いいか、皆のもの! 今こそが我々の飛躍となる刻だ! この国の者どもに、大将軍の力を見せつけてやるのだ! 我らが凱旋する日は近い!」
「おお、カッつぁんがやる気になってる……」「けど、なんか嫌な予感がするなぁ」「ま、それがカッつぁんだろ」
「敵、あと2分ほどで射程距離に入ります!」
「よし、では弓を構えよ! 私が言うまで撃つなよ!」
号令を受け、我が精鋭たちはゆっくりと、緩慢な動作で門の外へと弓を構える。うむ。急いで弓を落としては大変だからな。しっかりと、確実に動作を完了させる。これこそ精鋭の精鋭たるゆえん。
対する敵も、ゆっくりとその歩を進めてくる。じわじわと来るその動きは不気味であり、いや、大将軍に不気味という言葉はない。敵は臆している。そして慎重になっている。それだけだ。
ならば我が矢をたっぷりごちそうしてくれよう。
あと10歩。9歩。8、7、6……。
来た!
手を挙げ――
「よし、う――んん!?」
止まった。
自分の手も止まったが、敵も止まっていた。
射程距離ぎりぎり。当たりはするだろうが、致命傷にはぎりぎりの距離だ。なぜ止まる。くそ、あと数歩。前に出るだけでいいのに。
だが敵は動かない。そしてその動かない理由が、別の方向から来る。
「敵、騎馬隊……およそ100!」
「なに!?」
騎馬が来る? 何をするつもりだ。確かに右手の方から騎馬隊が100騎ほどこちらに向かって来る。
騎馬隊に攻城戦など無理だ。奴らの強みは機動力と見栄え。それが攻城戦では足を止める必要がある。ならばそれはただの的。
一体何を、と思っている間に敵は展開した。
100騎が半分に割れる。そしてその戦闘が2騎並んでこちらに駆けて来たのだ。
「カッつぁ――将軍!? どうしますか!?」
「馬鹿者! 大将軍だ!」
怒鳴ったものの、どうしようもない。敵は騎兵2騎。それが真っすぐ向かって来るだけ。他の98騎は歩兵の近くに行って止まっている。
たった2騎。それで何ができる。逆に、こちらも何ができる。
矢を降り注げば、あの2騎は倒せるだろう。だが、そのために何本矢を失う? 高速で動く的に当てようなどと、我が父でも難しい所業。もちろん私には簡単だが、それを部下に強いるのは難しい。
ならば撃って撃って撃ちまくるしかないのだが、たった2騎を倒すのに数十本の矢が必要なら、あの100騎を倒すには何本ひつようなのか。
「た、待機だ!」
そう判断する。間違っていない。たった2騎で何ができる。門を破ろうと、足を止めるならそれこそ好都合。その時に私が一矢で敵2人を射抜いて見せる。
敵が近づく。門にとりつく気か。あるいはただの挑発か。
そのどちらでもなかった。
「お、おい。あれ!」
その時、ようやく気付いたかのように部下が声を上げる。
こちらに走ってくる2騎。その2騎の間に何やら細長いものがある。
あれは、木だ。
一抱えあるだろう丸太。それを、2騎が引きずってくる。
何を、と思った瞬間に声に出していた。
「撃て! あの2騎を撃て!」
嫌な予感。それを打ち消すようにひたすら叫ぶ。
部下が慌てて弓を構えて、打ち下ろす。だが遅い。敵の2騎はすでに門のそば、弓兵にとっては死角に入り――
左右に別れた。
同時、引きずっていた丸太が加速をもって飛んでいく。城門へ。
ドォォン!!
激しい音が増したから響く。
それは城壁にいる私たちを振り落とそうとする地震のようだった。
やはり。思った通りだ。敵はあの丸太を馬で引き、それを門にぶち当てた。
簡易的な攻城兵器ということか。
となると次は――
「おいおいおいおい、まさかあれ全部……」
やはり。やはりやはりやはり! 2騎だけじゃなく、100騎来たのはそういうこと。2騎で1回だから、100騎いるとなると、2が4で、6で、8で……10。それが……10回か! いや、たくさん! そう、たくさんの丸太を城門に撃ち込む。
普通の城門ならまだしも、ここは以前にどこかのバカがすでに破壊しつくした……は、はっくしょん! ええい、誰だ。噂をしているのは!
とにかく、補修はしたものの壊れやすい。ならばあれくらいの攻城兵器でも十分ということ。
そうすれば敵の歩兵の犠牲は最小限にとどめられる。
こちらの弓で倒せる敵もたかが知れているということ。
「ふっ、さすがは私が求めた永遠のライバル。これほどまでに巧妙に仕掛けるとは。
「おお、カッつぁんがまた何か独り言、言い始めたぞ」「きっといい考えがでるんじゃね?」「いや、どっちかっていうと酔ってるよな、これ」
「だが敵にとっては私がここにいたことが不運! さぁ敵将よ! 城門こそが貴様の死地となろう! ふはは、ふはははははは!」
そう。城門の罠に嵌めれば勝てる。
勝てるのだ。
私は、勝つのだ!