挿話42 タヒラ・グーシィン(イース王国将校)
夜が明ける前に東門についた。
そこではすでに、人々が動く気配がして、
「いいか、昨日は敵は来なかった! なぜか! それは我々が武威を恐れていたためだ! だが今日こそは、この我々が守るこの門こそが戦いの中心となる! つまり我々、そしてこの大将軍たる私が中心なのだ! さぁ皆よ! 命を惜しむことなく、全身全霊で戦おうじゃあないか!」
まったく。どうしてそんな大層にホラを吹けるのかな。
けど、後半は間違っていない。そう、今日、おそらく、確実にここに敵は来る。
チョーカツといったか。
赤いマントを羽織った男が兵たちに指示しているのを見てため息をつく。
この男と出会ったのはおよそ2か月前。凱旋祭の最後に起きたトント国の侵攻、その大将がこの男だったという。
という、ってのはあたしが不在の時のことだからだ。
インジュインの陰謀で、あたしは国都に戻れず、南のザウスを警戒していたから。
聞こえてきたのは凱旋祭での戦いと、妹イリリンの活躍。いやぁ、正直姉として鼻が高いね。
話が逸れた。
その後、部隊の編制のために一度国都に戻った時に、この男を見た。
第一印象は最悪だった。
ちょうどこの男の処遇を決めるタイミングで、対外には出ない秘密裁判みたいなものだったのだけど、グーシィンの権限でそれを見ることができた。
凱旋祭という一番嫌なタイミングで侵攻し、イリリンが戦った男というのがどういったものか気になったのだ。
『違うっ! 私は悪くない! あの宰相に騙されたのだ! だから私は悪くない! そうだ、この私を使わないか? この大将軍がいれば大勝利間違いなし! なぁ、そうだろう? だから頼む、死ぬのは嫌だぁ!!』
まぁ見苦しいの一言。
それきり興味を失って、こいつのことは忘れていたのだけれど……。
「む? そこの貴様ら! どこの誰だ? 所属を名乗られぃ!」
眉をしかめた。
この傲慢にて暑苦しい雰囲気、苦手だ。過去は敵だったことも含めて、首をねじ切りたくなる。
とはいえ今は味方。激情を抑えて答える。
「タヒラ・グーシィン。南門守備軍からこちらの増援に回された」
まぁ本当は志願なんだけど。
ここが激戦区になるから、その抑えとして部下の精鋭100と共に来たのだ。
「む? そうか、貴殿が。ふっ、安心せよ。この私だ。婦女子が前線に立つなとはもう言うまい。だが今日はこの私の軍を見ていればいい。この私の華麗なる軍略が敵を粉砕するであろう!」
「さすがカッつぁん! 女たらし!」「なんでそこまで偉そうに言えるのか、さすがカッつぁんだ!」「まぁ戦うのは俺たちだけどな! がはは!」
「はぁ……」
なんだろう、こいつ。
イラっとくる。
周りもガサツなのはいい。けど、こいつを煽るな。
「む、待てよ。ぐうしいん? どこかで聞いた名だな」
「あー、あれじゃねーかな、カッつぁん。こないだのイリスの嬢ちゃんだよ」「そうそう、確かイリス・グーシィン」「ん? 待てよ、てかグーシィンっていやイースの貴族!?」「しかもタヒラって……まさかあのキズバールの英雄!?」
「なんと! そのような方だったか。ということは、もしや“いりす”の家族の者か!」
あら。確かこの人たちはトント国民でしょう? ふふっ、あたしの勇名もここまで響いたと聞けば誇らしくもなる。
それにイリスを知ってる。そうか。こないだ、トントの連中を打ち破ったっていうのはこいつらとか。
「これは失礼した。私は未来の“とんと国”の大将軍であり、いりすの未来の夫である趙括である! ふっ、惚れてもよいのだぞ?」
「それはどうも…………って、はぁ!?」
ちょっと待った。このスカポンタン、今、なんて言った!?
「さっすがカッつぁんだ! 未来の義姉さんにさっそく挨拶かますとは!」「しかもしれっとその義姉にも手をつけようだなんて……すげぇぜ、カッつぁん。しびれる憧れるぅぅぅ!!」「あのキズバールの英雄がカッつぁんの嫁……おお!! トント国再興の夢は、カッつぁんに託したぜ!」
「外野、うるさい!!」
そんなわけあるか。誰がこいつの嫁だなんて。
いや、嫁はイリリン? なんで? そんな話、まったく聞いてない!
「ふっ、そうかしこまるな姉君殿。いや、たひらと呼んでしまってよいか。この趙国の大将軍にして貴公子、趙括の第二夫人となる栄誉に身を震わすほど感激すること――ばはぁ!?」
黙らせた。というか殴っていた。
無意識すぎて、いつの間にか鼻血を出して崩れ落ちるチョーカツを見て驚きもした。
「あぁ! カッつぁん!」「カッつぁんを一撃で粉砕するとは……おそるべし、キズバールの英雄……」
うん、ちょっともういいかな。こいつら、皆殺しで。剣に手をかける。
人を不愉快にさせた罪は、しっかり償ってもらわないと。
「タ、タヒラ様、お鎮まりを! 皆! タヒラ様を抑えろ!!」
副官――ヤーネの死は聞いたから新しく抜擢したフォンという女官が必死に飛びついてくる。
ちっ、もうちょっとで合法的にこいつを永遠に黙らせたのに。優秀な副官を持つと大変ね。
「相変わらず、過激だね。キズバールの英雄様は」
と、背後からした声に振り向く。
その声に聞き覚えがあったからだ。
そこにいたのはあたしと同じくらいの背丈の少女。ニカっと笑みを浮かべるその様子は、どこか快活な雰囲気を漂わせる。
「トーコじゃんか」
「お久しぶりです、タヒラ様」
丁寧に頭をさげるトーコ。
彼女とは西地区の下町で出会った。オフの日にたまたま入った居酒屋で、意気投合したのだ。
聞けば彼女はイリリと同じ学年で、学校に通っていたが学費が払えずに自主退学したという。
一応、あたしも卒業生だけど、あの学校で学んだことは貴族が腐っているというだけ。適当に学んで適当に遊んで適当に卒業する。そんな奴らが国を背負っていけるわけがない。
だからあんなとこ、無理してまで卒業する必要はないと言うと、ちょっと涙ぐんだ様子を見せたのは意外だった。
現に今のあたしの同期で前線にいるのはクラーレくらいだ。正直、気に入らないやつだけど、そこだけは評価している。
あとは政庁の奥に引っ込んで役人になるか、鉱山の肩書だけの現場監督に就任するかくらいだ。どちらも大した仕事もせず、利権と賄賂にまみれて私欲を満たす連中ばかり。そしてそれが正しいと信じ切っている。
そういった連中ばかりだから、国力が低下し、他国からは舐められ、結果このざまだ。
トーコの店も、そんな役人連中に狙われたというから他人事には思えなかった。それなりに居心地のいい場所だったから、それを守るために力を貸したりもした。
そういった経緯で、彼女とは親しい付き合いをして、妹分みたいな感じで思っていた。
「聞きましたよ、傷はいいんです?」
「こんなもん、傷の内に入らないって」
嘘だ。無理をすれば痛みが走り、反応が遅れる。
けど今はそんなことを言っている場合じゃない。イリリンが頑張ってる。なのにあたしが頑張らないわけにはいかない。
「先日、イリスに会いました」
「そっか。仲良くしてる?」
「はぁ、まぁ。正直、貴族の連中は苦手なんすけど……あ、タヒラ様は違いますけど」
「いいよ。あたしもそういうのは苦手だし。なんでも言ってよ」
「そうですか。その、正直最初は家の権力をかさに着た奴だと思いましたよ。けど……」
「違ったでしょ」
「まぁ、そうですね。あの子は確かに、カタリアなんかとはまた違う……って、なに笑ってるんですか、もう!」
イリリをちゃんとわかってくれる人がいて、なんだかほっこりしてしまった。
「いいのいいの。そういうことだから、これからもイリリをよろしくね」
「タヒラ様がそう言うなら」
「その前にここを生きて帰らなくちゃだけど」
「ですね。けど、よかった。タヒラ様と一緒なら、もう大丈夫ですね」
「そうね。余裕でしょ、ヨユー」
嘘だ。正直、綱渡り。
でも義勇兵となって共に戦ってくれるトーコを不安にさせることはない。
だから大きく口を開けて笑みを見せてやる。
「敵影確認!」
城壁の上につめていた見張りから声。
っと、こんなところでだらだらと喋ってる場合じゃなかった。
「さって。じゃあ、一仕事しますかぁ」
東門の攻防。
それが2日目の最初にして最大の激戦区になると、風がそう言っている気がして、あたしは頬を引き締めた。