第213話 継続戦闘
山県昌景との一騎討ちは、死とすれすれの間一髪の勝利だった。
相手がもっとスキルを多用してくればただの槍を持つ僕には勝ち目はなかった。
何か都合があったのか、条件があったのかは知らないけど、あの山県昌景を討ち取ったのは大きい。
もちろん死んではいないだろうけど、右腕と胸の骨が折れ、左手首も痛めている状態では戦線復帰は無理だろう。殺さないにしても、骨を折るというのはまた後味の悪いものだ。まだ折った、という感触が手のひらに残っている。
それでも命があるなら、何度でもやり直せる。
それは、間違いなく救いだったと思っているんだ。
「イリス殿。さすがでした」
僕と共にいた50騎が合流してきた。昌景との一騎討ちは、僕と彼女だけのことでそれ以外の兵は近寄ってこなかった。
かといって彼らも遊んでいたわけではない。昌景が連れてきた30ほどと、僕らが突っ切った300が態勢を立て直して襲い掛かってきていたのだ。
それをなんとかかわしつつ、数騎の犠牲で乗り切ったのは、この女性の手腕によるものだろう。
それでも5人ほどいなくなっていた。感傷。切り捨てた。今だけだ。後悔と懺悔は後回し。
「いや、ヤーネさん。運が良かっただけです」
「ヤーネと呼び捨てください。姉君様からはそのようにしろと」
姉君様と呼ぶこの女性――つまりタヒラ姉さんの部下だった人だ。そういえば最初、この世界でタヒラ姉さんと会った時や、最初のザウス・トンカイ連合軍の侵攻の時にもいた。
歳も20代前半。それほど年も離れていないということで、僕につけてくれたのだろう。決して美人ではないけど、ビシッとした眼差しが似合う、仕事のできる女性って感じだ。
「敵は?」
振り返る。まだ追撃は来るだろうけど、少し一息入れたい。人も馬も限界だ。少なくとも馬は並足に落としているから、今攻められると辛いものがある。
「いえ、止まっています」
「え?」
「一か所に固まってます。あそこは先ほどの敵がいた場所かと」
「そう……」
ホッとした。主将がやられて心配でかけよったのか。最強赤備も人なんだと思いつつ、どこか違和感。
正直言えば、今がお互いに一番苦しいところ。いや、苦しさで言えば、兵力差のあるこちらがキツイ。だからこそ、敵はここが勝負と追って来るべきなのだ。けどそれをしない。そこがおかしい。
いや、相手の都合を考えている場合じゃない。相手が好機を逃すということは、こちらに好機があるということ。苦しいこちらとしては好機を逃すわけにはいかない。
「っし」
「あ、敵! 動き出しました、こちらに向かって来ます!」
「なんなんだよ!」
思わず悪態をつく。
せっかくこちらからまた仕掛けてやろうと思った矢先にこれだ。けど悪態ばかりついていられない。
振り返る。
敵は300ほど。20騎ほどはその場に残っている。おそらく山県昌景の離脱のためだろう。
その300は再び2つに別れると、こちらに向かって疾駆してくる。
想定していた中の最悪の展開。
今、僕は敵の中にいる。前に500ほどの本隊。背後、それも左右から150が2隊。完全に囲まれる。
唯一、右斜め前――方角で言えば北東がやや空いているが、そちらに逃げ込めば激しい追撃を受けることになる。
かといって先ほどと同じように左右の片方に突っ込むかと思うがそれは無理だろう。先ほどと状況が違って、今回は敵が後ろにいる。ということは突っ切るためには反転しなければならず、相手の前から突っ込む形になる。つまり相手にも迎撃態勢が十分にとられるということ。
数はこちらが圧倒的に少ないのだから、たとえ突破できても犠牲はかなり多くなる。そもそも、2回も同じ手を食らうほど、相手も甘くはないだろう。
左右は駄目。前に逃げるのも駄目。もちろん後ろに下がるのは挟撃されるだけで論外。
となると――
「聞いてくれ! これから僕らはあの本隊に突っ込み、一気に突っ切る! 激しい戦いになるだろう! けどここが勝負所だ! イース国の命運を僕らが握るんだ!」
必要なのは覚悟。何が起きても前進を止めないという。誰が犠牲になろうとも。それは僕自身かもしれない。
「指示してください。我らは貴女様に必ずついて行きます」
ヤーネさんが斜め後ろでそう言ってくれた。一瞬、後ろ髪を引かれる。けど、それを振り切る。
「全軍、突撃!!」
国都防衛戦。開戦初日。
その最後の戦いが、始まる。