第212話 挟撃
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫ぶ。その叫びを力に変えて突っ込む。
赤い鎧を着た敵を槍で叩き落とす。それを皮切りに、後ろに続く50騎も赤備に殺到した。
背後からの奇襲。敵の混乱が目に見えて分かる。追撃戦ほど楽な戦いはないというが、騎馬隊も同様だ。一応、逃げる足は馬に任せて自身は迎撃という態勢はとれるが、歩兵と違って騎馬は急激な方向転換ができないから、一度捕まえてしまえば相手に逃げる術がないのは変わらない。
策としては単純なものだ。
丘の上。相手の視界から消えた一瞬で、僕と50騎が離脱したのだ。すぐにカタリアたちは姿を見せたわけだし、減ったのが50だけだから、相手もすぐには気づかなかっただろう。
そして敵がカタリアを追った後に、僕らが後ろから攻撃をする。それだけ。もちろん、そのために山県昌景に僕の姿を見せたり、速度の緩急をつけたりと、細かい仕掛けはしたけど。こうも上手くハマってくれるとはラッキーだ。
ただ、この追撃が楽とは言えない。
子供だましみたいな奇襲を行うために、僕が率いているのはわずか50騎ほど。
敵がカタリアたちの追撃をやめて、反転してこちらに向かってこられたら、確実に包囲されて殺される。それはそれで、カタリアたちを西門へと向かわせることになるから結果オーライなわけだが。死んでなるものか、という気概も生まれるわけで。
だからそれまでに、どれだけ相手の兵力を削れるか。
「ぎゃあ!!」
敵兵の悲鳴が響く。血をまき散らし落馬してすぐに見えなくなった。咄嗟に僕が目を逸らしたからだ。
だが、目を逸らしただけでは現実は変わらない。それ以上にもまして、周囲では同じようなことが複数個所で起きていた。
この世界における鎧は、最初に出会った兵がフルプレートのアーマーだったことから、西洋風の騎士を思わせる格好なのだ。
ただ、それが最上位。歩兵とかは鎖帷子をメインに兜や肩、腰など重要なところにメイルをあしらえた防具となっている。
それは日本の武具甲冑と異なり、斬撃刺突に耐えやすい構造となっており(その分、重くて動きにくいという欠点があるが)、それゆえに西洋では日本のように斬る、ではなく叩いて重さで潰すという武器が主流となっているわけで。
だから馬上とはいえ、相手の皮膚を傷つけるのはよほど上手く刺すか、顔面を傷つけるしかない。
だが、今は事情が異なる。
敵の山県昌影の兵は、この世界にしては軽装な鎧をつけているのだ。だから速いということもあるだろうが、それに反して防御力は低い。
全身を覆う金属片はなく、鎖帷子も最小限。軽さと動きやすさを求めるため、一部では皮膚が露出しているところがある。
だからそこを突く。
兵が兵を殺す。生きるために、憎くもない人を殺すのだ。
それは戦いの中で当たり前の事象ではあるけど、目を閉じ、耳を塞いできた。こうも間近で見させられるのは初めてだった。
もちろん僕は直接手を下すことなんてしない。できない。
けど、僕が立てた作戦で人が死ぬ。僕は叩き落すだけだけど、落馬で死ぬことだってありうる。さらに言えば、僕が先頭で突っ込んだことで、敵の反撃が鈍りそれによって死ぬ羽目になった人だっているだろう。
僕がいなければ、彼らは死ななかったかもしれない。けどその分、味方の兵が死んでいく。そしてここで負ければ国の皆が死ぬかひどい目に遭わされる。
だから心を鬼にして、違うな、無にして敵を突き飛ばすことに専念する。
だが敵もさるもの。赤備。
個々の反撃能力も高く、さらに僕らに対する手を打ってきた。
部隊が2つに割れたのだ。
その瞬間、僕は死を覚悟した。
敵が割れた。そして速度を落とした。
つまりそれは僕らをはさんでしまおうという敵の行動。そうなれば後ろから襲われる追撃ではなく、同じ速度で戦う、しかも挟撃という状況なら、兵数が圧倒的に少ないしかも挟撃されるこちらが負ける。
それに対抗するのであれば、こちらも速度を落とし、挟撃になるのを防ぐこと。
だがそれができない理由が2つある。
1つが、兵たちの練度。
練度というと聞こえが悪いかもしれないけど、僕が率いてきたのは別の部隊から引っ張って来たベテランたち。だから兵としての練度は問題ない。だけど、僕との意思疎通という意味での練度はまだ低い。
だから僕の意図を察して、部隊を下げるということが全員はできていないのだ。もちろん、この挟撃という状況を危険と見て下がる判断ができるかもしれないが、それを確認している暇も方法もない。
そしてもう1つ。これが致命的。
兵数の差だ。僕たちは50。それに対し、約1千の全軍を振り分ける馬鹿はいない。左右に100ずつ、多くて150の計300でも当てれば簡単にせん滅できるのだ。現に敵はそうしていた。
そうすれば残った兵でカタリアを追撃すればいい。
その結果は、僕らの全滅という未来で完結する。そんな未来は受け取れない。
だから後ろに退くのは悪手。
となるとやることは1つしかない。
「全軍、突撃!!」
声を張り、槍を前に突き出す。
もちろん左右の敵の間を通り抜けるなんて冒険はしない。やることはもっと危険な冒険。
すなわち――
「突っ込め!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
50名の男女の怒声が響く。それぞれが剣を振りかざし、闘志満々の血気に逸った状態で。
向かうのは右。
敵が挟撃しようと分けた片方だ。
挟まれるなら、挟まれる前に片方を粉砕して挟撃をなくすしかない。それに挟まれれば50対300だが、片方に突っ込めば50対150。十分に勝機はある。
もちろん、もう片方の150が来るまでの短時間しかないわけだけど。
それでも、勝機があるならそこに一点張りだ。
突っ込む。まさかこちらに向かってくるとは思わず驚いた顔。それを馬から叩き落した。二列に別れたということは、縦深は浅い。2人も叩き落せば突破した。
挟撃から逃れた。次はその300が襲って来ると考えると、状況はあまり好転していないがそれでも危地を乗り越えたことは、1つ安堵の材料となった。
だが――
「イリス殿!!」
部下の叫び。瞬間、見た。
カタリアを追う部隊。その先頭が反転してこちらに来るのを。
その先頭にいるのはもちろん、小柄ながらも戦国最強の名をほしいままにした男。
「山県昌景!!」