第211話 袋小路の覚悟
どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう? どうしよう?
頭の中に無数のクエスチョンが舞い、それが僕の心を締め付けるように、絞め殺すように責めてくる。
どうしよう?
どうしようもなかった。
敵は大砲を、攻城兵器を持ってきていた。
そして見なくても分かる。攻城兵器単体で運用するわけがないから、それを守る部隊もいると。それが西門に来た援軍の全てだろう。
「イリス! 早く大砲をどうにかしないとお姉さまが、いや、西門が!」
「で、でもカタリアちゃん。あの騎馬隊は……」
「そうっすよ、お嬢! 西門に向かったら背後からガブリってよ!」
「しかし、カタリア様の言う通り。どうにかしないと西門が崩されて敵がなだれ込みますよ」
皆が狼狽したように騒ぎ始める。
それを見た部下たちも、先ほどまでの狂騒もどこへやら。不安そうな視線をこちらに向けてくるのが分かる。
まずいな。部隊の指揮している人間がこうも浮ついていると、部下に不安が伝播する。そうなれば弱い。上を信じられなくなれば、命令に対しても疑問が出る。そしてそれは動きの判断に遅れが出る。つまり一丸とならなくなって、弱くなる。
だからこそ、上に立つ者は毅然として、悩みは胸中だけにしまっておくべきなんだけど。若さが出たか。まぁ僕も言うほど老練ってわけじゃないけど。
「隊長。僭越ながら――」
と、部下の1人。年かさの男が何かを進言しようと馬を寄せてきた。
「待った」
間一髪のところで、制止が間に合った。
年かさの男は驚いたように一瞬止まり、そして少し眉をひそめ、
「しかしイリス殿。この状況は――」
「分かってます。しかし部隊の隊長は彼女だ。そして僕は軍師だ。ならこちらに任せてほしい」
「…………分かりました」
まだ言いたいことがあったのだろう。けど、男は僕の目に覚悟を見たのか静々と頷いて元の位置へと戻っていた。
覚悟。そう、覚悟だ。
この状況。どうする、と考えるのもない。
もう手遅れだ。後手に回ってしまった以上、こちらの劣勢は明らか。
孫子いわく「よく戦うものは、人にいたして、人にいたされず」。
つまり戦いが上手な人は、敵に主導権を握らせず、こちらが敵を動かせる状況を作り続けることができるということ。
今回。この攻城戦に至る前までの段階で、敵に主導権を握られ続けてきた。
それはトントの裏切りから始まって、4か国の同時侵攻。デュエンの奇襲。そしてこの大砲と、ひたすらに敵に主導権を奪われ続けてきたのだ。
それを挽回してこその軍師だと言えなくはないけど、いかんせん国力も違うし、言い訳かもしれないけど、僕自身の力も足りな過ぎた。
こうなった以上、西門の大砲を排除しない限り、加速度的に敗北に転がり続けることになる。
そうなる前に、大砲を排除しなければならないけど、おそらく西門は動けない。動けば、大砲を守る敵にせん滅させられる。南門の兵を回そうにも、敵の本隊が全力で向かって来るので兵数で劣る側としてはそんなことをしている場合じゃない。
ならあと動けるのは、そう、僕ら城外の遊撃隊。
だがそれにはかの赤備、山県昌景がぴったりと張り付いている。
緒戦はちょっと無茶をして主導権を握ったものの、ここで僕らが動けば敵に主導権が奪われる形になる。
そう、西門を救えるのは僕らしかいないということは、僕らが西門に移動することは誰もが分かる決定事項だ。つまり西門に向かうという、僕らの行動が敵にバレバレとなる。
そうなれば敵としては行動しやすい。
僕らが西門に駆けつける瞬間を狙って追撃すれば、労せずして大打撃を与えられる。
仮にそれを逆手にとって、僕らがやって来た赤備に反撃してもいいけど、そうすればやはり西門は救えないから結果は変わらないということになる。
行けばすぐに殺され、行かなければいずれ殺される。
そんな袋小路の悪辣な軍略。
これを考えたのはおそらく平知盛だろう。
城外に遊撃隊を出すのも、おそらく織り込み済み。そのうえでここまでの戦略を描けるのはやはりただ者じゃない。
あるいは。考えすぎかもしれないけど、平知盛はこういった展開を用意して、こちらの心を折りに来たのでは、と思ってしまう。
この展開を考えるのは一兵士ではなく、大局的に戦闘を見る者。つまり父さんやインジュイン・パパといった全体を取り仕切る者、そして軍略を考える者――僕だ。
手前みそで自意識過剰かもしれないけど。
あの時。対峙した平知盛という男を考えると、ありえなくもなくもないような。そう思ってしまうのだ。
その真偽は別として。
状況として詰んでいる。
だからつまり、どうしようもない。
どうする? とひたすらに自問自答したところで、答えはすでに存在しないのだ。
けどそれは諦めたわけじゃない。
どうしようもない。
それはつまり、犠牲を少しでも少なくして勝つ。それを諦めるしかない。
そう思った。それだけのこと。
ああ分かったよ。
そっちがそうやってイカサマ将棋をしてくるなら……僕は軍神の力を持って盤上をひっくり返そう。
「カタリア。西門に行こう。大砲をぶっ壊す」
「いいのですね? サンが言う通り、あの騎馬隊が来ますわ」
「分かってる。だから策がある。けどこれは賭けだ。賭けに負けたら、きっと僕らは全滅する。それでも良ければ、聞いてくれ」
ごくり。
誰か分からないが、唾を呑む音がする。
それはカタリアか、ユーンかサンか。あるいはラスか兵の誰かと思った。
けど本当は僕自身のものだったのかもしれなかった。