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第208話 イリスの出陣

「じゃあ、行って来ます」


 国都の南門近くにある民家の一室。そこは今、南門防衛の大本営が置かれていた。

 中にいるのは僕の家族。すなわちヨルス兄さん、タヒラ姉さん、トルシュ兄さん、そして父さんの4人だ。


 軍を率いるタヒラ姉さんやトルシュ兄さんだけでなく、文官のヨルス兄さんに怪我人の父さんも出てきているのだから、もうこれは国家総動員といっても過言ではないだろう。


 すでに陽は落ち、停戦の期間は過ぎている。

 敵は国都から1キロほど離れた場所で夜営を始めた。夜間の城攻めは必ずしも攻め手有利に働かない。城壁を登るのも、城壁の上の敵を狙うのも難しい。城に隠し扉があって、そこから奇襲されたら対応は難しい。

 逆に守る側としては楽だ。狙いがつけられなくとも撃てば敵に当たるのだから。火矢を放って、灯りをつけることで敵を狙い撃ちにもできる。


 だから今夜は休んで、明日じっくり攻めようというのも分かる話だ。かがり火をガンガンに焚いているのは、夜襲の警戒のためだろう。そこから今日は攻めてこないと踏んだ。

 とはいえ、相手には望月千代女もいる。闇夜に紛れて城内をかく乱しに来る可能性はある。

 だからこちらも城壁にかがり火を焚いて、不寝番を立てて備えているのだ。


「イリス、くれぐれも気を付けて」


 そう心配そうに声をかけてくれたのはヨルス兄さん。いつも家や政庁で会う時に見るゆったりとした服装ではなく、銀色に鈍く光る甲冑を身にまとっていた。ただ若干、鎧に着られている感が出ているのは、着なれていないものだからだろうか。


「大丈夫だって、ヨルにい。だってイリリだよ。あたしたちの妹だ」


「ま、止めたって無駄でしょ。イリスは一度決めると頑固だから」


 その横でタヒラ姉さんがにやにやと、トルシュ兄さんがやれやれといった様子で肩をすくめる。


「けど、たった700で敵の大軍に突っ込むなんて……」


「だーかーら。敵に突っ込むわけじゃないっての! 700で1万に勝てるかい!」


 タヒラ姉さんが両手をバンザイしてヨルス兄さんの言葉を否定する。


 そう、ヨルス兄さんが心配する通り、僕はこれから国都の外に出る。もちろん単独じゃなく、カタリアほか700の騎兵と共に、だ。

 といっても、もちろん夜襲するわけでも敵に真正面からぶつかるわけじゃない。


 いわば遊軍。

 籠城戦では、外からの援軍がない限り勝ちはない。そして今、イース国に援軍を頼める国もない。

 だからせめて籠城の兵数を減らしてでも、外で動ける独立機動部隊が必要なわけで。本来ならそこにはタヒラ姉さんが隊長として軍を率いるはずだったが、タヒラ姉さんは先日のトンカイ軍との戦いで負傷したため、そのような激しい動きはできないとして却下された。

 そして次点で挙がったのが僕たち、というかカタリアの部隊だ。


 歩兵交じりの新兵だらけの部隊とはいえ、凱旋祭、ウェルズ、ノスル、トント、ザウスとこの半年で転戦し続けたため、練度としては問題ないと判断されたのだ。損害が少なかったことも大きいだろう。

 その僕らの部隊を中心に、籠城戦では役に立ちづらい騎馬隊を集めて1つの部隊にして、国都の外に出して遊軍としよう、というのが今回の策。


 それを誰が率いるか、という点で少し揉めたらしいけど、隊長カタリア、副長および軍師に僕という、インジュイン家とグーシィン家の混成部隊という妥協点で結成が可決されたようだ。政治やってるなぁ。


 そんなわけで夜も更けたこの時間に、僕らは国都から離脱し、明日からの攻城戦を妨害する任務を帯びるのだった。

 たかが1千にも満たない部隊だけど、これが後々効いてくる。もちろん700で1万を相手にゲリラ戦をメインにすれば、どこから襲って来るか分からない敵部隊がいるだけで、攻撃を前に集中できなくなる。

 つまりどれだけ犠牲を少なく、かつ効率的に敵をかく乱できるか。僕の腕の見せ所だ。


 その最後の打ち合わせで、僕は今、家族と会っている。


「しかし、南門に1万だぞ。インジュインめ。自分は楽な西門に向かって!」


 ヨルス兄さんが吐き捨てるように、兵の配置でも少しいざこざがあったらしい。


 敵は南門と西門に展開している。


 まずは南門。今、僕たちがいる場所だ。

 敵の数、1万ほど。編成の変化がなければ、知盛らが率いる本隊だろう。

 対するのは僕ら1800の兵。内訳はタヒラ姉さんの隊600とトルシュ兄さんの率いた1200だ。


 一方、西門はクラーレの兵800、さらに国都防衛の2000の合計2800。

 これに対するはデュエンからの増援3000とノスルの兵の合計4000あまり。


 そして東門は敵はいない。ただ、かといって誰も守備兵を置かないのはマズいので、趙括ちょうかつらが率いる元・トント軍500が援軍として詰めている。

 万が一の時は、彼らが足止めしてこちらから守備兵を送ることになるのだが、そうならないのを望むしかない。


 というわけでお互いの主力は西と南に揃ったわけだけど、この兵力差の違いは、南門が大手門として防備が厚いから、という表向きの理由に加え、ヨルス兄さんが苛立っているように、グーシィン家とインジュイン家の政治ゲームの果てによるものだったりする。


 西にはクラーレをはじめ、大将軍が率いるこの国の精兵が集まるインジュイン派閥が多く割り当てれられている。

 対する南門は、僕らグーシィン家による兵が多い。

 こんな国の滅亡の寸前まで政治ゲームをするなと言いたいところだけど、一応、南門の守りは厚いのと合わせて、遊軍をおくことでその不公平さを軽減させることになった。


 それが僕たちの隊700なわけで。


「とにかく、イリリはひたすらに動き回って。いい? 騎馬隊は足が命。止まったら歩兵に突き落とされて死ぬわよ。だからひたすら動きなさい。けど動きすぎて馬を潰したら本末転倒だから、そこらへんはいい感じで」


 なんかすごい難しい注文されてるんだけど。


「要は普段は並足で動きまわって、ここぞって時に駆け足を使う。そういうことでしょ。姉貴が言いたいのは」


「おお、トルルン、さっすがー! 自動翻訳機能搭載!」


「はぁ……ちょっとは伝える努力してよ。指揮官でしょ? で、イリス。これ補給所の地図。こないだのトント襲撃から、将軍が各地に補給のための建物を建てたって。そこには食料や医療品、それにまぐさ(馬の餌)とかがあるから。こういう時に使わないとさ」


 トルシュ兄さんが渡してくれたのは、国都周辺の地図。そこの数か所にバツ印がついている。

 日が暮れたら野宿するしかないと思ってたけど、これがあれば屋根のあるところで寝れるし、僕たちだけじゃなく馬の世話もできるってことか。


「ありがとう、トルシュ兄さん」


「……ま、死なれると夢見悪いし」


「おおー、トルルン! それってアレでしょ? ツンデレってやつでしょ。イリリから教わったんだー」


「うん、うん。トルシュもようやくイリスに心を開いてくれたんだな。兄は感無量だ!」


「うざ……」


 真面目一辺倒の長兄と陽キャの長女。それに対してこうもテンションの低い次弟。よくこんなバラバラなのに、家族でいられるなぁ。


「イリス」


「父さん」


 3人がわちゃわちゃしているところに、父さんが僕を呼んだ。


 振り向くと、父さんはその両手を僕の肩に乗せてジッと僕を見つめてくる。

 どこか痩せたような気がする。それに父さんの手。会ったのは数か月前だけど、ここ最近でめっきり細く、しわが増えた気がする。怪我で入院してから、力もなくなっているようだ。


「すまないな。お前にすべて背負わせてしまって」


「やめてよ。それは皆に言えることだから、僕だけじゃない」


「……そうか、そうだな」


 父さんが心から心配してくれるのが分かる。それでも、やっぱりどこか特別扱いされているようで、どこか落ち着かない。

 僕だけが死と隣り合わせの戦いに赴くわけじゃない。これから出撃する700人にも、ここで城壁を盾に戦う人たちも、家族がいて、守りたいものがあって、帰れる場所があるんだ。


「そろそろ時間だから。行かなくちゃ」


 改めて4人を見る。相手も見返してくる。


「イリス、気を付けて」


「大丈夫。イリリならできる」


「ま、死なない程度に頑張って」


「イリス。お前を信じてるぞ」


 家族の応援。それがどれだけ心強いか。

 ここに残りたいと思ってしまった。けどそれは皆の死を早めるだけだ。感傷に引きずられて、それで国を滅ぼすなんて冗談にしては笑えない。


 だから覚悟を決める。

 人を殺す覚悟じゃない。何が何でも生き延びて、再び、この5人全員で集まれる。そんな未来を迎える覚悟を。


「行って来ます」


 未来を掴むため。僕は、行く。

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