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第203話 VS風魔小太郎

「ほらほら! さっきまでの威勢はどこいったっすかぁ!?」


 小太郎が余裕の笑みを浮かべながら、大木をこん棒のように振り回す。

 それを僕と琴さんは木陰に身を隠し、なんとか回避していた。


 かといってこのまま隠れ続けていても良い結果にはならない。

 小太郎にトルシュ兄さんたちの撤退を邪魔されるわけにはいかないのだ。


 だから隠れるのはほんの10秒ばかり。あとはひたすらにヒットアンドアウェイで時間を稼いで、また隠れる。その繰り返し。


 これは琴さんにも急ぎ伝えて了承していることだ。

 とはいえ無理に出て行っても状況は好転しない。


 小太郎の動き。あの巨体にも関わらずかなり俊敏なのだ。しかも大木を武器につかっているから、リーチも長い。

 ああいった巨人キャラはリーチと破壊力と耐久に優れている分、動きはノロいっていうのが通説なのに。卑怯だ。


 だから出るにしても慎重に――


「あーあ。かくれんぼして時間稼ぐってならしょうがない。あの逃げてるザコどもを踏みつぶしてやろうかなぁ」


 くそ! 甘く見てた。そりゃそうだ。相手は腐ってもあの風魔小太郎。後北条家を支えた天下のしのびの頭領だ。

 僕たちの魂胆なんて、簡単にお見通しだろう。


 行くしかない!


 飛び出した。

 琴さんも反対側から飛び出す。


「ほら、出てきた!」


 待ちわびたかのように、小太郎が破顔してこちらに大木を向ける。速い。けど避けられる。ズキン。腹部が痛んだ。それでも足を落とすわけにはいかない。走り抜けた。背後から爆音と風が背中を押す。


 これで敵の懐に入り込んだ。わけじゃない。


「足!」


 そう、この足がクセモノだ。

 巨人相手なら足は弱点。地球上に存在する以上、重力の支配下にいる以上は自重を支える基点となる足は二足歩行生物には共通の弱点だ。しかも巨大化しているから当たりやすい。

 だが小太郎にいたってはそうはいかない。その俊敏さもさることながら、


「残念っ!」


 足が消えた。いや、跳んだ!

 急ブレーキをかけつつ、直角に曲がる。落下予想地点から1ミリでも遠くへと向かうために。


「どっかーん!!」


 小太郎の着地――もとい着弾の衝撃が襲って来る。


 これだ。足を狙ってもジャンプで避けられる。しかもその後に来るのが、隕石の落下と思うほどの質量をもった爆撃。まさに攻防一体の技。下から崩そうという目論見は完全に崩壊していた。


「いりす」


「琴さん!」


 琴さんがたたらをふみながらこちらに寄って来た。


「徒手空拳で敵う相手じゃない。これを使え。和泉兼定いずみかねさだだ」


 そう言って渡してきたのは、彼女が腰に差していた日本刀だ。

 赤煌しゃっこうは完全に2つに別れてしまい、武器のていを成していなかったので手放した。とはいえ、思い入れのあるものだったのでトルシュ兄さんに持って帰ってもらった。

 だから手ぶらで徒手空拳なのは間違いないけど、いきなりこれは、というかその前に――


「兼定って……あの!?」


之定のさだではなく疋定ひきさだの方だがな。土方殿が之定のさだをその身に興じたと聞き、これぞ運命の交わる時と、江戸中を探し回ったのだが……まぁ貧乏御家人が買えるものではなく、仕方なく疋定ひきさだにしたわけだ。それも薙刀ばかりであまり使ってはいないが」


 いやいや。和泉兼定っていえば、あの大業物おおわざものを出した名工中の名工。確かに土方歳三も最高傑作の二代目である之定のさだを使っていた(会津兼定という説もあり)というが。三代目の疋定ひきさだも間違いなく名工。

 ただでさえ刀を使うなんて恐ろしいことなのに、こんな業物をと思うとさらに恐れ多いことだ。


「いりすが人の傷を我が傷と捉える心身一如しんしんいちにょ天空海闊てんくうかいかつな人間だと知っている。だがここは闇に堕ちるも良しとするがいい。この男を止めない限りは、大いなる災いがこの世を覆うのだと」


 相変わらず何を言ってるか分かりづらいけど、琴さんの目は真剣そのものだ。

 確かに刀を使うなんて恐ろしい。けどそれを避けることで目的を見失っては本末転倒。


「分かった。借りておくよ」


 刀を受け取る。

 重い。想像以上に。これが日本刀。人を殺すための武器。


「ああ、我が疋定ひきさだ、いや、暗黒魔導朧疋定あんこくまどうおぼろひきさだ・改を頼む」


「え……あ……うん?」


 何が暗黒なのか。魔導? 魔法? 朧ってどこが? てか改ってなに?

 いやツッコまない。もうツッコまないぞ。


「おやおや、いりす殿もちゃんと武器を手に入れて、いよいよ意気軒高って感じっすけど……本当に斬れます? この鋼と同じ自分の体を」


「そりゃ安心だね」


 口ではそう言うものの、確かに有効打になるとは言い難い。これまでも赤煌しゃっこうで殴っても無傷だし、何より琴さんの薙刀の刃もボロボロ。

 鋼のような体というのは、誇張ではないと言えよう。


 通じるか分からない武器。それに腹部の痛みと、こみあげる吐き気。

 少し、別の方向から攻めるか。


「“さら”って子」


「うん?」


「彼女は、一体なんなんだ? さっき


「ああ、それはそういうものなのさ。さらは風魔小太郎の一部。ただ、アレは風魔小太郎ではない。そういった存在でしかない。この僕の意識がない時にひょっこり現れる影みたいなものさ」


 よくわからなかったけど、二重人格みたいなものか。あるいはスキル。


「僕の命を狙ったかと思えば、助けるようなそぶりもした」


「ああ、あれね」


 小太郎は興味なさそうに、けど乗って来た。


「別に、深い意味はないっすよ。ただ“いいす”の誰か殺しといて、と知盛から依頼を受けてね。それでちょうどいいからいりす殿を狙ったわけだけど。まさか逃げられるとはね」


 あの時。小太郎と一緒に岩山に登った時に襲われたんだ。彼女が小太郎と同じなら、すぐに現れたわけも、すぐに小太郎を見つけられなかったわけも納得できた。


「あの時からデュエンのために動いてたんだね」


 岩山で襲われた後の、ザウス・トンカイ連合軍への奇襲。小太郎の一押しがなければあるいは負けていた。


「当然っすよ。“いいす”が負けると、せっかくの獲物が横取りされる。だから全力で“いいす”を手助けさせていただきましたよ。“でゆえん”が、知盛が全力出せる準備ができるまで。けど、想定外だったなぁ。まさか“うえるず”があそこまで強いとは。いや、強かったのはいりす殿か。だからこそ、いりす殿を騙せれば策は成る。そう確信したんだけど」


「それがこれ、か……」


 僕に偽の情報を渡して、美味しいところをかっさらっていく。

 その策にまんまとやられたわけだ。


「うふふ。“さら”の独断専行には正直参ったけどね。いりす殿を見て、死んだ弟のことでも思い出したのかもねぇ。結果としてはうまいところ疑心暗鬼になってくれたし、終わりよければって感じだよ」


 彼女。まだ数度しか会ったことがないけど、最初の襲撃を除けばどこか僕を見守るような、心配するような気遣いが見え隠れしていた。あるいは肉親に対する情のようなもの。

 分からない。


 けど、はっきりしたことが1つだけある。

 今、目の前にいるこの巨人。風魔小太郎。この男はクズだ。もう1つの人格の優しささえも謀略に使い、僕の想いも見事に利用してくれた。いや、しのびらしいというべきか。それでも


 怒りは湧いてこない。

 どちらかというと失望。そして諦観。

 和泉兼定を握る手に力が入る。


「ま、そういうわけなんで。そろそろおしゃべりの時間は終わりっすよ。なんでここまでくっちゃべってたか、分かるっすか?」


「あれだろう」


 僕は小太郎から視線を離さず後ろを指さす。人や馬が地面を揺らす音が聞こえる。デュエン軍だ。ザウス・トンカイ連合軍を打ち破った後は、僕らイース軍を追撃しようというのだろう。

 そのための時間稼ぎ。


「大せーかい! そんないりす殿には、もう1つの狙いを教えてあげよう。それは、自分の攻撃を防がれない、そのための時間稼ぎっす」


「攻撃?」


 言われ、身構える。

 あるいは別のスキルでも飛んでくると思ったからだ。時間経過によって発動するスキルなんてのもあるのかもしれない。


 だが――


「残念。見当違いの用心、お疲れ様。誰がいりす殿を攻撃するって言ったっすか? あくまでも自分の狙いは“いいす”だってことっすよ」


「――まさか!!」


「いりす!?」


 嫌な予感。そして走り出す。琴さんもつられて走り出した。

 だがその前に小太郎は足元にある木々を、それこそ草を引きちぎる感覚で両手で十数本を引っこ抜くと、


「その通り、だけど全然遅いっす――よ!!」


 投げた。僕へじゃない。空へ。北の方向へと。

 その方向。何があるか。誰がいるか。考えた。考えたくもない。けど想像してしまうと、もう無理だった。


 天から降り注ぐ十数本の大木の雨あられ。高高度からの重力による加速も加われば、それは一種の弾道ミサイルと同じ。

 敵からの追撃はないと信じ、安心しきった皆に、それが避けられるわけがない。


「お前ぇぇ!!」


 叫ぶ。

 年齢の怨敵に対するように。甘かった。敵かもとか敵じゃないとか。いい人だとか悪い人だとか。


 そんなの関係ない。この世界では。戦いの中では。

 敵は敵。味方じゃなければ敵。それだけでしかない。はずなのに。


 甘い。甘すぎる。判断力。決断。その結果がこれだ。

 姉さんたちが、カタリアたちが死んだとして、その原因は僕にあるとしか言いようのない失策。


 だから倒す。

 敵は倒す。


 それだけを胸に、僕は走った。

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