第200話 風魔小太郎
「降伏、だって?」
突如豹変した小太郎の言葉にオウム返しする。
「はい。どうしても無理でしょう? この状況。詰んでいて、おたくらに敵う術はない」
「なんであなたにそんなことを言われなくてはいけませんの!? イリス、言い返してやりなさい」
無理だ。
小太郎の言う通りこの状況は詰んでいる。
一見、デュエン軍がザウス・トンカイの連合軍を撃破してくれたというラッキーな状況に見えるが、その後が問題だ。
あの戦況では、ザウスもトンカイも、一方的にやられるばかりだろう。むしろザウスは僕らが叩きのめしたくらいだ。トンカイ軍についても僕らの鉄砲一斉射撃とその後のかく乱でやはり万全とは言い難い。
そんなところにいるはずのない同盟――いや、停戦相手がいきなり襲い掛かって来たのだ。ただでさえ戦場という気の張りつめた状況。その心境たるや、だろう。
そんな状況の軍が、たとえ同数でも勝てるわけないのに数で負けているのであれば、さらに勝てるわけがない。
そうなればデュエンVSザウス・トンカイの勝敗は明らか。ザウス・トンカイの連合軍は算を乱して逃げるしかない。
これで僕らの勝利!
とはならないのが現実の辛いところ。
そもそもの話。
なぜデュエン軍はザウス、もといトンカイ軍を裏切ったのか。
いや、裏切ったというのは正しくない。不俱戴天の交わることのない間柄にも関わらず、僕らなんかを攻めるために停戦をしたのか、だ。
だって、僕らイース国なんて国力の差からすれば片手でひねれる相手だ。ウェルズやノスルといった同盟国があるとはいえ、その陣容は貧弱。今回みたくウェルズをじっくり攻略して橋頭保とし、そこからノスル、そしてイースと攻めればこちらとしてはどうしようもない。
なぜならイースは援軍を送ろうにも、後ろにはトント、ザウスと敵が控えているのだ。
姉さんが活躍したキズバールの戦いがあった、5か国がまだ同盟関係であったころとは、状況が違う。
もちろん、南のトンカイ国との国境に割く兵力を他に回せるというメリットはあるものの、それであればただの“停戦”だけでいいのだ。“共同作戦”である必要はまったくない。
むしろ共同作戦となった場合、色々面倒なことになる。今回みたいにどっちが先に戦うとか、足並みが揃わないことがある。
何より戦後処理が問題だ。
どちらが占領した地区を支配するか、国境はどうするか、いつまで停戦するか、捕虜の扱いはどうするか、法律はどうするか、などなど。これがイースとウェルズみたいな、同盟国で話が通じる関係ならまだいい。
だがウェルズとトンカイという、長年国境を接して争っていた国同士なのだ。しかも一時的な停戦。何かが起こるための土壌など、整いすぎているといっても過言ではないだろう。
だからもし。結果的に見れば、という後付けの想像でしかないわけだけど。
ウェルズ国の目的がもし、“トンカイ国と共にイース国を攻める”のではなく、“トンカイ国を油断させて、イース国と戦わせる。そこを奇襲によってトンカイ軍を撃滅。その余勢をかってイース軍も撃破し、国都を制圧する”というものだったら。
冷や汗が出る。
その目論見はこうして成功しているわけで、そのためにわざわざ小太郎も使ってこちらをだましてくる念の入りよう。ここまで壮大な戦略を描けるのは、天下にもそういないだろう。
「小太郎。お前、二重間者だったのか」
「すぱい? それは分かんねっすけど、まぁ“でゆえん国”と“いいす国”両方に雇われてたっていう意味では二重っすねぇ。ま、本籍は“でゆえん”ですが。これでもちゃんと情報仕入れていたんですよ? いりす殿に疑われない程度には」
相手に嘘を信じ込ませるには、ただ嘘を言えばいいってものではない。
真実の中に嘘を交えるから、それを嘘と見抜くには多大な労力がいるのだ。
これまで小太郎は、ひたすらに僕らの要求にこたえてくれた。それは事実。そうなると“デュエン軍が敗走した”という信じがたいものがあっても、すぐに嘘とは見抜けない。
僕も少しは不自然だとは思ったけど、その時は切羽詰まった状態でもあったし、小太郎への信頼もあって深く突っ込まなかった。ヨルス兄さんたちにも伝令が行った、というところもそれに一役買った。けどよく考えれば、小太郎の部下なのだから、嘘を言い含めても命令は絶対だから部下は疑わないのだ。
「さぁ、どうする? いりす殿。正直、あなたのことは買っているんですよ。だからどうです? 自分とともに“でゆえん国”に行きません?」
「イリス・グーシィン! あなた!!」
カタリアがすさまじい音声で噛みついてくる。
いや、僕はまだ何も言ってないんだけど。
ったく、話を勝手に決めないでほしいなぁ。お互いに、さ。
そうだ。こんなところでぐだぐだと話している場合じゃない。ショックはもう乗り越えた。そういうことにして、次に何をすべきかを考えないと、僕だけじゃない。ここにいる皆が死ぬ。
だからやるべきことは1つ。
「イース軍全軍に告ぐ! 国都に撤退! すぐに逃げろ!」
ざわめき。動揺が伝わってくる。
だが混迷した状況で、自分のすべきことが明確に指示されたからだろう。兵たちに目の光が宿った。
「わたくしを差し置いて命令しているんじゃあありませんわ! 全軍、撤退! 斥候は3組出して、歩兵が先で騎馬隊が殿軍! 急ぎなさい!」
カタリアが喚くように、だが的確な撤退指示を出す。その顔には笑みが浮かんでいるように見えた。
「いりす殿……」
ギリッと歯を噛む音。小太郎がこれまで見たことない表情でこちらを睨んでくる。
「デュエン軍がトンカイ軍を潰走させてこっちに来るには、あと5分はある。ならその間に僕らは国都に退く」
「あーまぁそうなりますよねぇ。けど、それをさせないために自分がいるんで」
眉をぴくぴくと動かしながらも、狂気じみた笑みを浮かべる小太郎。ここまで大言壮語を吐く男だったか。
「勝てると思ってる? それとも彼女に助けてもらうのか? それが小太郎のスキルだろう」
「彼女? あぁ、“さら”のことっすか。はっ、あんな役立たず。こっちから願い下げだね。僕の異能はそれじゃない。彼女と支配するのとは別の異能」
違うのか。
さっき見たのは、おそらく彼女と小太郎が切り替わった。まるで人が入れ替わったかのように。
それが小太郎のスキルだと思ったけど、どうやらそうではないらしい。確かに他のイレギュラーと比べればあまりにしょぼすぎるのもある。
だから――
「知ってるっすか? 初代の風魔小太郎は、身長7尺(約2.1メートル)以上の大男だったと」
「…………まさか!」
「風魔小太郎の異能。その性質は『変化』」
気づいてしまった。彼が何を意味してその言葉を吐いたのかを。
そして咄嗟に叫ぶ。
「カタリア! 逃げろ! 早く!」
「え、えぇ……」
僕の圧に押されて、いや、小太郎だ。小太郎の異変に誰もが息を呑んだ。
小太郎の体がみるみる変わっていく。肩回りが膨張したようにふくらみ、腕と足は倍以上にパンパンに膨れ上がる。どういった原理なのか、服は破けずにそれごと巨大化していく。
どこかグロテスクなその変化が終わった時。
そこには身長10メートルほどの巨人が僕らの退路に立ちはだかっていた。