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第21話 タヒラ・グーシィン

「ふぇぇぇ、そんなことやってたのイリリ」


 姉と名乗った人物が感嘆のため息をつく。


 馬上だ。

 といっても他の馬はもう逃げ去っていたから、姉と名乗る女性の前に乗ることになった。


 彼女と今話しているのは僕、ではなく、ウォーリと名乗った傷を負った例の男性とだ。

 応急手当で歩けるレベルだったので、徒歩に合わせた速度で皆が逃げた先の林を目指す。


 タヒラ・グーシィン。

 名字からして、確かに僕――もといイリス・グーシィンの姉妹ということなのだろう。


 セイラにそれとなく聞いたところ、「内緒ですよ」と言いながらもべらべらとあることばかり話してくれた。貴重な情報源だ。


 グーシィン家はイース国で国の政務にかかわる重鎮ということらしい。

 そして現当主には4人の子供がいて、男2人、女が2人という。


 長男はヨルス22歳。父の元で国政にかかわっているという。

 続いて長女のタヒラ20歳。つまり今、ここにいる女性で、軍人として最前線でバリバリ活躍しているとかで、『キズバールの英雄』と呼ばれるほどの武勲を持つらしい。

 次男がトルシュ。18歳で学校を卒業間近だとか。知能明晰で主席卒業も間違いないらしい。


 そして4人目の次女がイリス。僕だ。

 これがまた問題児で、あっちへぷらぷら、こっちへぷらぷら。今も学校をサボって国外の叔父の元へと遊びに来たらしい。勉強もあまり強い方ではなく、暴力沙汰も起こしたとか。


 できる兄姉がいて、妹としては周りの期待とか視線とかがうっとおしかったんだろうな。

 なんて他人事に思った。


 とまぁそんな4兄妹。

 その中で一番の武闘派がこのタヒラということなんだけど……。


「あっははー、しばらく見ないうちにお転婆になったね! うんうん、たくましく育ってお姉さんは嬉しいよ。でもねー、危ないことはめっ、だぞ。こういう時はちゃんと大人を頼りなさい。イリリはまだ子供なんだからね」


 ……本当に?


 このあっけらかんとして、適当なことしか言ってなさそうな人間が、なんとかの英雄と呼ばれるほどの人物なのか?


 赤く染まった髪を後ろにまとめている化粧っけのない女性。

 整った顔立ちながらに、少し日に焼けた感じが健康的で、確かに美人だ。


 けどそれは強さとは関係ない。

 肝心の肉体も、それほどガッチリしているわけでもなく、痩せぎすの体にどれほどのパワーが入っているのか。

 唯一戦力と言えるものはその胸部の大きさ。あれなら大概の男は魅了されるだろう。何言ってんだ、僕は。


 ともあれ、さっきは確かに強かった。

 けどあれは奇襲と先手を取れたからというのは間違いないわけで。


「ん、どうしたの、イリリ? はっ!」


 僕がじっと見つめていたことに対し、何かに気づいたかのように険しい顔をする。


「まさかあたしの雄姿に感動しちゃった!? 興奮しちゃった!? ダメよ、イリリ。あたしとあんたは血のつながった姉妹なのよ!」


「そんな心配してないから!」


 しまった。あまりに変な発想に思わずツッコんでいた。


「むふふー、ようやく反応してくれたねー。うんうん、やっぱり素直が一番だねー」


 よしよし、と頭を撫でられた。なんか恥ずかしい。


 それをうっとおしく思いながらも、僕は口を開く。


「えっと、タヒラ……姉さん?」


「やだ、そんな他人行儀。昔みたいに“ねぇねぇ”って呼んで?」


 それは辛い。

 僕にとっては赤の他人をそんな呼び方するなら黙った方がマシだ。


「つれないなー、昔は一緒にお風呂にも入ってたのにー。ね、戻ったらまた一緒にお風呂入ろう?」


「え!?」


 この人と? 一緒に? お風呂!?

 いや、そうか。僕も今は女の子。だからオッケー……なわけないだろ!


 なんてとりとめのない会話をすること5分ほど。


「あ、いましたよ」


 その言葉に現実に引き戻される。


 少し離れた場所。

 そこに一塊になる一団がいた。


 最初は近づいてくる足音に怯えていたが、


「あ、イリス様!」


 僕の姿を見た誰かの声によって、周囲に安堵が広がっていく。


「おねえちゃん!」


 カミュがしがみついて来て、少し遅れてトウヨがホッとした様子ですり寄ってくる。

 なんだか子犬みたいで可愛いな。


「おお、イリス様」


 侍従長が珍しく(といっても会って半日だけど)、狼狽した様子で駆け寄って来た。

 その後ろにはマーラとセイラがいる。


「まっ! イリス様、お怪我を!?」


「え? いや、それはないけど」


 そういえば運のいいことに傷はなかった。髪の毛は斬られたけど。


「嘘を言いなさいますな! その血はどうしたのです!」


「え? 血って……あれ?」


 侍従長が指したのは、僕の右わきにある汚れ。

 何か液体が凝り固まっている状態だから、確かに血液ととられなくもない。

 けど僕は傷を負っていないのに、なんで? 返り血かな?


「マーラ! セイラ! 処置しますよ!」


「はいっ!」「分かりました!」


「わっ、ちょ! ちょ!」


 と、目を光らせた3人に一瞬にして詰め寄られ、上着をはだけさせられた。


「いや、ちょっと待ってって! 返り血か何かだって!」


「いいえ、待ちませぬ! 2人とも、取り押さえて!」


 身動きの取れなくなった僕は、数分の間、じろじろと腹部を3人の視線にさらされることになった。さりげなくその後ろにタヒラの姉さんがいたのも気になった。


 ――が、


「不思議ですね……傷跡が見つかりません」


「だから言ってるじゃんか、返り血だって! もう!」


 上着を元に戻しながら叫ぶ。

 そういえば僕って今、女の子だよな……いや、いや! 何も考えるな!


 というわけで侍従長らから解放された僕は、集団の中央へと足を向けた。


「無事だったみたいで何よりです」


「えぇ。それはもう。彼らが残ると言った時にはもう諦めておりましたが……無事、連れてきてくださり、感謝しております」


 一番年かさの人が頭を下げてくる。

 彼ら、というのはウォーリらのことだろう。


「いや、僕というより、助けてくれたっていうか」


「はて、あちらのお方は……」


 振り返る。

 すると、何やら部下に指示を出していたタヒラ姉さんがこちらに気づいて足早にやって来た。


「おっ、そっちが責任者? どうもどうも、タヒラ・グーシィンです」


「タヒラ? もしかしてキズバールの?」


「ん? そだけど? 知ってるの?」


 あっけらかんとした返答。

 するとそこかしこで、ざわめきが起きる。


「キズバール? まさかあの?」「きゃ! 間違いないわ、タヒラ様よ!」「まさかあの英雄が我らを救ってくださるとは……帰れる、お父さん、帰れるぞ!」


 すごい人気だ。

 まぁこんな苦境の中の明るくなるニュースだ。しょうがないんだろうけど。


「それはもう。貴女の勇名は諸国に響き渡っておりますとも」


「おお、こんな外国に勤務している人にも知られてる! なんか嬉しいね、イリリ」


 いや、僕はそのキズバールっての知らないんだけど。

 とはいえ、姉を自称(いや血縁上は事実なんだけど)する人が、有名だというのはなんだか嬉しかったりする。


「その英雄様が助けに来てくれたのはありがたい。それで、本隊はもうじき来るのですか?」


「え? 本隊?」


「まさか20騎ということはないでしょう。すぐ本隊がいるはずです。合流しましょう。それで我らは助かる」


 よほど嬉しいのだろう。

 肩の力を抜いて饒舌になった彼は、期待の視線をタヒラ姉さんに向ける。


 対するタヒラ姉さんは、


「あー、それはね」


 なんて言いながら、視線を左右にして落ち着きがない。


 まさか?


「もしかして、これだけ?」


「あーーー」


 ぽりぽりと頬をかく動作をするタヒラ姉さん。

 けどその態度が、その表情が、もはやすべてを物語っている。


 希望に湧きたっていた周囲の人たちも、何やら不穏な空気を感じてトーンを下げていく。


 そんな皆の視線を受け、観念したようにタヒラ姉さんは口を開く。


「あはは、まさかこんなことになってるとは思わなくってさ。そもそもヨルス兄ぃの命令もぶっちして、勝手にきただけだし」


「それってまさか……」


「そっ、今いるのはこれだけ」


 うっ……眼前暗黒感。

 厨二っぽい言い方したけど、要は立ち眩みがした。


 助かったと思った。

 けど来た助けはわずか20人ばかり。

 周囲にどれだけ敵がいるのか分からないけど、さっき見てきた様子だと100人は間違いなくいる。そしてそれは間違いなく増えている。


 そんな状況で、20人の援軍が来たとはいえ焼け石に水。

 苦境を脱したと思ったのに、実は全然変化していないと言われれば、それはもう絶望もひとしおだ。

 あげて落とすってのが一番性質(たち)悪いよね。


 そして悪い知らせはそれだけじゃなかった。


 1人の部下がタヒラ姉さんに近寄って耳打ち。


「へぇーー、まいったね」


 なんて明るく言ってるけど、目は真剣。笑ってない。


 そしてそれは今後を左右する、最悪の知らせだった。


「うちら、囲まれてるっぽいよ」

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