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挿話27 平知盛(デュエン国軍師)

「なーんて、思っているだろうね」


 相手のことを思って、独りほくそ笑む。


 彼らは思っている。


“いいす”は私たちが敗退した好機だと。

“とんかい”は私たちと共に進む好機だと。


 だがそれはまやかしだ。

 そもそも、敵味方のどちらも好機だと考える矛盾した戦況が起きるはずがない。


 そう、それも全ては私の軍略によるもの。

 両軍の思惑はどちらも正常であり、どちらもはなはだ間違っている。


 彼らがそう目指すのは至極当然で軍略上間違いはない。

 間違っているのは、我々“でゆえん”軍のこと。我々は敗退してなどいないし、かといって“いいす”の国都に向かって進軍してもいない。


 ゆえにどちらも間違っているのだ。


 だが好機であることは間違いではない。


 ただその所有者が彼らではなく、我々にあるということだけだが。


「知盛、準備ができた」


 山県がそう告げに来た。


「ああ、では始めようか」


 そう宣言するも、山県は押し黙ったまま、難しい顔をしてうつむいている。


「どうした?」


「知盛、私に軍略のことを指摘するつもりはない。あんたがそれでいいと思ったならそれでいいさ」


 言葉とは裏腹に、そこには私のことを心配するような心根が見える。普段はそっけないふりして、心根の底ではそのように思いやるのは、彼女の優しさだろう。

 だからなのか、彼女を安心させるために言葉を吐く。


「私はいつも正々堂々だ。だが何よりも平家のために行動している。たとえ卑怯者の汚名を背負ったとしても、平家のため、平家の未来のために道を外れるつもりはない」


「……ふっ、その覚悟。かつてのお屋形様を見ているようだよ。嫡子(跡継ぎ)を廃絶した時の、お屋形様を」


「源氏に褒められても嬉しくはないな」


「私も褒めているつもりはないよ」


 笑いあう。

 苦笑であっても、それは悪いものではなかった。


 だからこそ、私も覚悟を決めるのだ。


「この戦の鍵となるのは、“いいす”の英雄・田平たひらと“いりす”という娘。そして“とんかい”の名将・蘭陵王。これらを一網打尽にする。それが叶えば“いいす”、“うぇるず”、“のする”、“ざうす”、おまけに“とんと”の5国を制圧できる。大陸の半ばを制圧できる。そうなれば平家の再興も、お前らのお屋形様の招聘も可能となるだろうよ」


 そう、すべては平家のため。

 亡き相国――父上の悲願のため。


 卑怯者と罵られようと、悪鬼羅刹と嫌われようと関係ない。

 もう二度と、あのような無様な負けは耐えられない。


 ゆえに汚す。

 己の手を。己の理想を。


 その覚悟は、ある。


「手筈、すでに整えているな、千代女」


 呼ぶ。

 すると気配がした。ここには山県と2人きりだったはずだが。慣れたつもりでもまだゾッとする。これがしのびというものか。


「わたしにぬかりがあるわけない。あるとしたら知盛のポカでしょ」


 相変わらず憎らしいことを言う。

 だが結果は示している。それだけでいい。


「お主も、問題はないな」


 千代女の隣。跪いて頭を下げる男に言う。

 ボロ雑巾のような汚らわしい服。ぼさぼさの頭は何日髪を洗っていないのか。


 このような下賤のものでも、私は遠慮なく使い、取り立てる。それこそが平家のためだと考えているから。


 そう、たとえそれが――最悪最低の裏切り者だとしても。


「承知っすよ、お屋形様」


 男は深く下げた頭を上げた。


 あまり特徴はない。だが、憎らしいほど飄々とした顔には笑みがこびりついている。

 その笑みに何の意味があるのか。気になったが考えるのをやめた。それをしても不快になるからだ。


 この男もしのび

 だが千代女とはその性質も性格もまったく異なる。


 一見すれば、ただの陽気な若者。

 だが働きを見れば、覚悟を決めた自分でさえも顔をしかめずにはいられない。


 この男に信義はなく、求める理想もなく、ただ己のためだけに生きる男。

 そのために仮面をかぶり、幾人の仲間をだまし続けた。


 だが、我々の悲願を達成するためには、こういった毒も飲み込まなければならない。

 それが覇業。父上が目指した理想。


 ゆえに命じる。

 この男を、私の内に取り込むために。


 すべては、勝利のために。


「では頼むぞ――――――――――風魔小太郎」

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