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第194話 VS蘭陵王

 空間が割れた。そんな気がした。


 僕らを遮っていた見えない壁が消え、圧縮された空気が放出されたように前へと進む。ともに、僕の体も。


 怒声と共に馬を走らす。

 前。蘭陵王の美しい顔。茫然としたように、馬上ですくんで動かない。叩き落せる。確信して赤煌しゃっこうを振る。


「舐め、るな!」


 金属音。弾かれた。剣。来る。体をひねった。胸すれすれを貫く。力が入った。横薙ぎに変わる。反射的に腕を狙った。外された。剣が右方向へ流れた。

 息を吐く。同時に反撃。石突きで相手の顔を狙う。剣が来た。振り切った形から防御態勢。防がれた。そのまま手首だけ動いて切っ先が飛んでくる。首を狙った一撃。威力はない。そう見て前に出た。兜で受ける。同時、がむしゃらに赤煌しゃっこうを振った。手ごたえ――なし。


 顔をあげれば、相手は馬を横に走らせて距離を取っていた。馬上の剣捌きも、馬の手綱捌きも超一流。

 自分があの蘭陵王と戦っているのだと改めて思い知らされる。


「イリスっち、それは任せた!」


 背後。サンの声。駆け抜けていく。


 部下を率いて、カタリアたちの元へ。それでいい。


 彼女に答える代わりに前に出た。

 一瞬、蘭陵王の気持ちが切れた。サンを追うべきか。その迷いに付け込んだ。あろうことか、相手は次の一瞬を迎撃ではなく仮面をかぶることに使った。

 今更そんなことをして何になるのか。

 蘭陵王は剣で受け止めようとする。そこへ渾身の一撃を叩き込んだ。


 キィィン


 蘭陵王の剣が、半ばから上が消し飛んだ。いや、正確にはつなぎ目を失って宙を舞った。折れたのだ。


 勝った。


 武器破壊。腰に履いた鞘を見れば、相手はこの一振りしかない。

 折れた剣ではリーチも圧倒的に短く、素手になればさらに有利は動かない。


 だから勝った。

 かといってとどめを刺すほど、僕はまだこの世界に染まっちゃいない。捕虜にするか、あるいは逃げてもらえば、今はもう万々歳なのだ。


 だが、蘭陵王の目は、仮面から覗く瞳は、暗闇に光りを宿したまま死んでいない。

 今度は僕が、一瞬の隙を突かれる番だ。


 蘭陵王は折れた剣先を左手でキャッチ。ギュッと握りこむ。

 当然、刃の部分だ。それを握り締めるということは、刃を手のひらに食い込ませるということで――


「な、何をやってるんだぁ!?」


 理解できない行動。ありえない自傷行為。

 だが蘭陵王は自我を失ったわけでも、死に取り込まれたわけでもなかった。


「我が血をもって顕現せよ」


 蘭陵王がつぶやくと、左手の刀身が光り、細長い形状へと変わっていく。

 光が収まり、現れたのは――


 木の枝?

 30センチほどの小さな枝。


 何故? と思う。

 それはスキルは1つじゃないのか、と思ったのが最初。けどよく考えたら僕もスキルを2つ持っている。あの適当で自堕落な自称死神が勝手なことをしたのだろう。それで解決。今度会ったらしばく。


 けどそれはまた新たな疑問を生む。

 そのスキルによって折れた刀が再生成されるならまだ分かる。けど、再生成されたのは木の枝だ。なんら攻撃力もなければ、防御力もない。折れた剣と合わせて二刀流みたいなことをしても、逆に事態は悪化するだけに思える。


 けどそれをあの蘭陵王が理解していないわけがない。軍略の天才でありながらも、自身の武術に秀でている天才だ。

 つまりこの枝には何か意味があるに違いない。


「舞え、桜花挿頭刀おうかうずとう


 蘭陵王が枝を振った。

 するとその何もない空間から、突如として大量の花びらが宙を舞った。


 桜花? 桜?

 いや、それよりまずい。視界が!


 桜の花びらが視界を覆いつくす。

 その間隙を縫って、光が来た。月光を反射させた金属。折れた剣。間一髪でそれを弾いた。場所は分かった。ならそこにありったけの一撃をくらわすだけ。もはや遠慮していられない。手加減したら逆に殺される。


 その恐怖が大上段からの一撃を放たせた。問答無用ですべてを叩き潰す軍神の一撃。

 何かに当たった。だがそれは肉を打つものでも、金属を叩き潰すものでも、地面を叩くようなものでもない。


 何かに当たって、途中で止まった。


 桜の花びらが消えていく。その先に、あり得ない光景を見た。


 僕が振り下ろした赤煌しゃっこう。それが蘭陵王の眼前、10センチのところで止まっていた。

 いくら力を入れても前にも後ろにも動かない。


 それもそのはず。

 蘭陵王の持つ枝、それが赤煌しゃっこうの真ん中に突き刺さっていたからだ。枝はうねり、幾本にも枝分かれをしているから刺さったら簡単には抜けないのは分かる。

 だがそもそも。木の枝が、鍛えに鍛えた鉄棒を槓子するわけがないという常識を覆さなければ起こりえない事象なのだ。


 ただの桜の枝じゃなかった。

 これもまたスキルの効果なのか。花びらといい、この強靭すぎる枝といい。その正体を知るまでは、迂闊に手を出せない。そう感じさせるには十分だった。


「怖いか?」


 蘭陵王が、僕の気持ちを感じ取ったように、そう発した。

 至近距離だ。仮面をかぶった相手の目が良く見える。見開かれてこちらを凝視するその視線。ああ、怖い。僕はこの人が怖い。


 なんでこの期に及んで、そんな表情ができるのか。

 視線が示す彼の感情。


 それは――


「貴様に問われ、貴様になじ)られ、貴様に打たれ、認識した。私はただの敗北者だ。国も民も守れなかった愚か者の弱者だ」


 自棄するように蘭陵王は語る。

 だがその言葉はどこか芯が通ったように力強く、敵対するものを威圧するほどに圧倒的。


「そんな私に救いはない。あってはならない。だが、それでも私の中に英雄を見るのであれば。目の前にいる貴様がそう望むのであれば。私はそれに応えるのが道義というものだろう」


 そう、彼が抱くその感情。


 喜悦。


 そして彼は、その感情を抑えることを辞めたのだ。


「さぁ、殺し合うとしようではないか!!」


 するするっと、赤煌しゃっこうから枝を引き抜く。こっちが抜く分には難しく、そっちは簡単。不公平だ。なんてことは言ってられない。蘭陵王は引き抜いた枝を、今度は僕の顔面目掛けて突き出してきた。

 金属を容易く貫通する枝だ。受ければ顔に簡単に穴があく。しかも枝分かれしている分、刺されば大事。


 馬から転げるようにして避けた。

 だがその着地点に、折れた剣が来る。折れてなかったら完全にやられていた。体ごと回転させて赤煌しゃっこうを振り回して剣を弾く。


「はっは! そうこなくては!」


 笑う。心の底から楽しそうに。

 相手は馬上。こちらは馬から落ちてしまった。圧倒的不利。だが相手は折れた剣と、脅威とはいえ短い枝。リーチはこちらの方が上だ。

 だがそんなリーチなど関係ないかのように、相手が馬上から突き、斬り下げ、薙いでくる。こちらはなんとか受けるか避けるかするも、反撃の糸口が見えない。相手の馬の扱いが巧みで、逃げようとした方向にはもうすでに回り込んでくる。


「素晴らしい! 宇文憲うぶんけんの奴にも劣らぬ絶技。楽しいなぁ!」


 叫びながらも攻撃の手は休めない。防戦一方の僕は反応できるはずもない。

 同時、恐れてもいた。


 これが蘭陵王。これが守護神。これが英雄。


 蟻を潰すように人を死なせ、相手を殺すために叡智を絞り、一瞬の生死の攻防を楽しむ。


 そんな人間に僕はなれない。なれっこない。

 逆にそこまでしなければ英雄になれないのであれば。英雄というのは人智を超えた――いや、人理の道を外れた――


「迷うか、私を断罪したお前が! なら――死ね」


 斬撃の勢いを殺せずに膝を突いた。迷っている。そうだ、迷っていた。

 これほどの力。引き出したのは間違いなく僕だ。それが逆にこうも惑わされている。


 そのままならない状況に、英雄としての蘭陵王の強さに。


 蘭陵王が桜の枝を振り上げる。突きの構えだ。

 あと数秒でその枝が僕の顔面を貫き、脳を破壊して、イリス・グーシィンという人間の一生を終わらせる。


 ――その刹那。


「っ!!」


 蘭陵王が振り向きざまに右手の折れた剣を振った。何かと激突して、折れた剣が蘭陵王の手から弾かれた。


 何が、と思うより早く。本能で彼から距離を取った。

 まさに九死に一生を得た思いだけど状況が分からない――というのは次の瞬間に氷解した。


「イリリ! 無事!?」


「タヒラ姉さん!?」


 蘭陵王の向こう。

 必死に馬を走らせるタヒラ姉さんが部下を連れて殺到してくるのを見た。


 そんな。だって彼女は重傷で養生中だというのに。なんでここに?


「もう部隊は砦に収容した。お仲間は皆、逃げ去ったから、あんたに勝ち目はないわ」


 と、タヒラ姉さんは部隊を左右に展開して蘭陵王を取り囲むようにする。


 対する蘭陵王は、そんなタヒラ姉さんや兵たちを興味なさげに眺めると鼻を鳴らし、


「……興が削がれた」


 殺気を収め、桜の枝を放り捨てる。

 そしてこちらに向き仮面を取ると、その美しい唇を開き、


「名を聞こう」


「え?」


「貴様の名だ。私を断罪し、ここまで生き延びたのはそういない。それゆえに聞いておきたい」


「イリス……イリス・グーシィン」


「そうか、ではイリス。我が戦場の光よ。またまみえよう。では」


 そう言って、蘭陵王はこれまで何事もなかったかのように、馬を返して、その場から去ろうとする。


「ちょっとちょっと、なに人の妹に手を出して勝手に帰ろうとしてんの? 殺すよ?」


「妹とな。ふん、興味深いがその傷ではな。誰につけられたか知らんが、死に急ぐこともあるまい」


「カッチーン。さすがにあったまきた。このくそったれの傷をつけたのが誰だか忘れてるとか」


「タヒラ姉さん! ダメだ!」


 今の蘭陵王は、傷を負った姉さんじゃ絶対勝てない。


「安心しろ、いりす。今は貴様にしか興味がない。そしてここで私が無傷で帰陣することは決定された事実だ。『并北絶壁へいほくぜっぺき』」


 それからの蘭陵王はある意味圧倒的だった。

 彼が手をかざす先、というより彼の周囲を半透明の壁が球状となって彼を取り囲んだ。それに対してタヒラ姉さんたちは攻撃をしかけるも、誰も蘭陵王に傷つけることができない。

 だから蘭陵王は何の恐れも傷もなく、馬を前に走らせて去っていった。


 激闘にしてはあっけない幕切れ。

 いや、助かったというべきか。あのまま続けていたら、はっきり言って勝てる気がしなかった。タヒラ姉さんが無理して来てくれなかったと思えばゾッとする。


 それでこの日の戦闘は終わった。

 イース軍はザウス軍の一部を蹴散らし、タヒラ姉さんらの救助に成功。

 ただ、トンカイ軍の主力は健在。後背にデュエン軍の影を感じるのは変わらない。


 つまり状況は大きく変わったわけではなく、まだまだ苦境は続く。

 それでも守るべき人を守ることができた。その達成感は間違いなくあった。



切野蓮の残り寿命48日。

※軍神スキルの発動により、9日のマイナス。

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