第190話 対攻城部隊
どうやらカタリアの隊は、国都について兵舎に戻るちょうどその時に、僕の暴走を目にしたらしい。
すぐにカタリアは騎兵に僕を追わせながら、歩兵を進発。自身はインジュイン・パパに目通りし、タヒラ姉さんのことを聞き、命令として南進を承諾させたのだという。
一瞬でそれだけの手配をするのだから、彼女の指揮能力は相当なものだ。脱帽する。
いや、それ以上にタヒラ姉さんのことを聞いて顔色1つも変えず――変えたのかもしれないが僕には最後まで見せなかった――に動ける胆力か。
歩兵は2時間ほど後に合流した。これで1500。タヒラ姉さんの兵がどれだけ残っているかによるけど、これでなんとか戦えるんじゃないかと思える。
ちなみに兵数が減っているのは、国都防衛のための部隊再編でトルシュ兄さんや琴さんが国都に残ったからだ。招集を始めて次々と各地の豪族の兵が集まってきているというから、トルシュ兄さんたちにその部隊を率いさせるつもりだろう。
「まぁいいさ。姉貴が簡単にくたばるとは思えないから。とりあえず見てきてよ」
意気揚々と出陣して、何もしないまま凱旋したことに不満がありそうだったけど、タヒラ姉さんのことは一応心配しているらしく、少し僕に対する態度が緩和しているように思えた。
その日は、近くの村に泊まった。
といっても、ザウス・トンカイ軍来るの報告を聞いて、進路にあるその村は村人が逃げてしまって誰もいなかったけど。
それでも屋根のある寝床と、体を洗える井戸があったのはありがたかった。
そして翌日。
さらに南下したところ、
「この辺にイース軍の建設した砦があるようですけど……」
カタリアの隣でユーンが地図を広げながらつぶやく。
数か月前のザウス・トンカイ連合軍侵攻を受けて、南を護るタヒラ姉さんたちを援護する意味で作られた砦らしい。ただ、砦というよりは、国境への補給のための前線基地という意味合いが近く、万が一を考えて最終防衛ラインとするくらいの規模でしかないらしい。
「とりあえず斥候でも出すか」
「そうですわね。じゃあ、あなた行ってくださる?」
「僕かい!」
「ふっ、冗談よ。偵察、出て」
少なくとも僕とカタリアは冗談が言い合えるようにはなれた。
それを横のラスやユーンとサンが微笑ましく見守ってくるのがちょっと気まずいけど。悪くはない。
とにかく情報がない。
タヒラ姉さんがやられたと言ってるけど、それ以外にも情報が錯綜しすぎてどれが本当でどれが嘘や間違いなのか、全然わからないのだ。
一応、この砦のところでタヒラ姉さんが敵とにらみ合っていた、というところまでは、彼女が遣わした伝令が言っているから間違いではないのだろうけど。その後のことが何もわからない。
だから一応、ここは敵地と思って行動するのが吉だ。
もしかしたらタヒラ姉さんの部隊は壊滅し、敵がそこらへんから沸いて出てくる可能性だってある。
だから慎重に斥候を出しながら進軍するつもりだったが――
「おい、これ」
遠く聞こえた。喚声。怒号。悲鳴。そして視界に見えてくる、平地の中にある大きな人工物。あれが例の砦。そしてそこに群がる蟻のようなもの。
まさか――
「全軍、戦闘準備!」
カタリアも同じことを見たらしい。すぐさまその命令を出す。
「カタリア、横陣を取ろう。それで敵に近づく。数を多く見せるんだ」
「分かりましたわ。全軍、横陣を敷いて全速前進!」
直属の部隊ではないし、陣形の訓練なんてしていないから、命令からすぐ実行までには少し時間を要した。
それでも横に伸びた軍は1500とは思えない圧を敵に与えるだろう。
横は長いが縦は薄いので、敵に攻められたら一巻の終わりだけど。
それから全速で走る。
そして見た。
平地にある砦をぐるっと包囲する1万の人を。まるで大海にポツンと浮かぶ孤島を思わせる。波のようにぶつかる兵が、砦を削り取るようにして潰そうとしている。
補給用の基地として作られた砦はそこまで防備が硬くなさそうだ。ましてや四方を囲まれて一斉に攻めかかられれば、ひとたまりはないだろう。
1万近い人数なら、無理攻めすればほんの数時間で落ちそうなものだ。それがもっているのは、何か思惑があるのか、あるいは味方の抵抗が激しいか。
幸い、敵から見てこちらは少し盛り上がった斜面の上に出ているから気づいていない。
ここから攻めかかれば、奇襲で逆落としになる。
けど――
「まだ頑張ってます! 助けてあげましょうよ!」
「はっは! 奇襲でぶっ殺すしかないっしょ!」
「ええ、どうやら間に合ったようですわね。行きましょう」
「え……えぇ!?」
ユーンとサンが滾り、カタリアがそれに流されるように攻撃命令を出そうとするのを、ラスが何も言えずにうろたえる。
この流れ、まずい!
「ちょ、ちょっと待った!」
慌てて止める。
今にも潰されそうな砦で味方が頑張っているのは分かる。すぐに助けてあげたいというのが人情なのも分かる。
けどここですぐに攻めかかったとして、兵力差は歴然。敵は砦を攻めるのを中止して、こちらを取り囲んでフルボッコ。増援の僕らを叩いてから安心して砦を攻め落とすことになるだろう。
それはせっかく救援に来たのに屍を増やすだけでまったく意味がない。
確かに攻囲中の敵を横から突き崩すのは理にかなっている。
現に敵は砦攻めに夢中だ。
だが、僕は見た。
左手奥。そこに陣取る2千ほどの兵が、こちらに注意を向けて陣形を変えたのを。
これまでは本陣のようにどっしりと不動の構えをしていた2千は、にわかこちらに向きを変えて、魚鱗(三角形をした陣。突破力に優れる)の陣を構えた。
先ほどの横陣へのたどたどしい変更を見ていた僕にとって、それは惚れ惚れするほど見事な陣形変更だった。一切の無駄がなく、それぞれが決められたパターンに従って乱れずに動く美しい動作。
それができるということはすなわち、あれこそが敵の本隊(おそらくトンカイ軍)で、精強極まりない部隊ということ。
ということは、あそこには彼女がいるのか。
戦国屈指の名将、西の立花に対して東の筆頭に数えられた剛力無双の男の娘。あるいは仮面の勇将か、はたまた三国志いち有名であり最強クラスの神将か、あるいは楚漢戦争を勝利に導いた神算鬼謀の軍師か。
その中の誰がいたとしても。ここでもし、僕らが敵に飛び込んでいれば、あの矢じりのような部隊は、すぐさま飛んできて、敵にぶつかった僕らを真横から錐のように突き崩すだろう。そうなればもう負けだ。
「カタリア、鉦を鳴らして」
「あ? イリスっち、そしたら奇襲が……」
「イリス、それで勝てるのですね?」
「勝つためじゃない。助けるためだ」
カタリアが僕を睨みつけてくる。今、この一瞬一瞬で勝率が下がっていっている、そう考えているのかもしれない。
僕だって奇襲を捨てるのは抵抗がある。けど、そっちの方が負ける確率が高い。そう感じている。だからここで折れるわけにはいかない。
にらみ合いが続き、そして、
「サン、鉦を鳴らしなさい」
「けどよぉ」
「そうしなさい。わたくしの軍師がそう言っているのです!」
「……はーい」
不承不承と言った感じでサンが鉦を鳴らす。
中天に金属音が響き渡る。
すると砦を攻めていた敵が、初めてこちらに気づいたように、ぎょっとして動きが止まる。
対して砦の方では歓声が起きる。援軍が来たことを悟ったようだ。
敵軍は、僕ら援軍に対応するためか、一時砦を攻めるのを中止して包囲を解いた。
左半分の軍はじりじりと動きは緩慢。ゆっくりと砦から離れて、こちらと砦に対して陣を構える。
対する右半分は砦からサッと逃げるように素早く動く。それからこちらに対して部隊を割って陣を構えた。
その動きを見て、確信する。
どちらが弱兵かを。
「それで? どうしますの? 味方にわたくしたちの来援が知れたのはいいものの、敵にも構えを取られましたわ」
「少し、待ってくれ」
すると敵は本隊から伝令が来たのか、陣形を動かした。砦の攻囲を行う部隊と、こちらに対する牽制の部隊。
攻囲がおよそ5千、牽制が3千。そして離れて本隊が2千といったところか。
敵の配置。動き。兵力の差。時間。それらを加味して考えられる策は――
「よし、策は決まった。聞いてくれ」
そして僕は話し始める。タヒラ姉さんを助ける策を。
話している最中に、どこかで聞いたことがあるなと思えば。そうか、蘭陵王か。それが今、敵としているかもしれない。そう思うと、奇異な宿命だ。
そして僕が策を話し終えると、
「…………あなたは本当に、人を食ったようなことを考えつきますわね」
「お嬢の言う通りだわー、引くわー」
「けど、これで一番大事なのって……」
「イリスちゃん、大丈夫なの?」
みんなの視線がこちらに集まる。
ここで僕がミスればすべてが終わる。だから小さく深呼吸して、
「ああ、勝算はある」
そう、しっかりと言い切った。