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第185話 軍師の戦後処理と閃き

「我ら、チョーカツ様に降伏いたします」


 トントとの激戦が終わり、トント軍を撃退した3千の元トント兵が僕らに挨拶に来た。


「うむ。だがまずは“いいす”が滅んでは元も子もない。おぬし等にはこれからトント軍が再び攻め上がってこないか、近辺に陣を張り、警戒してもらいたい」


 趙括には話した通りの対応をさせた。

 まず彼らに対する処遇は、イース国がこの後も存続したら決定する。イースが滅びれば約束もなにもない。

 だから最大限にイース国の生存に活躍してもらおうということで、トント国の再侵攻を警戒してもらうことにした。


 本当は国都防衛に力を貸してほしいところだけど、はっきり言ってほとんどが農兵で戦闘の素人。トントは圧政による迫害は激しいが、ここ数年は戦闘がなかった国。それほど練度も高くないので足を引っ張られかねない。


 何より、まだ新参者で氏素性の分からないものが多い。

 まだ本当に彼らへの恩赦を決めたわけでもないイース国のために本気で戦ってくれるか分からないのと、トント国、いやデュエン国のスパイが混じっている可能性がある。そんな奴らを国都で籠城となった時に中に入れるのは、獅子身中しししんちゅうの虫になりかねない。


 3千という兵数は魅力的だったけど、それ以上にデメリットが大きすぎた。

 何より、挨拶に来た農兵代表はともかく、豪族代表は見ていて信用できなかった。40代の男だが、他の人より太っていて、目に媚びへつらうような笑みを見せていた。はっきり言って信じられない。状況を見て裏切る可能性があるだろう。

 趙括に言われて神経過敏になっているかもしれないけど、今は1%でもその可能性がある危険は排除すべきだった。


 というわけで降伏してきた3千は対トントに使うことが決まった。


 それから――100人でトント軍6千を追い払った僕たちを、イースのみんなは歓呼の声で迎えてくれた。


 一部を除いて。


「追い払ったの? ふぅん。わたくしの命令もなく? 勝手に戦って、勝手に勝ったと? ふぅん? そういうことするのね。あなたの提案したこの伏兵も無駄になったと」


 敵愾心を燃やすカタリアの視線が痛かった。

 彼女からすれば、手柄を僕に奪われたと思ったのだろう。


 いや、正直これは僕からしても偶発的な戦闘で。その結果がついてきたのも、ある意味偶然。だからこうもねたまれるのは困るんだけど……。


 すっかりねてしまったカタリア。これはマズい。

 手前味噌かもしれないけど、この状況。僕とカタリアが上手くいかなかったらもうすべてが終わる。そんな気がする。


 というわけでプロを召喚。


「まぁまぁ、イリス様。総大将なんですからしゃんと構えてください」


「そーそー。てかこれって策を採用したお嬢の手柄ってことじゃないの? トント軍6千を犠牲なく撃退とか、親父さんからも褒められるっしょ」


「…………まぁ、そうとも言えますわね」


 うわ、チョロ。

 さすがカタリアを扱うプロだ。どこをくすぐればいいか心得すぎていて怖い。


 その後、僕はそのプロ――ユーンとサンと話す機会があった。


「正直、あなたたちがやってくれなければ、本当にどうなってたか……。カタリア様の扱いは私たちに任せて、あなたはあなたのやるべきことをお願いしますね」


 ユーンは落ち着いた雰囲気で話しているけど、その顔には憔悴と不安がはっきりと見えている。

 だからなのか、こうして僕を頼りにしてくれるのはありがたかった。


「うちらもそうだけど、お嬢がお嬢をやっているのは、国があってこそだからね。多分、国が滅んで。別の国になったとして。その時、お嬢がお嬢であることは


 サンの言うことは抽象的だけど、なんとなく理解できた。

 カタリアはイース国重臣の娘だからこそ、あんな感じでも許される。

 国が滅ぼされても、そこで生き延びた人のゲームは終わらない。たとえばデュエン国に滅ぼされて生き延びれば、その下で働くか、他国へ亡命するしかない。

 その時に、今と同じような生活ができるとは到底思えない。だからこそ、カタリアがカタリアであるのは、このイース国が存続する必要がある。


 自分の命のため。そして大切な誰かのため、国を守る。

 このことに関して、僕と彼女らとの利害は一致したのだ。


 こうして暗黙のうちに、僕は好き勝手するのをユーンとサンがカタリアの抑えに回るという役回りが確立されたのだ。


 そしてもう1人。いや、カーター先生からはお小言をもらったし、琴さんからは「いりすの軍略はかの諸葛孔明もさるものだな。だが次はボクも呼んでくれ。仏法を護る毘沙門天びしゃもんてんの如く、ボクは君を命をかけて守護しよう」と言ってくれた。重かった。


 それよりももっと激しく――げんなりとさせてくれるのは、まぁ大方の予想通り彼女だった。


「聞いたよ、イリスちゃん! 敵陣突入なんて危ないことを!!」


「ん……まぁでももうやりたくないな。死ぬかと思ったし」


「そうだよぅ。イリスちゃんの命も1つしかないんだから。でも本当に、よかった……あ、ここ、傷ができてる。イリスちゃんの可愛いお手て…………ぺろ」


「な、なにするんだよ、ラス!?」


「あ、いや、違うよ? しょ、消毒! 消毒だから! 別にこれにかこつけて、イリスちゃんのすべすべなお肌を舐めてみたいなんて微塵も思ってないから!!」


 色々な意味で怖かった。

 ちょっと彼女とは距離を置こうかなと思った今日この頃。


「でもよかった、イリスちゃんが無事で」


 ……そんな風に涙ぐんで笑顔を向けられたら距離置きにくいだろ! あぁもう! 狙ってるのか!? 天然なのか!?


 そんな一幕もあり。

 気持ちを取り戻したカタリアが全軍の撤退を指示。国都へと戻ることになった。


 兵たちの顔色は明るい。死者がおらず、トント軍を撃退できたのだからこれ以上ない戦果だ。


 けどやはりどこか硬い。

 それはまだ初戦が終わったにすぎず、これから始まる本番で自分は生き残れるのか。それを憂慮しているからだろう。


 そう、これからが本番だ。


 状況を整理しよう。


 イース国はトント、デュエン、ノスル、ザウス、トンカイの軍に囲まれている。

 そのうちわけはこうだ。


 まず味方。

 僕たちカタリア隊は2300ほど。

 南にタヒラ姉さんの部隊がザウス・トンカイ連合軍と対して1500。

 西にカタリアの姉、クラーレが警戒のために出ていてこれが1000。

 今、国都では各地の豪族へと命令が飛び、農兵を厚めに集めて5000。

 また趙括は今後も共に戦うということを約束してくれてそれが500。


 合計10300。


 対する敵。

 まず大本命、平知盛が率いるデュエン国約10000。

 そのデュエンに降伏したという、あの姉弟が率いるノスル国約2000。

 さらに南から前回のリベンジを誓うザウス・トンカイ連合軍約12000。


 約ばかりで正確な数値は不明だけど、これが現在の敵のすべて。

 合計24000。


 兵力差だけ見れば悪くない。

 いや、悪いんだけど、当初の10倍とかに比べればはるかにマシだ。


 けど、今はそれが分散してまとまった兵力となっていない。

 早い話が、各個撃破されてしまう可能性があるということ。


 さらに悪いことに、集中したとしても2倍の兵力差で、しかも挟撃の位置にあるのだ。

 そんな状況なら一撃でイース軍は壊滅する。


 あるいは。

 デュエン軍とザウス・トンカイ連合軍が同盟・停戦はしておらず、ただの同時侵攻だったら僕らという小鹿の前に、ライオンと虎が餌を巡って相争うことになる。

 三国志で言う二虎競食にこきょうしょくの計だ。まぁそう仕向けたというより、勝手にそうなった感があるんだけど。


 でもそれはないだろう。

 あの源平きっての知将・平知盛が率いるデュエン軍。

 そしてザウスはともかく、トンカイ軍にはあの張良ちょうりょうがいるという。


 そんな愚かなてつを踏むはずがない。


 つまりやっぱり2倍の兵力差で、挟撃の位置取りになる。

 となると国都近辺まで引き寄せて、挟撃を薄くすることからしないといけないわけだけど。


「甘くないよなぁ……」


「どうかしたか、いりす?」


 つぶやきが漏れて、隣を歩く琴さんに聞こえてしまったようだ。


 聞こえてしまったなら仕方ない。

 一応、背後から敵が来ないよう、一番後ろを進んでいるから周囲に聞く耳はない。琴さんなら、と思って思い切って話してみた。


「そうだな。今ボクらは汚濁渦巻く底沼にいるようだ。まるでかつての神聖将軍府のように」


 あぁ、戊辰戦争ね。鳥羽伏見で負けてから、もう踏んだり蹴ったりだったものな。


「だが知っているか、いりす。あの戦争。そもそもはかの国の不撓不屈ふとうふくつの輝ける反骨精神から始まったのだ。正直、ボクとしては不本意な奴らだけどね」


 なるほど。長州か。


 そう言われれば、今のこの状況。四境戦争(第二次長州征伐)の時の長州藩と似ている。

 今の山口県にあった藩で、毛利元就もうりもとなりを始祖とする。

 それが幕末に色々あって討伐の対象となるのだが、4方向から迫る幕府軍を長州藩は撃退。これにより江戸幕府には力がないことを全国に知らしめ、時の将軍の病没も合わさって、倒幕への動きが加速していくことになる。


 けどそれとは色々状況が違うよなぁ。

 何より、長州の勝因は高杉晋作たかすぎしんさくら奇兵隊や火器の効率運用、なにより幕府軍の一部が長州藩に同情的だったりして戦意が乏しく足並みが揃っていないことにあった。

 今回はトント軍の足並みがそろってないところを突いたけど、ウェルズとトンカイに限ってそんなことはないだろう。


 戦局は似ている。

 けど敵味方の立ち位置と戦力、そもそも勝因となる火器のたぐいも全然――


 と、そこで頭に落雷を受けたような閃きが走った。


 そういうことか!

 これなら、勝てる! いや、あるのか? 違う、ないと考えて排除してしまっていた。なんたる愚行。なんたる怠惰!

 報連相ほうれんそうがまったくなっていない。社会人失格だ! というか、どうして今までこれに思い当たらなかった!!


「琴さん、ありがとう。ちょっと先に戻る! あとよろしく!」


「え? ああ、役に立てたならボクとしては光栄極まりない栄誉だけれど」


「あ、ちょっと、イリスちゃん、待ってよー!」


 馬を走らせた僕に、琴さんは呆気にとられ、ラスは慌てて追って来る。


「ラス、カタリアに連絡してくれ。僕は先に戻る。この戦いに勝つために!」


「うぇ? カタリア、ちゃん? えっと……あ!」


 動揺するラス。彼女にカタリアへの言伝を頼むのは不安だし可哀そうだった。

 けど今は一分一秒が惜しい。


 この戦いに勝つには、高杉晋作になるしかない。

 そして高杉晋作には、重要なキーパーソンがいた。


 そして幸運なことに、僕にもそのキーパーソンと似た人物を知っている。


 その人物に会う。

 会えるかどうかわからない。


 それでも、と心で祈りながら僕は国都へひたすらに馬を走らせた。

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