第19話 仮面の騎士
「右翼に展開中のグリッジ隊が全滅!」
「敵だぁ! 敵は1人! こっち――がふっ!」
「敵は1人!? なにしてんのよ! だったら他の隊と合流する!」
「ええい、油断をしてからに! 人をこちらによこせ! 一気に包囲して押しつぶす!」
暗闇に怒声が響き渡り、たいまつが勢いよく揺れ動くのが分かる。
広い平原。
そこにポツンと立つ人間が1人。僕だ。
その周囲には5人ほどの人間が倒れている。
戦闘用のプレートを着た人たちで、今しがた僕が打ち倒した国境守備隊の人間だ。
それに所在なさげに立ちすくんでいる馬が5頭。
火の群れが近づいてきたタイミングを見計らって、僕は皆と別れた。
そしてたいまつの光を目印に駆け、そこにいる部隊の敵を打ち倒したのだ。
敵にとって、まさかこちらから仕掛けてくるとは思わず、完全に奇襲の形になった。
さらに最初に槍を持っていた兵からそれを奪い、槍の穂を折って武器にした。
棒術なんて知らないけど、それを振り回すだけで十分な武器になるし、スキルが加わっていて、僕に勝てる人間はいなかった。
それから次々とたいまつの光を狙って奇襲を行ったが、そろそろ相手も警戒の度合いを高めてくるだろう。
今までは小部隊だから多くて5人――先だっての鎧騎士たちと同じ人数――だからなんとかなったけど、これからは10人以上でまとまって動いてきそうだ。
けどその結果は出ていて、東の方からもたいまつの火が近づいてくるのが分かる。
つまり皆の前を塞ぐ敵がこちらに釣り出されたということ。
囮作戦は成功だ。
あとは適当に戦って皆と合流して一気に国境へと向かえばいい。
ズキッ。
不意に頭が痛んだ。成功に安心して気を抜いたからか。
まさかこの子、持病を持ってるわけないよな。
なんて思いながら、少し気を抜いて周囲の様子を見渡す。
だがそれは次なる危機を招く。
気配。来る。蹄。馬。敵。銀。刃。
ーー衝撃。
咄嗟に出した槍の柄が何かに当たってはじけた。
いや、斬られた。前髪が何かが触れて切れ飛んだ。
咄嗟に槍を出していなければ、脳天から真っ二つにされていただろう。
「あっぶな!」
今更ながらに心臓が跳ねるように鼓動を打つ。
死んでいた。偶然――いや、軍神の反射神経がなければ確実に死んでいた。
そして死を押し付けようとしたのは、今まさにすれ違った馬上の騎士。
月明りに照らされ、なんとかその姿を見ることができた。
闇に溶け込みそうな黒衣の騎士だ。
顔は見えない。暗さのせいもあるが、目元を覆う、仮面のようなものをつけていたからだ。
「外したか」
馬をゆっくり旋回させながら、黒騎士がつぶやく。
甲高い……少年? いや、女の可能性もある。
馬上だから分からないけど、確かに身長はそこまで高くなさそうだ。
黒騎士は、手にした長い剣――いや、薙刀というべきか、あるいは青龍偃月刀――を振り払い、こちらに馬首を向ける。
「軍師殿の言う通りだ。壊滅した部隊の足取りを追えば、必然、敵の部隊に出会うと。まさか少女1人とは思わなかったが」
「軍師……?」
「ああ、我が国の軍師だ。軍師様はこうも言っていた。おそらくこの攻撃は囮。こちらに味方の視線を釘付けにして、その間に別方向から国境を越えるために脱出しようとしてる部隊がいると。だから向かったよ、軍師殿の言葉を受け、ザウス国の軍が。東の方だ」
「っ!!」
まさか完全に読まれた!?
いや、これくらいは勘のいいやつがいたら気づく。だからこそ、ある程度のところでこちらも合流しようと思ったわけで。
けど早すぎる。
背後に目を向ける。
確かに遠く、東の方からたいまつが移動しているのが見える。皆の元へ向かっている。
咄嗟に横っ飛びした。
そのすぐ横を敵の一閃が薙ぐ。
くそ、油断した。油断していいわけない時に、他に気を取らされた。
「よくかわす。ふん、戦いの最中によそ見をするようなところもあれば、勘の良いところもある」
言い方にカチンとくるところがある。
けど今は撤退だ。こいつとやり合ってたら命がいくつあっても足りない。
いや、防げているから勝てないことはないけど、時間がかかる。その間に増援を呼ばれて取り囲まれたら終わりだ。
今大事なのは皆のところに合流すること。
こんなところで無駄な時間を使うわけにはいかない。
「逃がさないよ。小娘とはいえ、小規模の部隊を壊滅させる力があるのであれば。のちの我が国の脅威となる」
こちらの逃げようとする動きを察知されたのか。
黒騎士が東側に陣取る。これで奴を突破しなければ皆のもとに帰れない。
どうする。
見回す。
こちらにも敵のたいまつが近づいてくる。いよいよ時間もない。
それに走って逃げたとて、この黒騎士の馬から逃げられるか。
だとすれば――
「無駄だ。大人しく我が国に投降しろ。さもなければ殺す」
「嫌だね。そう言って殺す気だろ」
「ようやく答えたか。だが我が国は投降者に寛大だ。ザウスとは違う」
「我が国?」
言い方が気になった。
しかもザウスと呼び捨てにする。
「ふん、おしゃべりが過ぎた。さぁ、降るか死ぬか、どちらだ?」
こいつの正体は気になるところだ。
けど今はそんなことをしている場合じゃない。
ここに至ってはもうやることは1つしかない。
逃げた。
東じゃない。
その逆。
西へ。
「哀れな。網の中に飛び込むか」
西に行けば確かに敵のど真ん中に飛び込むことになる。
けどそこまでいかない。行くのはほんの数メートル。そこに望むものがある。
剣。
倒れた騎士が放りだした剣を掴むと、
「行け!」
彼らの乗って来た馬。その尻を剣の腹で叩いた。
驚いた馬は一瞬棹立ちになり、そのまま走り出す。
「なに!?」
それが黒騎士の隙になった。
走り出した5頭の馬。
それが自身の方へと突撃してきたのだから当然だ。
その間に僕は1頭の鞍にしがみつく。
馬の乗り方なんて知らない。いや、知ってる。『軍神』の力が、どうやって乗るべきか体が知っている。
「このっ!」
声。黒騎士。すぐ近くだ。剣、いや偃月刀。来る。夢中で剣を振った。衝撃。金属音。
見れば僕の剣は半ばで断ち切られ、僕の頭上ぎりぎりを偃月刀が薙いだ。
あっぶな! てかこの剣、安物だな!
苛立ち紛れに使い物にならなくなった剣を相手に向かって投擲。
「っ!」
その行動は予測できなかったのだろう。黒騎士が慌てて偃月刀の柄でそれを防ぐ。
その数秒が明暗を分けた。
走り出した馬は止まらず、ぐんぐんと黒騎士との距離を離していく。
どうやら相手に追うつもりはないらしい。
月下のもと、追う様子もなくたたずむ黒騎士の姿に、安堵しながらも圧倒的な強者の出現に内心ため息。
いや、とにかく今は合流だ。
敵が策を呼んでいるなら皆が危険だ。
さらに包囲がそちらに向く可能性がある。
まだまだ危機は去っていない。
その想いが、より力強く馬にしがみつく原動力になった。
そんな想いで走り続けた直後。
「――ぐっ」
急に胸が締め付けられるような衝撃。
もしかしてこれが恋、なわけがなくあふれる想いではなく吐き気が口内に込み上げ、そして放出された。
「ごほっ、ごほっ!」
咳。
手で口を覆う。
あー、汚い。
そう思ってつばのついた手を、ごしごしとわき腹当たりにこすりつける。
ねばねばする口内から唾を吐き、いがらっぽさもリセット。
「頼む、間に合ってくれ」
祈りながら走る。いや、しがみつく。
月下の夜の出来事だ。