表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

207/706

第182話 未来の大将軍の軍略

「イリス、ここでいいのね」


 カタリアの憮然とした、だがどこか心細さを感じさせる声が聞いてくる。


「ああ」


 僕はうなずく。なるだけ力強く。

 カタリアを、そしてその周囲にいるラス、ユーンとサン、琴さん、カーター先生を不安にさせないよう。


 正直、彼らがいるのが逆に僕は不安だった。けどしょうがない。国が無くなるかもしれない時。国家総動員ということで彼女らも兵となって戦わなければならなくなり、カタリアがせめてもと自分の部隊に編入させたのだった。

 カタリアの面倒見の良さが少しは活きた形だろう。


 あれから――趙括の村を出てから――なんとか陽が落ちきる前にカタリアたちに追いついた。

 そこは国都から10キロほど行った場所にある小さな砦。

 とはいえ元は同じ国で、分裂して以降同盟を結んでいた関係だ。トント国に備えるということはなかったから、ここは守るというより、イースとトントの国都を行き来するのにちょうどよい宿場町というところ。それを一応、周囲を木で作った大きな策で囲っているだけで、砦といっても防御力は皆無に等しい。


 対するトント国の軍勢は、まだまだ遠く。3日分くらい先をゆっくりと、進路上の豪族や民を吸収しながら進軍してくる。


 それならこんなところまで出てくるよりは、もっと準備して国都を出発すればいいだろうと思うだろう。

 けど、この10キロ程度とはいえ、距離を縮めるのが重要なんだ。

 移動時間にすれば2,3時間。けど、その2,3時間が勝敗を決定づける可能性は大いにある。


 さらに言えば、ここは言って見れば対トント戦の最前線。国都から少しでも離れた位置に身をおくことで、緊張感を兵たちに持たせるという狙いもあったりする。


 というわけで砦に入り、カタリアを探し出して帰還の報告をすると、


『ご苦労様』


 と言っただけで、内容については何も聞かれなかった。


 あまりにもあっけない&そっけない態度だったので、ちょっと不満顔してみると、


『どうせあなたのことだから首尾よくやったんでしょうよ。聞かなくても分かるわ』


 とのこと。


 ライバル意識もたれているというか、信用されているというか。ま、悪い気はしないな。


 そして兵を休ませて翌日。


 僕らはトント軍の向かう方向へと出発した。

 その日は何もなく野営。敵との位置は離れているからまだ安心して眠ることができた。


 さらにあくる日。

 朝も早い時間帯に動き出した僕らに聞こえてくるのは、膨張したトント軍の数。


 その数、6千強。


 3千から倍以上に増えたのは、途中で兵を吸収しながら来たからだろう。

 国境で日和見している豪族、農民を徴兵すれば数は増える。


 対するこちらは2300。いや、趙括ちょうかつたちが援軍として編入されて2800まで増えた。

 それでもいい勝負とか言ってたころがなつかしい。いつの間にか2倍以上の兵力差ができてしまったわけで。


 犠牲を少なく、可能な限り一撃で、というそれだけでも超絶級の難易度なのに、これ以上、難易度をあげないでほしいな。


 けどやるしかない。

 そのために小太郎に調べてもらった地形を活かす策を練り上げたのだから。


「いりす殿」


「小太郎!」


 来た。敵を偵察に行かせた小太郎だ。


「遅くなったっす。敵はここから5キロ先を進軍中。兵数はおよそ6千。中央に正規軍3千、左翼に農兵1千、右翼に豪族ら2千っす!」


 誤報じゃなかったか。ちょっと期待していただけに落胆。

 けどそれを表に表さず、僕は顔を横に向けた。


「趙括」


 僕はカタリアの横で憮然と腕を組んでいる、未来の大将軍に呼びかける。


「まだ報告は入っていない。というか日数が足りなすぎだろう。あと数日はないと」


 あれから趙括は、一応表面上は僕に対して大人しくしてくれている。

 さすがに衆人環視の前で二度もボコったのだから、プライドの高そうなこいつは色々と言って来る気がしたけど。若干不気味だ。


 そんな彼は、トント国へと向かわせた100人ほどのとりまとめもしており、彼に情報がなければ調略はうまくいっていないということだろう。

 まぁ調略なんて気長にやるものだから、こんな早く実を結ぶとは僕も思ってない。


「それでも、今やるしかない。あとは策で何とかする」


「ふむ……ならば私に任せてもらおうか」


「なんだって?」


「ふっ、私を誰だと思ってる? 今流行りの孫子とやらの書いた兵法書はすべて暗唱できる男だぞ?」


 暗唱って……机上の空論だから困ってるんだよ。

 てか孫子って流行りなの? あ、違うか。趙括のちょっと前(といっても書籍の成立は200年くらい前)だから流行りっていえばそうか。春秋戦国時代は諸子百家しょしひゃっかの時代だから、いろんな思想とか学問が大流行したから、その影響だろう。


「なに、兵を動かすというほどではない。我ら旧“とんと”兵200でいい。時間にすればほんの10分だ。うまくいけば損害なしで、相手の兵数か戦意を減らせるだろう」


 うーん。何をしようと言うんだろう。

 果てしなく不安だけど、何か考えがあるのは確か。


 けど兵数と戦意を減らすって。200人で10分の戦果としては異常なものだ。

 やるなら奇襲だけど、この真昼間。さすがに6千もいれば200で崩せるものでもない。損害なしなんてもっとありえない。


 ……ダメだ、分からない。

 分からないなら、ダメもとでやらせてみるか。


「カタリア、どう思う?」


 僕はカタリアに視線を送る。

 一応、この軍の総大将は彼女だ。だから意思決定は彼女の言葉をもらわないといけないわけだけど。


「それを考えるのはあなたでしょう?」


 ぐっ、可愛くないやつ。


「けど。どうせここで待っているのも時間の無駄ね。イリス、その男についてやってらっしゃい」


「はぁ……」


「返事は“はい”!」


「はい!」


 やれやれ、とりあえずやってみるか。

 どうせカタリアのことだから、損害が出ても元捕虜の200と思っているのだろう。


 いや、あるいは変な気を起こそうとするなら、あなたがこの男を斬りなさい、くらい思ってるのかもしれない。


 兵力差に怖気づいて、僕らの策を敵に伝えて降伏というのも分からないでもない。


 くそ、嫌な役目を押し付けやがって。


「どうした“いりす”とやら。では行こうぞ」


 すでに200名の選抜は済んでいるらしい。

 趙勝は馬を操ると、彼らを率いて進みだした。


「ちょ、ちょっと待てって!」


 慌てて趙括に追いつき、馬の速度を緩めて聞く。


「なぁ、何する気なんだ? 奇襲なんてしても、この数じゃ無理だ。しかも地形が悪い。ここから先はもう平野で兵が隠れるところなんてないぞ」


「ふっ、それくらいこの私が分からないとでも? 安心せよ、この私がやることだ。大船に乗ったつもりでいるがいい」


 だから怖いんだよ。


「まぁいい。将来の我が妻を心配させることはないからな」


「うん……って、おい!?」


 今、なんつった? 将来のワガツマ? なにその新手の日本酒みたいなの!?


「聞けばそなたは一国の重臣の娘とな。それほどの者でなければ、将来の大将軍たるこの私とはつり合いが取れぬというもの。それに、この俺様を二度も倒してくれたのだ。ふっふっふ……そなたへのこの恨みは、狂おしいほどの炎に焼かれ、今、こうして愛へと昇華したのだ! そなたを殺すのは私しかおらず、そして私を殺すのもそなたなのだ!」


 え、なにこのヤンデレ。怖い怖い。マジ嫌。

 僕は男だとかそういうのを通り越して、普通に断固お断りだった。


「いよっ! さすがカッつぁん!」「その勘違いは天下一!」「いいなぁ、若くて綺麗で強い嫁さんかぁ」「恨みと愛がねじれているぞ!」「お嬢ちゃん、羨ましいね! 末永くお幸せに!」


あおるなし!?」


 趙括の部下がはやしたてる。

 絶対こいつら、僕が嫌がってるのを見て煽ってるだろ。いじりの対象が趙括こいつだけじゃなく、僕にも飛び火するとは思ってもみなかったぞ。


「式次第については、追って、私が名実ともに大将軍となった時に話そうではないか。今は例の策だ。ふっふ、聞きたいのだろう。希代の謀略家としても優秀なこの私の最強の策を」


「あ、はぁ……」


 なんだろう。この勢いから出るこいつの言葉。すごく嫌な予感しかしない。


 そして趙勝は口を開く。

 彼が考える、その圧倒的な最強の策を。


「孫子いわく、朝の兵はイイ感じ、昼はダラダラ、夜は帰りてぇ、さ!」


「どこが孫子を極めただ!」


 僕は新たに生まれた変態バカに、思わず深くため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ