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第180話 デュエン国の進退

 東門に集合したのはおよそ2千強の軍勢がいた。

 常備軍1千に予備兵と近場にいる豪族が引き連れた兵で合わせて2千。

 5千は集まると言ってたけど、昨日の今日だし、状況を知って日和見か寝返りを決めた連中もいるだろう。


 トント軍は3千。

 それに対して2千強なら十分に勝負にはなる。いや、勝負になるじゃダメなのだ。

 互角の勝負をして勝ったとしても、その時にはこちらも多くの兵を失っているわけで、そんな状態で次のデュエン軍やトンカイ軍とは戦えない。

 それに時間もかけられない。トント軍が突出しているとはいえ、そう何日もかかわっていればデュエン軍もザウス・トンカイ軍も動き出す。そうなったらせっかくの包囲網打開のチャンスが失われてしまう。


 だからトント軍に対してはまさに文字通り一撃必殺。1回の戦いで完勝しなければならない。


 なかなかに無理ゲーな条件だけど、こと現実に至ってはそれが可能になる。

 かの有名な桶狭間の戦いだって、信長が今川本陣に切り込んでから今川義元討ち死にまで、そう何時間もかかったはずがない。そんな何時間も戦っていたら、周囲の今川兵に囲まれて信長は全滅しているはずだし。


 そう、つまり敵の総大将を討つか、あるいは絶対に勝てないと相手に思わせさえすれば、雑兵は勝手に逃げていく。

 それが僕の狙う、対トント軍との戦い方。


 まぁそのためには入念な下準備と、天地人のすべての要素を得た戦術、そして多分なる運が必要というわけで。


 下準備の時間はないし、運はもう天に任せるしかない。

 だからせめて。天地人の要素が埋まることができれば。トント相手に一撃必殺ができるんだけど……。


 何にせよ情報が圧倒的に足りない。

 トント国が今、どこでどう進軍していて、誰が総大将かもわからない。

 なにせ昨日の今日だ。必死に探ってもらっているけど、まだ芳しい知らせは来ていない。


 そんなじりじりと焦燥だけが募りながらも、こちらも動かないわけにはいかないから、東へ向かって進軍しているときのことだ。


「いりす殿、なんとか間に合った!」


「小太郎! 無事だったか!」


 小太郎が無事なのと、ちょうど来て欲しかったところだったのでホッとした。

 デュエン国の侵攻に伴い、その騒乱に巻き込まれたかと思ったけど。無事でよかった。


「いや、敵の様子をしっかり見ようと思って。そしたらこんな遅れちまいやした」


「そっか、ならいいけど」


「っす。聞いてると思いますけど、“でゆえん国”は“うえるず国”の国都を制圧。“うえるず国”のお偉いさんがたは南西に向かって逃亡。おそらく“ざうす国”との国境に残る軍と合流するつもりかと。あと“のする国”から2千の軍が来訪。おそらく降伏したものと思うっす」


「うん。大体聞いた通り――って、え!? ウェルズの太守が逃げた!?」


 それは初耳だった。

 てっきり国都陥落と共に捕まって幽閉か最悪死んでいるものと思ったけど。


「そっか、じゃあ無事なのか。あの宰相さんや大将軍とかも」


「お偉いさんの周囲のことは分からないっすけど、その大将軍とやらは死にましたよ」


「え」


「国都に迫った平知盛たいらのとももりとかいう敵の総大将が、門前に首をさらしましたから」


「……そっか」


 あるいはと思ったけど甘くはないか。一時でも言葉を交わした知った人が亡くなるというのはやはり辛いものだ。

 けど、太守とおそらくあの宰相さんも逃げたとなれば、まだ可能性は残っている。

 どれくらい兵力があるかは分からないけど、位置的にはデュエン軍とザウス・トンカイ軍の間にあるウェルズ軍残党は、イースを攻めるにあたって背後を気にすることになる。

 かといって討伐するにもあそこらへんは深い森林地帯。よほどうまくやるか腰を据えるかしないと討伐は難しいだろう。

 宰相さんとしても、兵力を温存しつつなんとか国都を取り戻したいと思っているはずだから無茶はしないはず。それくらいの軍略は、あの人なら持っているだろうと思った。


「うん、なるほど。ありがとう、小太郎。だいぶそれは助かる情報だ」


「あ、そっすか。そりゃよかった」


「他に何かある?」


「んーーーそうっすねぇ。あ、これはあくまで噂なんですけど」


「それでもいいんだ」


 ネットやSNSがまったくない世界だ。情報を得るためには直接現地に行くか、現地に行った人をつかまえて聞くしかない。

 そして時に噂話は真実をもたらすのだから馬鹿にできない。


「“でゆえん国”は“のする国”に向かうっぽいです」


「え? なんで?」


「なんでも“でゆえん国”の本来の目的は“のする国”だとか」


「え、なんで?」


 あまりに想定外の情報に、同じ言葉を繰り返すだけの人形になってしまった。


「さぁ。けど、“のする国”の軍は国都内で拘束。さらにそれを指揮していた男女2人は斬られたとか」


「え!? は!?」


 情報が突然すぎてついていけない。

 ノスル軍を拘束? さらに指揮してた男女2人って……あのパーシヴァルとアトランだよな。斬られたって……死んだ?


「そ、それ! 本当!?」


「し、指揮官がどうなったかは、さすがに分からないっすが……“のする国”の軍が一か所に集められているのは、確かに、見ました」


 どういうことだ。

 降伏しに来たノスル軍を拘束? さらにパーシヴァルたちを殺した?


 すでに拘束してきたのに、なんでそんなことを?

 ……いや、なくはない、のか?


 ノスル国の軍を壊滅させれば、ノスル国に抵抗する力はない。あるいはいつ裏切るとも限らない状態よりも、確実にデュエン国の支配下に置ける。

 だがその反面、だまし討ちにされたノスル国としてはデュエン国は卑怯な手で国を奪った簒奪者になる。こちらが降伏を求めたにもかかわらず、そうした非道を許さないだろう。


 そんな不安定な状況を作り出す意味が、本当にあるのか。


 おそらく、ある。


 そしてそれは――港だ。


 デュエン国は先日、西の港であるホルブ国を支配下に置いた。そしてノスル国は東端ではないが東側にある港で、交易路は北や東に延びている。

 この両方を支配することができれば、東と西につながる小規模なシルクロードができるに等しい。

 つまり今までの倍以上の利益がデュエン国に舞い込むのだ。

 降伏したノスル国に港の管理を任せれば、その一部をノスル国が得ることになる。それは利益率的にも、降伏したとはいえ他国の強化にもつながりデュエン国にとっては美味しくない。


 だからノスル国をだまし討ちのように滅ぼす。


 論理的には正しく思える。


 けど、軍略的には間違っている。


 降伏を許さずだまし討ちするのであれば、今後、デュエン国に降伏する者がいなくなる。これをイース国が知ったとしたら、絶対にデュエン国には降伏せず、最後の1兵になるまで戦うだろう。それは多大な出血を伴い、あるいは交易で得る利益以上に損失になるのではないか。


 そんなことをあの平知盛が理解しないはずはない。

 だが、ひっかかる。

 先日のウェルズ国救援の際、一騎討ちの末、去っていく山県昌景が言い残した言葉。


『ムリだ。私たちは主君に逆らえない。恨みなどなくても、命じられれば戦うしかない』


 確かにそう言った。そして“私たち”と。

 それはつまり平知盛もそうなのではないか? 何らかの理由があって、太守の命令には逆らえない。それがだまし討ちだろうと、ノスル国の人に恨まれることであろうと。それが分かっていても、逆らえないからそうした?


 確証はない。

 けど、あり得る話とも思える。


 ちらと小太郎を見る。

 僕の視線を感じた小太郎は眉をひそめて、


「あ、もしかして疑ってます、よね。まぁこれも噂程度でしかないんで。なんなら自分がもう一度、行っても信じないでしょうから、他の者を行かせますかね」


 そう言って来る小太郎。

 わざとらしくないか? 偽証をごまかすために、わざわざ自分から言おうと? けどそんなすぐにバレる嘘をつく必要がない。というか嘘をつく理由もない。けど、行動としては不自然すぎる。でもそれはデュエン国太守の命令が絶対だからで。それでもその裏付けになる確証はない。


 疑おうと思えばいくらでも疑える。


 いや、僕は小太郎を信じる。そう決めたじゃないか。だからここまでやってこれたんだ。それを疑うなんて。やっぱりありえない。


「大丈夫だよ、僕は小太郎を信じる」


「いやいや大丈夫じゃないでしょ。ありがたいっすけど。てか、その後の“のする国”がどうなったのかも知っておくべきじゃないっすか。だから送りましょう、人を」


「そう、だね」


 確かにそうだ。ノスル国との結末は知っておくべきだ。その勝敗はゆるがないにしても。

 どうやら僕としても度重なる知人の死に混乱していたらしい。

 これが乱世。分かっていても、覚悟はできていなかったのか。


 そして関係の浅い人の死でこうなら、もっと深い人が死ぬとなれば……僕は。

 迷うな。

 だったら死なせないよう、何がなんでもこの戦いに勝つしかないんだ。


 よし、ならこの話はここまで。


「そうだ、小太郎にお願いがあるんだけど」


「はい、なんでしょ?」


「トント軍の現在地とその周辺の地形を知りたい。今すぐに、行ける?」


「あ、そんなこと。りょーかい。任してくれっす。今回は遅れという失策したっすから。汚名挽回です!」


 汚名挽回じゃなく、汚名返上なんだけどなぁ……。あ、でも最近は汚名挽回とも言うんだっけ? どうでもいいけど。


「イリス、何してるの。さっさと行きなさい」


 カタリア(とその左右にはいつものようにユーンとサン)が近づいてきて、苛立たし気にそう言ってきた。

 今日のカタリアは普通のいで立ちと違う。普段よりも華美な鎧に、荘厳な赤いマントという、明らかに高貴な人間を隠そうともしないのだ。ユーンとサンも、しっかり軍装している。彼女らもあの学校に通うということは良家の子女なんだよなぁ。


 というのも――


「ま、この軍勢は総大将たるわたくしがしっかりまとめあげますから。そう、この総大将たりわたくしが。だから総大将であるわたくしの軍師であるあなたは、この総大将であるわたくしのためにさっさと援軍を連れてきなさい」


 総大将、総大将うるさいなぁ……。


 そう、あろうことかカタリアがこの軍の総大将だったりする。

 というのもイース国は徹底的に人材が不足しているのだ。


 大将軍は国都を空にするわけにはいかないと臆病風――こほん、身の程を知ってくれていたので不参加。

 将軍は先日の凱旋祭での負傷が完治していないし、クラーレは西に、タヒラ姉さんは南に張り付いている。

 他にも部隊を指揮する先輩方はいるにはいるが、2千規模の軍を動かすのは難しいという人ばかり。


 何より、トント軍には完勝しないといけないということから、僕が軍師として出陣するならば、それなりに意思疎通が容易なカタリアしかいない、という結論に至ったのだ。

 いや、カタリアもカタリアで簡単に意思疎通できた覚えはほとんどないんだけど。


 というわけで、トント軍迎撃は僕らに任せられたということで、いくら重臣の娘とはいえ大抜擢だった。

 とはいえ、ここで躓けば勝ち目はほぼ0になる以上、責任は重大。失敗は許されない。


 だからだろう。なりふり構っていられないことの証左として、彼らを味方に引き入れようというのだ。

 その使者に僕が抜擢されたわけで。


「あれ、いりす殿は別行動で?」


「うん。ちょっとね」


「ほぉ。何か秘策でもあるんすね」


「いや、そんな大した話じゃないよ。援軍を連れてくる。それだけだよ」


「援軍?」


「そういうこと。じゃ、というわけで偵察の方お願い。また後で会おう」


「うい……了解っす」


 小太郎はうなずいてくれたものの、どこか若干不承不承の気配だけど何かあったのか。


 いや、いい。

 とにかく今はトント軍だ。そのための援軍。


 つい先日まで、ほぼ名前も存在も忘れていた彼と、僕は再会するのだ。

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