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挿話21 タヒラ・グーシィン(イース王国下級将校)

「お頭、ビンゴだ! 敵の輸送部隊が来やすぜ!」


「よし、矢を射かけたら一気に突っ込む! んで火を放って逃げるよ!」


「はいよ、お頭! なんか俺ら、山賊みたいになってきやしたね!」


「お頭とか呼ぶからでしょ。それにあんたはもともと山賊。ほら、行った行った!」


 部下を追いやって眼下を見る。

 陽も落ちて夕闇に辺りが包まれるころ。木々の間にある細い道。そこをこれからザウス国の輸送部隊が通る。

 当然護衛はつくだろうけど、100人もいないだろう。こちらは500人。楽勝だ。


 もちろん、最前線でそんな呑気なことをしているはずがない。

 ここは最前線じゃなく、ザウス国領土内。だからこそ、敵も油断をしている。


 そう、あたしは敵の侵攻を素通りして、その背後にこっそりと回り込んでいた。

 正直1万以上の敵に、1千かそこらでまともに戦っても勝ち目はない。

 かといって奇襲だけで足止めしようとすると、こちらの犠牲も増えるだろう。


 どうしたものかと迷っていた時に、最愛の妹からラブレターが来た。

 内容はザウスとトンカイの連合軍を足止めしてくれ、という殺伐としたものだったけど。


 その方針もまた、人を食ったような内容だ。


 連合軍は放置して、その背後に回り込んで補給路を断つというもの。


 簡単に言ってくれるけど、バレたら敵中で孤立して全滅は免れない。そもそも敵は素通りなわけだから、国境の守りも捨てていくしかない、リスキーな戦術。


 でもあたしはその策に乗った。

 最愛の妹が言ってることだから間違いないだろうし、何よりあたしの嗅覚がそれを是としたのだ。


 付近の地図はすでに調べ上げてある。

 ここに来て足かけ3か月になる。その間、国境の警備だけをしてきたわけじゃない。


 こうして地図を作るのはもちろん、ザウスの連中がちょっかいかけてこないよう脅してみたり、山籠もりと称して秘密の特訓をしてみたり、付近の村に挨拶に行ったり、村人の頼みを聞いたり、一緒に狩りに行ったり、宴会して見たり、山賊を打ち払って配下に加えたり。

 ……なんか最後の方は付近の住民と遊んでるだけみたいな感じだったわね。


 けどこれも仕事。もとい、イリリからお願いされたこと。

 あのイリリのお願いとなればしょうがないけど、姉使いが荒い子ね、まったく。


 けど、そんなことをしてきたおかげで、この付近の地形はほぼ正確につかむことができる。

 あたしらイース国の人間はザウス国に行きづらいけど、国境の村人なら通行フリーだ。もともとが地形に通じていることもあって、どこに何があるか、どうやったら敵の裏に出られるかが丸わかりだ。

 それを視野に入れての村との融和だったんだろう。現地におらずにそれを予期しての指示だと考えると、我が妹ながらに背筋がゾッとする。いや、頼もしい意味でね。


 ま、とにかく。おかげでこうして何の障害もなく、敵の背後に出られたわけで。


 遠くから人馬の進む音が聞こえてきた。ぼぅっと松明たいまつの火も見える。

 その数、およそ100は超えている。想像以上だけど想定以上ではない。


「お頭、来ましたぜ」


「お頭じゃないっての。ったく。全員、物音を立てないよう注意して。音を出したら喉をひねり潰すから」


「うほっ、お頭の愛のお仕置きですね。こりゃ楽しみだ!」


「違うっての、ったく」


 山賊連中をボコって支配下に置いたはいいけど、こう、なんていうのかな。舐められてない、あたし? もっと死人が出るレベルでやっておけばよかったかなぁ。けどそうするとイリリが怒るし。はぁ。


 ままならないものね、と嘆息していると、本当に輸送部隊がすぐ近くまで来た。


 この瞬間はどうしても緊張する。

 あたしは絶対へまはしない。あたしの部下もそうだ。けど、最近支配下においた山賊連中は何をするか分からない。先走って突撃したらすべてがぱぁだ。


 祈るように、輸送部隊が過ぎるのを待つ。

 まだ。まだだ……まだ……お願いだから言うこと聞け。……今!!


「撃てっ!!」


 号令と共に、死の旋風が道行く輸送部隊を襲った。

 悲鳴をあげて倒れる人影。何が起こったか分からないまま絶命した者たちを、哀れに思う間もなく剣を抜くと、


「全軍、突撃!!」


 全軍、500に過ぎないけど野蛮な輩や血の気の多い連中ばかり集めた。それらが雄たけびをあげながら突っ込んでくるのだから、輸送部隊の連中は魂を消し飛ばす勢いだろう。

 抵抗する者は少ない。誰もが我先へと逃げ出したのを見る限り、ほとんどが徴発された農民。護衛の騎士は少ない。


「くっ、おい! 逃げるな、戦え!」


 自分が護衛で農民じゃないと周囲に教える馬鹿1人。

 隊長格がすぐそこ。だから一直線にそちらに向かう。


「ええい、不意打ちとは卑怯な! 名を名乗れ!」


「コソ泥に名乗る名前はないよ」


 一方的に同盟を破棄して攻め込んできた、こいつらはコソ泥。いや、山賊や盗賊もまだこいつらと比べたら聖人君子だ。

 恥を知らないのか。こいつらはあたしらの叔父を殺した。イリリも死にそうな目に遭った。


 だから容赦はしない。

 今は防戦一方だけど、ここを切り抜けていずれしかるべき報いを与えてやると心に決めている。


 だから――


「死ね!」


「お前がな」


 打ちかかってくる隊長の剣。遅い。金属音。相手の剣が弾き飛んだ。


「おやすみ」


「な……あ……」


 相手が崩れ落ちる。死んではいない。剣の柄で頭部を思いっきり殴打しただけだ。当たり所が悪くなければ生きてる。


 周囲でもほぼ戦闘は終わっていた。


「よし、持てるものは持って、あとは焼き払え。それからすぐに撤収する!」


 パンや武器、着替え、薬品といったものが山ほど乗っているから、もったいないとは思う。けど、ここは敵地。こんな大荷物を持って動くなんてありえないし、今は敵の戦力を削るのが第一。

 山賊どもは食料と武器をメインに奪っていく。あたしは部下たちに主に薬品を持たせた。食料や武器は、まだ十分備蓄はあるけど薬品類は専門的な作成工程があるせいか、イース国ではあまり生成されていない。

 村人によく効く薬草とかは教えてもらったけど、充足しているわけじゃないから、奪えるなら奪っておきたかった。


 戦利品を携え、あとは火を放って撤収準備にかかる。

 ぐずぐずしていると、この火を見て敵が集まってくる。それで全滅するのは御免だ。


「よっこらしょ」


「お頭、それがお頭の戦利品です?」


「んな、野郎なんて売っても金になりやせんぜ? あ、そうか。もしかして夜の――」


「あんたのを引っこ抜いて、あたしと同じにしてやろうか?」


「ひ、ひぃ!! 勘弁してくだせぇ、お頭ぁ!」


「だからお頭呼ぶなっての」


 というわけであたしの戦利品――先ほど殴り倒した隊長格の騎士を武装解除のうえで腕を縛って担ぎ上げた。


 ったく。あたしだってなんでこれを持って帰らなくちゃいけないのかと思う。

 けどイリリのお願いの1つにあったのだ。


「これも妹さんの指示で?」


 撤収準備を終えた部下が聞いてくる。


「そ。さっすが我が妹だよね。考えることが一味違う」


「その、妹さんは何を?」


「敵の陣容を知りたいから、適当に敵兵拉致って拷問して、だって」


「ご、拷問、ですか」


「あはは、嘘嘘。ただ敵将の名前とか知りたいんだって。そんなの、首を刎ねれば全部同じなのにね」


 というわけで。地図を頼りに暗い森の中を進む。

 ここ数か月。森を駆けまわったので、足元にさえ気を付ければ結構すいすいと進めるようになった。


 国境付近まで来てひと休憩。

 敵はどうやらまだ国境まで達していないよう。意外と遅い。何をたくらんでいるのか、ま、あたしらとしてはありがたいけど。


 っと、その前に。

 そろそろ持ってくるのも重いし疲れるしだから、やることちゃっちゃとやっちゃおうか。


 部下に手伝わせて、男の鎧をはいだ後、背負った男を木に逆さに吊るす。

 それから何度か頬を張ったが起きないので、もったいないけど飲み水をぶちまけてやった。


「う……く」


「はい、おはよう。というわけで、拷問するからよろしく」


「え、あ? ご、ごう……?」


 起きてすぐ。何を言われたのか理解していない様子の男に、一発張り手をかましてやった。

 それから胸元からナイフを取り出す。枝を払ったり、食物を斬ったりとこの数か月使い古した相棒だ。


「寝ぼけてんならさっさと起きる。これからあたしが質問する。黙ったら殺す、嘘ついても殺す、ごまかそうとしても殺す、分からなくても殺す。お前の生きる道はただ1つ。真実を喋ること。いいね?」


「ひっ……」


 血が頭に登って来たのとお合わせて男の顔が赤く青ざめる。


「素直にしゃべったら解放してやる。分かったら頷け」


「しゃべる、喋るか――ぎゃあ!」


 男の悲鳴。あたしが肩口にナイフを刺したからだ。


「余計なことはしゃべらなくていい。答えはイエスかノー、あとは数値と名詞だけ答えろ。次は腹だ」


 拷問で大事なのは相手に恐れられること。

 従順に答えていれば解放されるという甘い期待を粉砕し、何をしだすか分からないと思わせればまずは勝ちだ。


「お前はザウス軍か?」


「い、イエス……」


「ザウス軍の兵力は?」


「ご、5千」


「トンカイ軍の兵力は?」


「わ、わから――ぎゃあ!」


「分からないなら分からないなりに頭を働かせろ。お前は輸送部隊なんだろう? ならそこから逆算してトンカイ軍の兵力を計算するんだよ。ほらほら、早くしないとどんどん傷口が広がるよ」


「ぎゃあああああ! わ、わか……よん……いや5千!!」


 ふむ。どうやら敵は1万もいないのか。数を見誤ったのか。

 ま、いいや。それでも兵力差には変わりない。


 それからいくつかの質問をして分かったのは、

 敵はザウス国4千、トンカイ国5千の合計9千の連合軍。もちろん狙いはイース国の国都。ザウス国の将軍はマッケロー・ニュゲル。どこかで聞いたことがあるようなないような……。

 トンカイ国の将軍は分からなかった。ただ妙齢の女と、仮面の男が指揮を取っていたという。

 仮面の男は分からなけど、妙齢の女。まさか、あの時のやつか。


 前にザウス国とトンカイ国が攻め込んできたときに兵を率いていたのも女だった。クラーレを一刀のもとで叩きのめし、そしてイリリと互角の勝負をしてみた女傑。

 あの時の借りを返すと思えばそれもまた悪くない。


 とりあえず聞けるだけは聞いたかな。


「な、な……喋っただろ。もう解放して……くれ、頼む」


 もはや情報源となりえない男を見下ろす。長時間とは言わないけどそれなりの時間、さかさまにしていたためか、頭が真っ赤になっている。真っ赤なのは顔だけじゃない。男の各所には刺し傷が多数あり、そこから血が流れて衣服を赤に染めている。

 それだけ誤答が多かったということで。


 ま、もういいか。


「はいはい、分かりましたよ」


 立ち上がるとナイフをしまい、そして剣を抜く。

 それから吊るされた男の縄を――斬らずに喉を貫いた。


「あ……がっ……ご……」


「ごめんね。こっちが色々探ってるのを、そっちに知らせることもないからさ。ま、運がなかったと諦めて。それに約束はちゃんと守ったよ? この世という、殺し殺され奪い奪われの地獄からの解放。ま、あっちの世界で幸せになってよ。あの世があるのか知らないけど」


 非道? 冷酷?

 さぁ、そういったものだとは思ってない。


 だってあたしは家族を守るんだ。

 それを邪魔するやつはすべて敵。そして敵は、容赦遠慮なくぶち殺すのがあたしの掟。


 だからたとえ、あたしのしたことで死後に地獄というところに行かされるとしても、それはきっと誇らしいことで、胸を張って地獄に落ちようと思う。


 それが、あたしの誓いなのだから。

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