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挿話20 平知盛(デュエン国軍師)

“うえるず”の王都に入った翌日の昼。

 政庁に居を構えて、各地からの部下の報告を待っていると、山県と千代女が同時に入って来た。


「兵たちは、50人ずつになって巡察に出ている。略奪は禁じているが、それでいいな?」


「上等だよ、山県。抵抗しない民は、我らが民だ。無闇に危害を加えるは今後の支配に障りになる。太守の方は、千代女?」


「無理。南に逃げたのは分かったけど、それ以上は。さすがに手勢が少なすぎる」


「そうか……まぁ仕方ない」


 昨日。王都を包囲して半日。何の抵抗もないのを不審に思っていると、城門が開いて降伏の使者が来た。

 使者が言うには、包囲の直前に太守は側近を連れてどこかへ消えてしまったのだという。


 民を置き捨てて自分1人が助かろうとするその惰弱な根性。まったく度し難い。所詮人の上に立つ器ではなかったということだ。


「それで? いつまでここにいるの? さっさと“いいす”に行くんじゃないの? ね? ほら。さっさと行くよ。行って、あの生意気な女を吊るすの。その前で1人ずつ、彼女の仲間の首を落として、あの女が泣き叫ぶのを聞くの」


「山県。たまに千代女が怖いんだが」


「いつも通りだろう。ただ、私も行くならば早く行きたい。あの時の借りを返すまでは、私はあまり眠れていない」


「山県、君もかい」


 まったく、血の気の多いのが多すぎる。

 この私を見習いたまえ。なに。あの私の華麗なる陽動の策と、撃滅の策を見事に叩き潰した“いりす”とやらにはしかるべき報いを受けさせ……こほん。いや、私は冷静だよ?


「三郎ちゃん。知盛が気持ち悪い顔してる」


「言ってやるな、千代女。無視するのも武士の情けというやつだ」


「わたし、武士じゃないし」


「そうか。じゃあいくら言ってもしょうがないな」


「お前ら、うっ憤を私で晴らすんじゃあない!」


 まったく。もっと年上への敬意というものを分かってない。

 いや、2人が何歳かは知らないけど。うん、先に生きたという意味では私が年上。そういうことにした。


「で? さっさと行くの? それとも顎を叩き割られる? 好きなの選んで」


「それ、拒否権ないよな!?」


 どれだけ憎んでいるんだ、あの“いりす”とやらを。

 だがすぐに出発できない理由はある。


「ま、まぁ待て。少なくともあと数日。ここにいる必要がある。理由は3つだ」


「なんで?」


「1つは慰撫工作だ。国都を制圧したのは悪逆非道なる前太守をこらしめるため。我々はそのための官軍ということ。だから略奪を禁じ、規律正しい我が軍を示し合わせたわけだよ」


「ああ、だから本国から正規軍を送ってもらったわけ」


 山県が得心したようにうなずく。


「そうだ。豪族どもの兵には規律もなにもあったものじゃない。国都を落とせば激しい略奪になるのは目に見えている。そのために兵は選抜した。数が減ったとしてもね。それであの“うえるず軍”を叩けたのは、君の作戦のおかげだ。山県」


「まぁ私というよりはお屋形様だけど。これもあの邪魔な徳川を潰すためにね」


 ふむ。その話なら前に聞いたな。

 徳川という小大名を潰すために行った、芸術的な戦術。


「そのお屋形様とやら、なかなかの軍略家だな」


「お屋形様を馬鹿にしないで。刺すよ?」


「わ、分かった、すまない千代女。だから刺さないで……」


 なにこの子、超怖い。平気で人を、しかも中納言を刺すとかありえないんだけど。


「ま、そこがお屋形様のお屋形様たるゆえんなのさ。王手飛車取りをいとも容易く相手に強要する。哀れ徳川は進も退くもできず、敗走するしかなかった」


 王手飛車取り。飛車がどけば王手となるため、飛車を犠牲にしなければならない状況のことだ。

 出陣せねば飛車である息子の城が落ちる、出陣すれば待ち構えた軍勢に王が狙われる。見事な策略だ。


「ふむ、その徳川なんとかは源氏か?」


「確か清和源氏だったかな」


「ふふ、源氏同士が食い合う……愚かな源氏よ、滅びよ!」


「いや、平氏と平氏が争った例もあるでしょ。平将門たいらのまさかどとかさ」


「うるさい、それはまた別の問題なのだ」


「やれやれ……」


 千代女、なんだそのああ言えばこう言う、という風なため息は。


「それで、知盛。理由の2つ目は?」


 あぁ、そういえばその話だったか。ここを動けない理由。

 盛大に話が脱線してしまったな。


「2つ目は、逃げた太守の補足だ。放っておいてもいいが、捕らえられるなら捕えておきたいわけだったけど……まぁすでに逃げた後だったな」


「なにそれ。わたしが悪いっての?」


「そうじゃない。ま、放っておいても問題ないだろう。そして最後の1つだが……そろそろ来るころだろうが」


「なんだと?」


 山県が首をかしげると同時。

 扉が勢いよく開き、伝令の兵が駆け込んできた。


「失礼します! “北”より2千ほどの軍勢がこちらに進軍中! ただ、そ、その……」


「白旗をあげている。そうじゃないか?」


「あ……は、はい! その通りです!」


 兵は驚愕と同時、憧憬どうけいの視線をこちらに向けてきた。

 ふふふ、いいぞ。もっと見ろ。驚け。崇拝しろ。この私の慧眼けいがんに。


「山県、ついて来てくれ。千代女。万が一のために、しのびを待機させてくれ」


「分かった」


「ふん、言われなくても」


 それから政庁を出て、わずかな供回りを連れて国都の北門へ急ぐ。


 北門から見れば、草木が広がる大地の向こうから、土ぼこりをあげて数千の軍勢がやってくるのが分かった。

 その先頭。そこには大きく風にたなびく旗と、情けないようにひらひらと舞う白旗が伸びている。


 軍勢は3キロほど先で停止し、そこから2騎が離れてこちらに向かって来る。

 先頭は線の細い……女性か? それから2歩ほど下がって斜めに白旗を掲げた男の騎兵。


 一般的な兵が着る鉄製の鎧と異なり、金銀の装飾が施されている彼らの鎧を見るに、おそらく身分の高い者。

 大魚が釣れたかな。そう内心ほくそ笑む。


「ノスル国太守代理のパーシヴァル(パーシィ)・ピレートです」


「同じく、アトラン・ピレート」


 近寄った2騎は(おそらく姉弟なのだろう)馬から降りると2歩前に出て跪いた。

 腰に剣は履いていない。だまし討ちにするつもりもなさそうだ。


「ほぅ、代理が2人と」


 内心を隠しながら、鷹揚おうように2人に告げる。


「本来なら現太守の父が参る予定でしたが……」


「近頃体調がすぐれず、代わりに我々が参りました」


 仮病か。あるいは本当か。

 どちらでもいい。ここに“のする国”が軍を率いて来たということが大事なのだ。

 それに見方を変えれば太守の子が来たのだ。つまり人質と考えていいだろう。どちらにせよ“のする国”の従属を意味する。


「聞けば貴国は“いいす国”の同盟国ではなかったか?」


 己の立場が悪くなると同盟を切り捨てて生き残りを図る。民を見捨てたこの国の太守と同様、唾棄だきすべき卑怯者だ。

 だが、この姉弟。一切物怖じした様子もなく、毅然と胸を張り、


「民にとって良い選択をしたまでです」


 姉の方が言った。


「民、だと?」


 予想外の答えに、いささかうろたえが声に出てしまったようだ。


「はい。あた――わたしは以前。自分のことしか考えない、最低の人間でした。ここにいる弟とも、いくさのように争い、民を困らせていたのです。それが、目が覚めました。1人の女性との出会いで」


「ほぅ。心がけはよし。つまりその女性が、あなたの心の師となったのだな」


「いえ、違います。これは――愛です」


「は?」


「あのブロンドに輝くつややかな髪、燃えるように意志を示す瞳、怒りに染まりポッと染まる美味しそうな頬、果実なごとく肉厚でたわわな唇、あぁ、イリスちゃん……あたしの愛を受け取って!!」


 急に天へと叫び踊り出した女に、思わず一歩後ずさる。


 待て、今“いりす”と言ったか?

 もしやあの? そういえば報告では“のする国”へと向かうと聞いたが。この太守代理にこれほどの影響を及ぼすとは。

 やはりただ者ではない。


「あ、すみません。こんな姉で。とりあえず改心した俺らは、この状況で何が一番かを考えたんです。イース国との友誼ゆうぎに殉じる。それもまた道でしょう。しかしそのために国の民は犠牲になり、疲弊し、外国との交易にも支障が出ます。であればデュエン国に降り、たとえノスルという国が滅びようとも、民を守るのが第一と思った次第です」


「なるほど。見事な覚悟のようだ」


 この弟の方はまとものようだ。

 国が滅んでも民を守る。その覚悟。うむ、これこそ相国(平清盛)様の目指した平家の支配する新たなる世に一歩近づいたのだ、素晴らしい。


「それに、こうした方がきっとカタリア様に踏んでもらえる。罵ってもらえる……あぁ、その時のことを考えると、俺は、俺はぁぁぁ……」


 あ、やっぱダメだ。この姉弟。それに比べ、我が兄弟の方が……いや、そうでもないか。

 灯籠とうろう狂いに臆病者にお人よし。ろくでもない兄妹たちだったが、悪くはない。


 それに心の師と思っている人間に対し、妄信するだけでなくきちんと物事の判断基準を構えて、何が大切かを見失わない大局観を持つこの姉弟は、それなりに有能だろう。

 それだけでも、こうして“のする国”が降ったのは大きい。


 あの“いりす”には痛いところだろうが。

 あるいはこれすらも彼女の手の内と思わないでもない。


「なるほど。これを待ってたわけだ」


 山県が小さくつぶやく。その口調はどこかつまらなそうな響きが感じ取れた。


「そう言うな、山県。我らの敵が、想像通りの人物像ならそうやすやすと降参はしないだろう」


「ふん、そう願いたいな」


 そう願いたいと考える自分がいたことに、少なからず驚いた。

 この私も武士の頭領。宿敵との戦いには血沸き肉躍るということか。


 因果なものだ。武士というものは。

 戦いにのみ意味を求め、平時には何ら生産は行わない。圧倒的に非効率な存在。


 だが世界は武士によって支配される。

 それは武士が何より気高く、民をいたわり、誇り高い存在だからだろう。


 軍神。

 その武士の存在をあざ笑うがごとき人物。


 もう一度会いたい。

 会って、手合わせをしたい。

 そしてそれは、こんな圧倒的物量で飲み込むようなものではなく、対等の条件で知略を絞っての激突がしたい。


 だが今の私は武士であって頭領ではない。

 太守の影響下に置かれ、逆らうことのできない哀れな平家武士だ。


 だからこのようなことをする。数で圧倒し、一気に叩き潰す。

 その後、おそらく“とんかい国”とのいくさになるだろうが、そちらで気を紛らわせるしかない。


「これもいくさだ。許せ、いりす」


 そうつぶやく自分の顔に笑みがあったか。

 それは自分のことであっても分からなかった。

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