第18話 活路
「ダメだ、国境は封鎖されてる!」
偵察に出た小柄な男性が、息せき切ってそう告げてきた。
「やはりすでに連絡が行っていたのか」
「ここまで来て袋のネズミってことかよ……!? くそ、強行突破するしかないだろ!」
「相手は戦闘のプロだぞ!? 武器もろくにない俺たちが戦って勝てるわけないだろ!」
「ならどうすんだよ! いつまでもここにいたら敵に取り囲まれる! 敵は前だけじゃない。後ろからも来てるんだろ!?」
「うそでしょ……私たち、死ぬの?」
つきつけられた現実に、平静を失ったように喧々諤々の口論を始める彼らを尻目に、僕は再び木陰で地図を眺めていた。
国境まであと2キロ。
だがその最後の2キロが難関だ。
まずここまで隠れ蓑にしていた木々がここで途切れる。
あとは一部を除いて見渡す限りの平地が国境のあたりまで続く。
その平地を点在する国境守備隊がこちらを探すように網をしいているという。確かに遠目からも、たいまつだろう火の光がそこかしこに見える。
さらに後ろからは叔父さんを攻め殺した本隊が迫っているのだ。
まさに前門の虎、後門の狼。
進退窮まったというべきか。
思い出すのは歴史ゲームの一面。
軍が進軍するルート、そのルートの前と後ろを敵にふさがれてしまうことが往々にしてある。
そんな軍が待つのは破滅。
前に進んでも後ろに進んでも敵と戦うしかなく、じっとしていれば挟撃されるか、兵糧が尽きて壊滅するしかない。
現実として、よほどの地形が味方しないかぎり一本道ということはないが、ここまで包囲を敷かれればどうしようもない。
敵の方が機動力も上だ。
なら打つ手はなしか。
いや、まだだ。
論理に考えればもう無理。
けど水平に考えれば……あるいは。
ラテラルシンキング。水平思考とも言われる、事象に対し多角的に物事を考えるやり方は、ビジネスにおいて重要となっているわけで。それが僕の職分であったコストカットには大いに影響を及ぼした。
普通に逃げるだけなら論理的に不可能。ただ、条件を変える、方向性を変えるなどして見方を変えれば、絶対に突破口はある。
そして、そのやり方は、おぼろげながらも僕の中でまとまっていく。
「おねえちゃん……わたしたち、しんじゃうの?」
「ばか、そうならないように大人がいっぱい考えてるんだろ!」
涙を浮かべてすり寄ってくるカミュと、それを叱り飛ばしながらも不安そうに寄り添ってくるトウヨ。
兄弟なんていないから、年下の子供をあやすやり方なんてわからない。
そもそも、お姉ちゃんとは呼ばれているけど、僕自身はまったく血のつながりもない赤の他人。
それでも、だ。
こうも頼りにされてしまったら。
こうも辛い目に遭わせてしまったら。
応えてやりたいと思うのは人情ってやつじゃないのか?
「大丈夫だ、お姉ちゃんがなんとかする」
だから僕は2人にそう告げ、頭を順に撫でてやる。
そうして落ち着かせた2人を引きはがし、覚悟を決めて立ち上がる。
「……っし! やるか!」
やり方は決まった。
あとは実際にやるかどうかだ。
「皆さん、聞いてください!」
そう呼びかけると、これまでの口論が嘘のようにピタリを止んだ。
「イリス様」
中の1人が不安そうに声をあげた。
それに伴い、みんなの視線がこちらに集まる。
そのどれにも、不安と絶望と焦燥と諦念が入り混じり、僕に対しての希望などかけらもない。
軍議(脳内)の初期の真田昌幸もこんな感じだったなぁ。
どんなに優れた策だろうと、部下がそれをちゃんと聞き分けして忠実に動かなければ意味はない。
だからまずは彼らをなだめ、そして自分の策の通りに動いた方が得だということを教えこまなければならない。
そのために必要なのが信用。まずはそこから。
「1つ、策があります。聞いてもらえますか」
「さ、策……?」
「はい、無事――かは分かりませんが、高い確率で国境を突破できるはずです」
「ほ、本当ですか!?」
ざわっと希望の波が彼らの間を駆け巡る。
だが美味しい話には毒がある。懐疑的な声も上がったが仕方ない。
「しかし、敵はすでに国境を封鎖し、大規模な捜索の手があるはずです。女子供もいる我々が、無傷で突破など……」
「やり方は簡単です。囮を使います」
「囮?」
「はい、囮の部隊が派手に注意を引き付けるので、その間に全員で全力でここを目指します」
地図を広げ、その中の1点を指さす。
そこはここから北東に行った場所。
国境の詰め所の間にあるところで、北と西に広がる林になっているところだ。
「このわずか1キロの平原を突っ切れば、また林に身を隠せます。そうなれば相手の追撃も少しは鈍るはず。そこで敵のいないところを通って、北の国境を抜けるんです」
これだけなら何ら難しいことのない作戦に聞こえるだろう。
ただそれを突破するためには、いくつもの条件と幸運を突破しないといけないのは、素人にも分かるようだ。
「話は分かりました。しかし、それは囮がちゃんと効果を果たしてからでしょう。一体、誰がそんな危険な役目を?」
そう、まず第一の条件はここ。
囮がすぐに捕まったり、かつ目立たなければ意味がない。
そしてもちろん、この役目は大いに危険だ。敵の網にかかりに行くのだから生還はおぼつかないだろう。
そう考えた時、この囮の役目に耐えうるのは、ここには1人しかいない。
「もちろん――僕です」
「な――」
誰もが口をぽかりと開けて絶句する。
ま、そうだよなぁ。
他の皆から見ればただの子供でしかない僕が、そんな危険な任務をやろうっていうんだ。
僕が失敗すれば彼らの命も危ない。それだけ責任が重大なものを任せられないとも思ったのだろう。
けど僕にだって勝算はある。
スキル『軍神』。
あの力があれば、たとえ全員に勝てなくとも、逃げ回るくらいのことはできるだろう。それに守る対象がいないのであれば、なんとでもなりそうだ。
そもそも――策だけ立てて、あとは知らない誰かに危険なことは全部お任せです、なんてことは信用の意味でもできない。
実績も実力も知られていない僕が策を通すには、自ら買って出なければ成り立たない策なのだ。
そんな中、一番最初に声をあげたのは、侍従長だった。
「馬鹿も休み休みおっしゃってください! またですか!? いったいどうしたというのです、イリス様!」
「恐れながら……貴女様はグーシィン家の人間。そんな危険な役目など……。何かあったらお父様になんと言えば……」
それに同調するように、初老の男性も声をあげた。そこかしこでも頷くような気配。
まずはここか。
この無駄な血統崇拝。説得すべきはそこから。
けどぶっちゃけあまりそのグーシィン家っていうのがどういうのか知らないわけで、攻めるなら別の方向から。
「確かに僕はグーシィン家の人間だ。けどそれが責任を回避する理由になるとは思えない。こういう時こそ危険を買って出る。それがノブレス・オブリージュってやつじゃないのか?」
「ノ、ノブレス……?」
あれ? 通じてない?
えっと、あれどういう意味だっけ。
てっきり通じると思ったんだけど、えっと、えっと、とりあえず考えながら話す。
「まぁ、あれだよ。社会的地位に応じた責任っていうのかな。僕の父親は確かに偉い。けど子供の僕はまだ何もしていない。父親が偉いというだけで、僕自身が誰かの役に立ったわけでも、何かを成し得たわけでもない。だからこそ、ここでやらなければいけないっていうことはないかな? 」
「し、しかしそれは……」
「一応、まだ理由はある。この中で一番僕が若い……というのは違うか。トウヨたちがいるからね。けど動ける中では若い。僕なら逃げ回ることくらいはできるだろう。それに、万が一捕まっても僕ならすぐには殺されない。だって考えてみてよ。イース国のグーシィン家の人間を捕虜にすれば、それは外交上とても貴重な切り札だ。おいそれと殺すより、外交のカードとして使った方が万倍使い道がある」
嘘をついた。
逃げ回るという点について、馬から逃げられるわけがない。
そしてもう1つ。捕まっても無事だろうという点。
捕まえてどうこうしようっていうなら、まず叔父を殺さない。
そもそもこれから宣戦布告して潰そうという国に、外交上のカードなんて意味がない。
攻められる側が使うならまだしも、これまで準備して考え抜いた先の宣戦布告を行ったがわが、外交を行うはずがない。
だから今言ったことはすべてでたらめ。
けど、ある程度筋の通る内容。
もとより彼らも欲しいのだ。納得する材料が。
この囮作戦。考えようによっては、誰もが思いつく簡単な策だ。
けどそれを実行する囮役がいないから誰も口にしなかっただけのこと。
それをわざわざ口にして、かつ危険はないと明言してくれたのが僕こと、名家のお嬢さんなのだ。
我々は必死に止めました。けどやると聞かずに行ってしまった。だから我々は悪くない。
そんな言い訳が通用する状況を、彼らが望まないわけがない。
あるいはこれが、一番生存の道が高い策なのだから。
とはいえそれを元に彼らを責められない。
誰もが思う、生存本能なのだろうから。
だからせいぜい、ここはその思惑も利用してやろう。
僕の実績と実力を示すために。
というわけでもう一押し。
「それとも――この中で、僕に勝てるやつ、いる?」
不敵に笑ってみたけど、それが成功したかは分からない。
予想外のところから援護射撃が来たからだ。
「そうですよ! イリス様はすごい強いんですから! こう襲ってきた鎧騎士をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「セイラ! あなた何を!」
「え?」
本人としてはありのままのことを語ったにすぎないだろうけど、それは僕(主筋の人間)を危地に追いやる援護と同じだ。
この子、出会ってから数時間だけどだいぶ天然入ってるな。何も考えていないというか。危ういというか。
とはいえこの場は助かった。
先ほどの戦いを知らない者からしたら、何をこの小娘が、と思わないでもない。
そうなった時には、ここにいる誰かを相手に実力を見せなければならなかった。
その無駄な時間と体力のロスが回避できたのだからありがたい。
「イリス様……よろしいので?」
「言い出しっぺは僕だしね」
初老の男性に、はにかみながら答える。
すると彼は、左右に視線を向け、何やら熱のこもった視線をこちらに向けてくる。
「えっと、どうかした?」
なんか嫌な予感。
「感服いたしましたぁ!!」
同時、その場にいた全員が膝をついて頭を下げてきた。
え、なに? 何が起こった!?
「自ら先頭を切る模範たれ。これはご主人様――御父君の常に言い聞かせているお言葉。それをその若さで体現なさるイリス様は、まさしくご主人様の御子。我々のために……くくぅ」
あれ、そうなの?
まぁ結果オーライというか、ノブレス・オブリージュあるじゃん。
というわけで方針は決まった。
あとは、やるだけだ。




