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第177話 危急存亡

「どういうことだ! 状況を調査しろ!!」


 インジュイン――カタリアの父親で紛らわしいから、インジュイン・パパと呼ぼう――が声を荒げる。

 政庁の太守の部屋は、今や軍議の場と化しており、インジュインを筆頭に武官がずらりと並ぶほか、文官も可能な限りここに出てきている。

 その誰もが焦燥に駆られ、あたふたとしている。


 昨夜、ウェルズ国から来た急報が原因だ。


『ウェルズ軍が壊滅。敵軍約1万が王都に向かって進軍中。至急救援を願う』


 まさかという思いと、どうやってという疑問が頭に渦巻く。

 大将軍らは砦を補強しつつ、デュエン軍の付城つけじろとにらみ合い、戦線は膠着したはず。籠城戦になれば、よほど大軍で囲まれなければ壊滅ということはないだろう。


 そもそも5千の籠る砦を落とすなら3倍の法則に従えば1万5千は必要だ。それでも犠牲は多くなるし、そのうえで1万が残って国都に向かっているということは2万は欲しい。

 そうなると、前の戦いから1か月しか経っていないし、その前に西に侵攻したりとデュエン軍は動きすぎている。兵糧や兵は持つのか、と思うのは当然だ。


「万が一に備えて、我が国の西の守りを固めるべきでは?」


 父さんがインジュイン・パパに進言する。

 それを忌々しそうに見たインジュイン・パパは、


「分かってる。すでにクラーレの部隊を西の国境付近に展開済みだ。だがウェルズ国都へは行かせんぞ。何があるか分からん。最悪、デュエン軍本隊と野戦などということになれば……」


「ああ。それは避けるべきだ」


 相手は1万。こちらは国都の軍をかき集めて3千行くかどうか。カタリアの姉、クラーレが率いるといっても1千かよくて2千。それで野戦をして勝てるわけがないというのは分かる。


 だから情報が来るのを待つしかないんだけど……。思うのは別の事。


 風魔小太郎はどうした?

 小太郎はデュエンに張り付いていたはず。何か異変があったらすぐに伝えにくるはずなのに。もしや不慮の事態が起きたとか? そこで思い出すのは、相手にも凄腕のしのびがいるということ。望月千代女もちづきちよめ

 万が一の不覚を取る可能性もなきにしもあらずだ。大丈夫なのか、小太郎……。


 そんな思考を浮かべつつ待つこと2時間。

 続く報告で、ウェルズ軍が壊滅した経緯が知らされた。


 そして納得した。デュエン軍は城攻めを行ったのではなく、野戦でウェルズ軍を破ったのだ。しかも完勝。

 それなら1万を出して約1万が国都に進軍するというので数字は合う。


 ただ、ウェルズ軍5千に対し1万で完勝とは。

 あの大将軍、ちょっと直情的だけど、ハマれば恐ろしい突破力を発揮する。それを犠牲も少なくやってのけたというのを不思議に思ったが、報告を聞くにつれ納得した。


 なるほど、三方ヶ原(みかたがはら)をやられたわけだ。


 三方ヶ原の戦い。

 若き徳川家康が、武田信玄にボコられた有名な合戦。

 詳細は省くけど、経緯としては籠城しようとした家康に対し、信玄は「お前なんて眼中にないから」という風に家康を素通りして京都への道を目指した。これに怒り狂った家康は信玄を後ろから追撃しようと出陣したというもの。

 もちろん、ここで何もしなければ家康の支配基盤がボロボロになるし、妻と息子のいる岡崎城が危険になる。ひいては同盟国の織田信長の本拠地へ素通りさせてしまい同盟が崩壊する、といった様々な要素が絡み合っての出陣だった。


 だが結果は家康の惨敗。

 追撃と思いきや信玄に待ち構えられていた家康は、多くの家臣を失いながらも敗走していったのだ。


 おそらく、デュエン軍はこれをやったんだ。

 デュエン軍はウェルズ軍の砦を目指して進軍、と見せかけて素通りして国都の方へと向かった。

 それを舐められたと思った大将軍は、全軍を率いて砦を出た。そこで待ち構えたデュエン軍の反撃にあって壊滅したのだろう。


 なんて短慮なことを。

 と一瞬思ったけど、自分がその状況に置かれても出陣しないわけにはいかなかっただろう。

 なんせ国都はほぼ丸裸なのだ。戦える兵は前線に固まっているから、1万の敵に攻められたら簡単にちる。

 そしてちたあとに待っているのは徹底的な略奪と凌辱。


 家族が、友が、君主が危険な目に遭うのに、それを黙って見過ごすなんてことはできなかったに違いない。

 だからこれは必然。よくおびき出したとデュエン軍を褒めるべきだろう。


 って、そうか。あっちには山県昌景と望月千代女、まさに三方ヶ原を戦った武田軍の人間がいたんだ。

 となればこの結果も妥当。


 僕らにとっては最悪すぎる妥当だった。


 そして今やデュエン軍1万がウェルズ国都を包囲中。

 その状況でどう対応すべきかを論じているわけだが、まったく答えは出ない。


 助けに行くべきだ、という意見と戦って勝てるのかという意見がぶつかり合い、さらにはウェルズ国は見捨てて、デュエン国と友誼を結ぶべきという案も出た。


 そんな収拾のつかない議論を、黙って聞いていたインジュイン・パパが、


「デュエン軍は撃退した。そう聞いたが?」


 静かな声で、ぎろりとカーター先生を睨む。


 そう、今この場には僕のほかにカタリア、カーター先生、ラス、そして琴さんまでが呼ばれていた。

 ウェルズの現状をよく知る、ウェルズに行った人員が揃って呼ばれたのだ。カタリアは軍議に出たかったから、いいチャンスと言わんばかりにインジュイン・パパの横に陣取っているけど。


「はっ、はい! し、しかしですね、それは……」


 哀れ、先生は虎に睨まれた小鹿のようにしどろもどろだ。

 仕方なく僕が引き取った。


「確かにデュエン軍は退きました。しかし国境に砦を築き、ウェルズ軍とにらみ合いという状態となりました」


「あなたには聞いていませんわ! 先生がちゃんと答えようとしていたでしょうに!」


 カタリアが難癖をつけてくる。


 じゃあお前が答えろよ。

 てか先生がちゃんと答えられなかったからフォローしてあげたってのに。


「いい、カタリア。今は時間がない。グーシィンの娘よ。今一度、先日の経緯を説明せよ」


 命令口調なのが気に食わなかったけど、ここでもめる時間は確かにない。

 だから僕は先日のデュエン国のウェルズ国侵攻について、経緯と結果を簡潔に語った。


 すると、インジュイン・パパは舌打ちをし、


「デュエンの底力を見誤ったか……。ホルブ国を滅ぼし、ウェルズ国にちょっかいを出した以上は、今年はもう出兵はないと思ったが。デュエン国太守、相当欲深い男のようだ」


「だが無理をしているのは間違いない。ウェルズ国都に援軍を出し、相手が来れば退き、退けば追う形にもっていけば、厭戦気分と補給難で退くのではないか?」


 父さんが方針を示す。

 その方法に間違いはない。間違いはないが、相手はあの平知盛たいらのとももりだ。そんな甘っちょろい戦い方をするだろうか?


「うむ、今はそれでなんとかウェルズ国には頑張ってもらうしか――」


 と、インジュイン・パパが頷こうとした。その時だ。


「急報! 急報です!」


 扉を激しく開いて1人の伝令が室内に入って来た。


「ウェルズのことが分かったか!?」


 インジュイン・パパが怒鳴る。

 だが伝令の人は首を振り、


「いえ、違います。タヒラ将軍からの使いになります」


 タヒラ姉さん?

 なぜ、姉さんから?


 そうは思うが、タヒラ姉さんから急報で送られてくるのは1つしかあるまい。彼女の今いる位置、役目を考えればそうなる。

 だが、それを信じたくなくて、なぜ、と疑ってしまう。


「ザウスとトンカイの連合軍1万2千が再び国境を目指して進軍中! 地形を使って足止めをするも、3日が限度とのことです!」


「馬鹿な!!」


 インジュイン・パパがこぶしで机をたたく。怒りで手が震えている。


 だがその怒りをさらに助長、いや絶望に叩き込む知らせがすぐに飛び込んできた。


「東のトント国都より、3千が我が国都へ向かって進発しました!」


「トント国より援軍に来るとは聞いておらん。ということは……」


 インジュイン・パパがつぶやく。それで室内にいる誰もが黙ってしまった。

 誰もが現在起きている事態を理解していない――いや、理解したくないのだろう。


「デュエン国の狙いも、我々なのか……?」


 誰かがつぶやく。

 この同時侵攻。まさかデュエン国がウェルズ国を征服して終わりということはないだろう。3方向同時侵攻をするのなら、ウェルズ国を抜いて、イース国まで来るはずだ。


「馬鹿な。デュエン国とトンカイ国は八大国でありながらも、争い続けた敵だ。手を結んで攻めてくるなど……」


 インジュイン・パパが否定するが、その顔はあからさまに困惑している。おそらく、心の中ではその通りだと思っているのだろう。

 それを皆も分かっているから、誰もが声を出さない。いや、思考が停止しているのかもしれない。


 西、南、そして東。

 少し前までは、それらはすべて同盟国で、イース国に危険はなかった。


 それが今や周囲を包囲され、しかも圧倒的兵力差をもって攻めかかられる。

 なぜ? という思いが渦巻き、どうするという思いすら沸かない。


「まいったな―、こりゃ」


 緊張感のない太守のつぶやきが、静寂に包まれた広い室内に響く。


 イース国は、絶望的に未来のない危急存亡ききゅうそんぼうときを迎えていた。

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