第175話 さらばノスル
「はぁー、これでイリスちゃんとの旅行も終わりかぁ。短かったなー」
ラスがため息をつきながらも、トランクの整理をしている。
確かに思えば出発から1か月も経っていないのだ。
その間にもいろいろなことが起こりすぎた。
ウェルズ国への途中で望月千代女に襲われて死にそうになったり、ウェルズ国の軍人に色々難癖つけられたり、そしてデュエン国が攻めて来て、平知盛と山県昌景との死闘で死にかかったうえで、レイク将軍の死。なんとかデュエン国を打ち払ったけど、生死の境をさまよった。
回復した後は、カタリアの目的地を知ってノスル国へとやって来た。そこで太守の爺さんに殺されそうになったり、次期太守の座を争う姉弟喧嘩に巻きこまれて死にそうになったり。
……どんだけ死にそうになってるんだよ、僕は。
それでもこうして死なずに生きているのは、運が良かったのかどうか。
いや。色んな人に助けられて、生きながらえたというのが正解か。
このラスにも、返しきれないほどの貸しを作ってしまっているわけだし。
「…………ん? イリスちゃん、そんな見つめられると……はっ! まさかこれがイリスちゃんからのラヴコール!? や、だめだよ。こんな真昼間から!」
これがなけりゃあなぁ……。
「あっはは! あんたって面白い奴だね、ラス」
「ええ本当。単なる裏切り者じゃないみたいです」
ラスの言動にサンとユーンがちゃちゃを入れる。
彼女たちも、急な出発に対する荷造りでてんやわんやだ。
「あ、えっと。違うの。これはね、イリスちゃんが素敵だから、それでね」
「あー、分かるわ。お嬢もさ。ああいう感じに言うと顔真っ赤にして面白いんだよなぁ」
「そこがカタリア様の可愛いところなのです」
「そうなの! それが可愛いの!!」
なんか女子が3人で分かり合ってるぞ。
ま、ラスがちゃんと会話できているのは安心したけど。
僕らが留守の間、3人でずっと一緒にいたというからちょっと心配だったのだ。
ラスはカタリア派閥からすれば裏切り者。カタリアを信望するユーンとサンから虐められていないかと思ったけど、僕とカタリアについて盛り上がって意気投合しているらしい。
昨夜も先生に連れられて、4人で救助活動を行ったというし。
ただ僕とあいつのどこが似てるのか、小一時間ほど問い詰めたいけど、逆に遣り込められそうなのでパス。
あ、ちなみに小太郎はすでにこの国から出て行っていた。
彼が気になるという、ウェルズの動きを探りに戻ったのだろう。1日くらいゆっくりしていけばいいのに。ワーカーホリックここに極まれりだな。
「まったく、いつまでかかっていますの? たかが荷物を詰め込むだけでしょう?」
カタリアがやってきて、僕らの作業に難癖をつけてきた。
「そういうお前は終わってるんだよな?」
「当然ですわ。インジュイン家の人間として、そのようなこと。ですわよね、ユーン?」
「あ、はい。今、これを入れて……あれ? なんか入らない? おっかしいなー」
「他人任せかよ!」
「お嬢、来た初日に色々勝ってたからな。お土産とかいって」
「ち、違いますわ! あれはお父様とお姉さまに珍しい海の幸をと思って……」
「家族思いかよ!」
カタリア……いや、何も言わないでおこう。
てか帰国するにしても数日かかるのに、海の幸って危ないだろ……。
「うぅん、そうですわね。痛んだ物を送るわけにもいきません。仕方ありません。手荷物として今日の夕食にしましょう」
その言葉に、皆がわっと騒ぐ。
見れば、おおぶりの貝やら魚の切り身、海藻類が氷と共にぎっしり詰まってた。これが今夜の食卓に並ぶとなると、それはもうご馳走だ。
晩さん会は流れたけど、良いものを気の合う身内だけで食べるのも悪くない。
「ほらほら、お前ら。いつまでくっちゃべってるんだ。さっさと出発しないと、今日の寝床に苦労するぞ」
「はーい」
カーター先生に対し、全員が一斉に返事をする。
ここらを見ると、本当に修学旅行生と引率の先生だよな。やってることは桁が違うけど。
というわけで、帰国の身支度を終え、あとは用意した馬車に乗って2日の旅程を挟めば、久しぶりの我が家につく。
元の時代と違って何もない家だけど、この1月ばかり、死ぬような目に遭ってきた身としては、やっぱり我が家が一番だと思ってしまう。父さんたちにまた会えるという感慨も、それによって増幅されるものだ。
だが、その前に僕らは1つの洗礼を受ける羽目になるのだ。
「おお、出て来たぞ!」
僕らが荷物を持って、ホテルから出た瞬間。歓声が僕らを圧倒した。
なに? 何が起こった!?
「イース国の皆さん、ありがとう!!」「先頭に立って消化活動したの忘れません!」「あのお姉ちゃん強いんだよ! 兵隊をばったばったって!」「馬鹿姉弟のいさかいを静めてくれて助かったぜ!!」「先生っ、息子を助けていただいてありがとうございます!」「か、可憐だ……踏まれたい」「オレ、イースに行こうかな」「あの姉弟の私兵ら、街の復興を一生懸命してくれてるんです!」「これでノスルは生まれ変わります!」
ホテルの前の道が人で埋め尽くされていた。その誰もが笑顔でこちらを向き、歓声に加えて紙吹雪が舞って、まるでお祭りムードだ。
一体何が、と思ったけど、よく歓声を聞いてみれば僕らへのお礼にしか聞こえない。
つまり、昨夜の出来事に対するお礼だ。どうやら僕らが主導で救助活動をしていたのを、ちゃんと見てくれていたのだろう。
そして何より、パーシヴァルとアトランをに対する反発も多かったらしい。けどそれを恐怖政治で抑えていたのが、一気に晴れた。その要因が僕らにあったと、街の人はすぐにも悟ったようだ。現太守が2人を連れて直々にホテルまで謝罪しにいったというのだから分かりやすい。
「なんか、嬉しいね。こういうの。人助けっていうのかな」
ラスが体を寄せてくる。嬉しそうに、誇らしそうに、その表情が素敵で、僕もはっきりと頬が緩む。
「ああ、そうだね」
カタリアは当然、と胸を反らしているが得意そうだし、ユーンは照れ笑い、サンは群衆に手を振っている。先生は帽子を取って深々とお辞儀(その方向がさっき先生と呼んだマダムに向かっているような気がしたけど……見なかったことにしよう)。
皆が笑顔になる。
そのために、力を使う。それもまた、悪いことではないのかもしれない。
その時の僕は、はっきりとそう思った。