第174話 騒乱のあとで
火災は夜が明ける前には完全に収まった。
乱闘の後、軽傷だった者100数名をいくつかのチームに分け、消火と救助に当たらせた。
軍の権限を最大限行使し、無事だった国民たちも引き連れてバケツリレーで消火。なにせここは湾港。消化のための水が大量にあるのだから、それほど水の確保に苦労はしなかった。
とはいえ、倒壊や類焼するほど火の勢いは強くなかったものの、何しろ範囲が広いため時間はかかった。
また、人命救助の方もかなり苦戦した。
火災による被害はもちろん、逃げる際の二次災害が影響を大きくしていた。多少の煙を吸ってしまった人も、この医療レベルの低い世界においては何が起こるか分からないと、火災現場から引き離され保護せざるを得なかったのも大きい。
というわけで、なんとか街が落ち着きを取り戻したのは陽が登って少ししてからだった。
それから一旦解散して、ホテルで泥のように眠り、目が覚めたのはお昼過ぎだ。
寝ぼけまなこと、疲労で停止した頭を熱いシャワーでたたき起こし、少しお腹空いたなぁと思っていたころ。
「本当に……申し訳ない」
太守の爺さんが僕たちの休んでいたホテルにまで来て頭を下げた。
ただでさえこの国のトップが頭を下げるだけで驚きなのに、わざわざ相手のところまで来たのだから、その驚きたるや。
しかもその後ろには、爺さんの2人の子供、パーシヴァルとアトランがしおらしく控えていた。
「い、いえ。その、頭をあげてください」
僕らを代表してカーター先生が応対するが、完全に浮足立っている。
「いえ、太守様。わたくしたちこそ、勝手に他国の事情に首を突っ込んでしまい申し訳ありませんわ。イース国を代表して、カタリア・インジュインが謝罪いたします」
カタリアが悠然と笑みを浮かべて対応するのがなんと心強いことか。
サン曰く、
『お嬢は、相手の弱みに付け込んで、恩を売りまくるのが得意だからなぁ』
身もふたもない言い分だった。きっと学校でもそうやって味方を増やしていったのだろう。
「本当ならばこちらがどうにかしなければならないところなのに。お手数をおかけしました。おかげで被害は最小限。ましてや娘と息子のことまで……」
聞くところによれば、太守は最近夜が眠れず、睡眠薬を使うことが多いという。そしてつい昨夜もそれを飲んでぐっすりだったわけで、目覚めるまで何が起きたか分からなかったという。
高齢も高齢だから仕方ないとはいえ、政務にも支障がでるんじゃないかと心配だ。
そもそも、その後継者問題が片付いていないんだよな。大丈夫かな。
ノスル国に来てわずか1日。
それでここまで衰退しているとは思わなかった事実が立ちどころに露わになったわけで。
同盟国が弱い。それはそれで困るのだ。
ゲームでも同様で。守ってあげないとすぐ滅ぼされて敵の橋頭保にされる。攻められたら援軍を出さないといけないから、後ろを任せられずにプレイヤーの侵攻を邪魔するものでしかない。
かといって攻め滅ぼしたいけど、そのためには同盟破棄しなければならず、そうすると信頼が落ちる。
現実はゲームほど簡単にいくものではないが、ゲームより難しいということもない。
それでもこの状況はあまりよろしくないのは確かで。
そんなこんなで、僕らは疲れた体を引きずりながらも、今日中に帰国の途につくことになった。
というのも理由が3つある。
1つが、ノスルの弱体を本国に報告すること。
これからの国交の接し方と、トント攻略の戦略練り直しを早急に検討しなければならない。
2つ目が太守の爺さん。
子供たちの不始末で食事会という雰囲気ではなくなってしまったし、なんだかわずか1日でかなりやつれてしまったように見える。正直ベースで言えば、他国に自国の弱みを握られ、大きな貸しを作ってしまったことが大きいだろう。
そして3つ目と4つ目。
同じような事案だけど、方向性が若干違うので分けた。
パーシヴァルとアトランの豹変だ。
「イリスの姐さん! 昨日はすっませんっした!!」
「は?」
太守の爺さんがホテルから去った後、残ったパーシヴァルとアトランだが、パーシヴァルが突如、跪いて頭を床にこすりつけるようにしてきたのだ。
僕は何が起こったのか分からず、びっくりしたらしく僕の背中に回ってぎゅってしてくるラスが可愛いなぁとかそんなどうでもいいことを思ったりした。
「いや、ほんっと自分の小ささが分かった。ズバッと怒ってくれる人がいなかったつーか、ちょっと調子に乗ってた。本当にすっません」
ガチでそういう系で天狗になってたってことか。いるんだな、そういうの。
「カタリアさんもすっません。その、本当に、なんつーか色々と」
「ふっ、いいですのよ。過ちを認めてこそ人間。過去を振り返るのは愚者でしかなく、未来を見つめるのが人間ということ」
お前は何様だよ。
てかサンの言ったことは本当だな。弱みを見せた人間に対し、面白いほどに恩を売りまくるっての。
てか何で僕だけ姐さん?
「姐さんって……僕の方が年下なんだけど」
切野蓮としては年下だけどね。肉体年齢的に。
「いや、姐さんは人生の姐さんです!」
訳が分からなかった。
そしてもう一方。
それはアトランで、
「なーなー、カタリア、いーじゃんかよー」
「うるさい、消えなさい」
はじめはアトランがカタリアを口説いているのかな、と思ったんだけど、
「あ、それ。それをもっと!」
「豚」
「おふぅ。いい……いいっ!! も、もう一度! お願いします、どうか俺様を、もっといぢめて、てか蔑んで!」
「お断りですわ。なんでそんなことをわたくしがしなくちゃいけませんの? そもそも、豚がいっちょ前に人の格好してるんじゃありませんわ。ほら、ぶひぃと鳴きなさい。それとも人間の言葉が聞こえないの? 脳みそまで豚になり果てたのね。あぁ汚らわしい。わたくしの前で醜く呼吸するんじゃあありませんわ。許してほしければ鳴きなさい。豚が、豚のごとく、豚のざまで、豚らしく、豚のように。鳴きなさい、わめきなさい。どうしたの? できないの? はぁ、どこまで無能なの? これ以上は時間の無駄ね。それが嫌なら鳴きなさいよ、ほら。ほらほら。さぁ、ほらほらほらほら!!」
「ぶ、ぶひぃぃ」
カタリア……なんかノリノリだぞ。これはお嬢様というか……女王様? 鞭も持ってたし。
「ふぅ、飽きたわ」
しかもひでぇし。
「ふっ、イリスさん。これがカタリア様の真骨頂。鞭と鞭です。それによって相手の心をへし折り、自らに歯向かうことを知らない家畜にしてしまう、カタリア様ならでは御業……」
「ま、ただ単に弱い者いじめして憂さを晴らしてるって話だろうけどよー。けけ、よくやるぜ」
ユーンとサンが補足解説をしてくれた。うん、どうでもいい。
「イリス、あなた。責任もってこの豚を飼育しなさい。むしろ結婚すれば? そうなればノスル国も、それはもう国を挙げてお祝いでしょう」
「僕かよ!」
「待った! その儀だけは許せない!」
「いや、先生! ないから!」
「イリスちゃんが
「ラスも参加するな!」
なんというか、平和だった。
昨夜までの緊張状態が嘘に思えるほど、なんかいろいろ変わっていた。
まぁなんというか。
舎弟(?)と下僕(?)が増えた感じに収まったけど、正直、これ以上2人の相手をするのが辛かったのがある。
そして最後の1つ。
これが、一番閉口して、それでいて今後の僕の生き方に影響する出来事が、その時もう、窓の外では起きていたんだ。