第173話 乱の終焉
おふざけはこれくらいにして。相手の腰が引けているなら、今がチャンス。
僕が一歩、前に出る。すると敵は一歩下がる。
「…………ドンっ!」
「ひっ!」
一歩、急に踏み出して鳴らしてみたら、怯えた表情で後ずさる。
そこで少し僕のいたずら心がかまくびをもたげた。
「さぁ、次に餌食になりたいのは誰だ!? お前か!? それともお前か!」
「ひ、ひぇぇ」「い、嫌だぁ!」「お、お助け!!」
ちょっと脅しをかけてみれば、腰を抜かすもの、涙を浮かべている者が出る始末。まさに恐慌状態だ。
ならば一気に畳みかける。
「言っておくけど、このお方はすごいぞ! 鞭を持てば家を割り、木を割り、果てには山さえ割る。気に食わない下僕の、頭を鞭で引きちぎったのはイース国では有名すぎる事件! それ以来、このお方をこう呼ぶ。鞭無知無恥カタリアと!」
「イリス、何を言ってるのです?」
めっちゃ睨まれた。
ちょっとおふざけが過ぎたか。
「な、何を言ってる。おい、こっちはまだ数がいるんだ! 奴らを捕まえるんだよ!」
「おいてめぇら! パー姉ぇに先を越させるな! 奴らを取り戻せ!」
そんな中、状況を分かっていない2人。
パーシヴァルとアトランが必死に兵を叱咤するけど、完全に兵たちは戦意を失っている。それでも兵に行動を起こさせるなら、絶対的な忠誠心か、圧倒的な恐怖が必要だけど、この2人にはそこまでのものはないだろう。
「なら、お前らが来なよ」
少しいらついて声を少し荒げた。
馬上にふんぞり返って、危険なことは全部人任せ。そんな彼らに同情心も義侠心も何も起きない。
「僕らはお前らの争いに介入するつもりも援助するつもりもない。けど、今こうして困っている人たちがいるなら助ける手伝いはいとわない。で、いいよなカタリア」
「ええ。まだ太守様は存命ですし。おふたがたのどちらかが太守になられた時に、改めて国交を結ばせていただきますわ」
「ぐっ……うう」
アトランが降参したように肩を落とし、頭を伏せた。
これにて一件落着。
そう思ったが――
「あぁぁぁぁぁ、うるさい、うるさいうるさい!!」
半狂乱したかのように、パーシヴァルが頭を掻きむしる。そして胸元に手をやり(おっ!?)何かを取り出し、こちらに向け――
「いいからあたしの言うことを聞け! さもなければ殺す! 殺してやる!」
パーシヴァルがこちらに突きつけたもの。黒光りするそれを見間違えるわけがない。この世界に来て、それなりの頻度で見るもの。銃だ。拳銃とは少し違う。短筒とか馬上筒と呼ばれるようなものだ。
追い詰めすぎたか。いや、そこまでじゃないだろ。
駄々をこねる子供に、はっきりとノーと言ってやっただけ。
それで癇癪を起こすのは、本当の子供だけ。だと思ったんだけど……。
「言うこと……聞くのか、聞かないのか!?」
大きい子供だったのか。幼いころから甘やかされた挙句、言うことを聞く人間しかいないというエゴが肥大化した末路。ジャイアニズムここに極まれり。
おそらく放火という凶行に陥ったのも、そういった事情からだろう。
ったく。
そんなやつが太守の座に収まるだなんて冗談じゃない。むしろアトランの方がまだマシに見える。
けどそうは言ってられない。どうする。銃口はこちらに向いているが、ぶるぶる震えて狙いが定まっていない。
これが逆に動きを拘束した。どこに飛ぶか分からないから、うかつに動けない。避けたつもりが逆に当たりそうなのだ。
ならばここは様子見をして……。
「いい加減にしなさい。子供のケンカじゃないのですよ」
「ばっ、カタリア!」
カタリアが胸を張って、傲岸と言い放つ。
いつもならそれでいいのかもしれないけど、今は極大の悪手。
癇癪を起こしている相手に、上から押さえつけるような言葉を吐けば、それはより大きな反動となって爆発するしかない。
そしてそうなった。
「うるさい、死ねぇ!!」
「っ!!」
カタリアは動かない。まさか本当に発砲するとは思っていないのだろう。だって彼女はイース国の重鎮の娘。それに向かって発砲するなんてことはあり得ない。
――んなわけはない。
くそ、まだまだ甘いじゃないか。ここはイース国じゃない。他国。インジュインの名前だって万能じゃない。
それに半狂乱になった相手は、何をしだすかわからない。のに挑発なんて。撃ってくれと言ってるのが分からないのか。
だから一か八か、咄嗟に横っ飛び。そのままカタリアに体当たりする。
銃声。来る。当たる? 痛いのは嫌だ。どこに来る。腕か、足か、腹か……頭に当たったら、死ぬな。死んだら、困る。皆に会えなくなる。皆が悲しむ。それは嫌だ。
永遠とも思える一瞬。だが何事もなく、僕とカタリアは地面に転がる。
「まさか、撃って……?」
「ったりまえだろ!」
やや方針気味のカタリアに怒鳴る。そうしながらカタリアを確認。大丈夫、当たってない。
でも本当に撃った。撃ちやがった。
もし僕が間に合わなかったらカタリアは死んでいた。死んで、いたんだ。いともたやすく。さよならを言う間もなく。レイク将軍の最期を思い出す。あの時は間に合った。そして彼は悔やみながらも、半ば満足して亡くなった。
けど、今のは……。
怒りがこみ上げる。怒りで頭がおかしくなりそうだ。
その身勝手に。その理不尽に。その――全力で叩き潰したい。そう願ってしまう自分自身に。
「ちっ!」
パーシヴァルが舌打ちする。
短筒はしょせんは火縄銃。連発には向かない――と思ったが甘かった。
彼女は二丁目の短筒を取り出し、こちらに向ける。
「死ね」
僕はカタリアの手にしていた鞭を奪うと、それをパーシヴァルに向かって振った。
鞭なんてものは使ったことがない。だからどうすればちゃんと飛ぶか、そういうのも分からないままの攻撃。
「ぐっ!」
日頃の行いがよかったのか、天が味方してくれたのか、鞭はパーシヴァルの銃を持つ左手を打った。相手が銃を取りこぼす。
そのまま僕は、鞭を捨てて立ち上がると、
「軍神よっ!!」
跳んだ。
地面よ割れよと言わんばかりに、大地を蹴り飛ばし、跳ぶ。いや、飛ぶ。
僕とパーシヴァルの間。その距離10メートル。
それを跳躍でゼロにして、
「え?」
抱き着くようにしてパーシヴァルの体を突きとばし、馬から一緒に落ちた。衝撃。痛い。けど、彼女ほどではないだろう。一応、頭は守ってあげたから、後でお礼でも言ってほしいな。
っと、それどころじゃない。えっと、あったあった。
「くっ……てめぇ」
まだパーシヴァルは鬼のような形相を隠さずに睨みつけてきたが、
「っ!!」
次の瞬間、青ざめた。
彼女が取り落とした短筒を拾って、今、こうして彼女の目の前で突きつけているからだ。
「動くと、死ぬよ?」
「……………」
「いい加減にしなよ。自分の起こした罪で、自分の一生を汚す必要はないでしょ。今ならまだ間に合うんだからさ」
ガラじゃないけどちょっと説教してみた。そうしないと、自分のなかのもやもやが晴れないこともあったけど。
パーシヴァルが目を見開いたまま、口をパクパクさせている。何が起こったのか、理解していないのだろう。
というか今気づいたけどこの状態。
倒れた女の人に馬乗りになって銃を突きつける図。色々ヤバいよな。銃がなくてもヤバい……いや、いいのか。僕は今、女の子なんだから。うん、何も問題はない。
あー、てかあれだ。軍神使っちゃったじゃんか。せっかく今回は寿命減少ないと思ったのに。
これからは残り時間の1分1秒が重要だってのにさ。
「パ、パー姉ぇを放しやがれ!」
不意に横から怒鳴り声と馬のいななき。
見ればアトランがこちらに向かって馬を走らせようとする。
けど遅い。
「弟君。君から死ぬ?」
「ぅ……」
銃口をつきつけられて、その場に凍り付くアトラン。
自分で気づいているのか分からないけど、姉のために危険に身をさらそうとする弟ってシチュエーション。さっきまでの憎しみ合っていた相手とは思えない言動だ。あるいは、太守の座というものがなければ、仲のいい姉弟だったんじゃないかと感じる。
っと、姉の方から銃口を逸らしたのは、若干危ない行為だ。
その隙に、反撃が来てもおかしくはない。
けど何もない。それは少しだけ分かっていたこと。
上に乗っかっている関係上、彼女の体に接しているわけで。彼女の筋肉の動きが伝わってくるのだ。
それが最前から何もない。こわばることも怒張することもなく、力が抜けて完全に動く気配がない。
それもそのはず。
彼女は僕じゃなく、宙を見つめながら、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
瞳から大量の涙を流しながら、そうつぶやいていた。
その涙が嘘偽りのものでないとは……いや、信じよう。信じてみないと、見えない景色というものもあるだろうし。
体から緊張が抜ける。
ふぅ、これにて本当に一件落着かな。
いや、まだだ。これから盛大な後片付けと、大がかりな再建が待っている。
だから僕は言ってやった。
精一杯の笑顔と、優し気な声、ついでに銃口をもって。
「というわけで、みんなで仲良く。人命救助、分かった?」
「わ、分かりました!!」
切野蓮の残り寿命92日。
※軍神スキルの発動により、1日のマイナス。