第172話 大乱闘スマッシュシスターズ
2人の兵が、振り上げたこん棒を振り下ろす。遅い。右に動いてかわす。そのわき腹に手のひらを叩き込んでやった。悲鳴を上げて流れた体は、もう1人の兵とぶつかって転がり合った。
「もらいっ」
その手から落ちたこん棒を拾うと、それを武器として次の獲物に向かう。
「小娘、どいてろ!」
背後。敵、というよりは味方? アトランの兵だ。
だがこいつらも結局は自分の理のために僕たちを利用しようとしているだけ。
理性では、こいつらを味方につけて姉の軍を倒してしまうのが最善手。
感情では、こいつらも同じ穴のムジナで協力するつもりは毛頭ない。
どっちが良いとか悪いとかじゃない。
どっちが、今の自分に合っているか。
そんなの。考えるまでもない。
「がっ!」
アトランの兵の顎に一撃を加える。男は白目をむいてその場に崩れ落ちた。
「ち、ちがっ……俺たちは味方――」
「敵だよ。そこのアトランも、そっちのパーシヴァルも。それに組する奴らも。お前ら全員、この国の民の敵だ!!」
「く、狂ってやがる……」「200人に勝てると思ってんのか!」
やるなら徹底的に。圧倒的な力の差を見せてやらなければ、こういう手合いは話を聞かないものだ。
だから今だけは。狂っていると言われようと、暴力はいけないことと分かっていても。立ち止まることは許されない。
「やっちまぇ!!」
怒り狂ったアトランの号令に、残りの100人も乱闘に加わる。1対200。数の上では絶望的だ。
だがここは広い原野ではない。大通りとはいえ、200人もの人間がかち合うには狭い。
そんな混戦の中で、僕という相手を補足して叩きのめすなんて、満員電車で落とした小銭を探すくらい困難だ。
「もらった!」「ぐぇ! な、なにすんだ、てめぇ!」「がっ! やりやがったなこの!」
ところどころで同士討ちが始まった。いや、同士討ちというか、本来は敵なのだ。
お互い、僕という共通の敵を求める同じ立場にいるのだが、内実は早い者勝ちだ。だから実質は敵同士。
その隙間を縫うように、小柄な僕が動けば相手は混乱に陥る。実際にそうなった。
相手の力を利用して相手に返す。これぞ合気道、そして太極拳の極意! 知らんけど。
懸念点としては、僕は着替えていない、つまりドレス姿ということ。これがまた動きにくい。けど脱ぐわけにはいかない。イリスの名誉のために、露出狂という不名誉な称号は勘弁したい。
一応、さっきちぎったスカート部分は可動域がひろくなったから走るのは問題ない。ただ、さすがにヒールで戦うことはできないから、すでに脱ぎ捨ててしまっている。裸足でレンガ敷きの道の上を移動する。ちょっとだけ不衛生だけど文句は言えない。
さらに左右から襲いかかる敵を、こん棒の一振りで叩きのめし、逆に相手に攻め込むことでさらなる混乱を引き起こす。
状況は圧倒的にこちらが有利。こん棒を振り回せば当たる。
途中で武器が壊れても、そこら中に落ちているのだから武器はとっかえひっかえで十分だ。
「ええい、そっちの女を狙うんだよ!」
パーシヴァルがしびれを切らしたように腰に差した剣を抜くと、カタリアを指す。
しまった。カタリアのことを忘れていた。
あの馬鹿。まだ馬鹿正直にあの場にとどまって!
パーシヴァルの兵がカタリアを襲おうとし、逆にアトランの兵がそれを止めようとするが、何人かはカタリアに向かって抜けていく。
「カタリア!!」
叫び、飛び出す。
隣の兵の胸板を蹴って、そのまま別の兵の頭を踏みつけ、そのまま走る。
だが間に合わない。さすがの彼女もこの人数を相手には厳しい。
カタリアのもとに数人の兵がたどり着き、その巨体にカタリアが呑まれ――
「ぐへっ!」
女の子にしてはこれまたエキゾチックな悲鳴……って、違う。
見れば、カタリアに襲い掛かった男が彼女の背後で突っ伏している。さらに襲い掛かる男たちを、こともなげにいなして、地面に叩きつけた。
「わたくしが、雑兵に後れを取るとでも?」
ははっ、すごい奴。
しかもヒールにドレス姿でそれをやるんだから。実戦を経て、また強くなったみたいだ。
「いつまで、乗ってんだ!」
と、左の足首を掴まれた。
兵の肩に乗っかったままだというのを忘れていた。そのまま引きずりおろされて叩きつけられる寸前に、あいた右足でその腹を蹴り飛ばした。
「女の子の足を握るんじゃない、セクハラオヤジ!」
横に推進力を得て、宙でくるりと回って受け身を取って着地。そこを狙って次が来る。
「じゃあ女ならいいだろ!」
「勘弁!」
相手の顎を軽く叩いて昏倒させた。
ふぅ。イイ感じだ。軍神の力を使わずとも、混戦と相手の力を利用するだけでなんとかなる。
これまでの戦い。辛い戦いばかりだったけど、自分なりにその中でどう戦えばいいか分かって来たのも大きい。まったく、元の僕は平和主義者だというのに。
「イリス、息が上がってるなんて、情けないですわ」
と、カタリアがすぐ横から話しかけてくる。
「そっちと一緒にしないでくれよ。こっちは100人を相手にしてんだぞ」
「はぁ……そんなことで数千単位の軍の指揮をしようなど、無謀が服を着て歩いていますわ。ああ、いえ。服など着ていませんでしたわね。ボロをまとった露出狂の姿ね」
僕の格好を見て
確かに今の僕は、ドレスもボロボロ、靴もない酷い有様だ。
けど、そこまで言われる筋合いはない。
「じゃあお前ならやれるのかよ」
「当然」
自信満々に言い切るカタリア。何か考えがあるのか。
「なに漫才かましてんだ!」
僕とカタリアのやり取りを見守っていた連中だが、馬鹿にされていると頭に血を登らせて再び襲い掛かってくる。
くそ、こうなったらカタリアと背中合わせで戦うか。けど残り100人以上。もつか?
「どいていなさい、邪魔です」
「いや、でも――」
だがカタリアは無言で僕を制すると、一歩前に出る。
本当なら止めるべきだろう。
だが、それはしなかった。
彼女の言葉に、覚悟というものが感じられたから。
そしてカタリアがしゃがむ。何を、と思ったが、ドレスのスカートに手を突っ込み、次の瞬間――
「さぁ、踊りなさい。ダンスの時間よ」
何かが飛んで、先頭の男を打倒した。いや、2人、3人。次々と兵が倒れていく。
何を、と思うが見えた。
カタリアの手元から伸びる黒いもの。それは彼女の両手から伸びていて、伸縮自在のように宙を舞い、襲い掛かる兵たちを倒していく。
鞭だ。
「おーっほっほっほ! さぁ、踊りなさい! 野蛮は野蛮なりに、愚鈍で滑稽な踊りこそ似合いますわっ!!」
うわぁ……完全にドSモード入ったぞ。
てか鞭にお嬢様、もとい女王様?
けどその技術は見ていて恐ろしいほどで、彼女がどれだけ血みどろで練習してきたのか分かる、そんな手際だ。
相手の頭部を狙いつつ、胴体のみぞおちや心臓部分などを的確に当てている。
敵は兵隊とはいえ、これまで戦ってきたデュエンやトンカイの軍と異なり、兜をかぶっていなければ、まともなプレートアーマーをしてさえいない。急ぎだったから着て来なかったとか、お金がないということはないだろう。
1つは、彼らは本気で戦うつもりはなかったのだろうということ。
一応、別れているとはいえ彼らはまだノスル国太守の兵だ。それが人傷沙汰なんてことをしたら、それは太守の手によってまだ裁かれる。だからまだ殺し合いではなく、喧嘩の段階ということ。
そして何よりもう1つ。
この国は、長年の平和が続いていた。いや、もちろん太守の爺さんの言葉を信じるなら、海賊らしきものとの戦いはあったのだろうが、それは船の上の戦い。
船の上でプレートアーマーみたいな重苦しいものを着ていられない。万が一海に落ちたら溺死確実だからだ。
そうなれば皮を元にした合皮の鎧か最低限急所を守るしかない。その場合、刺突には強いがこういった打撃系には強くないということだろう。
ついでに言えば、この国はここ数年、大きな戦を体験していない。キズバールの戦いくらいで、その時も姉さんと一緒に地形を利用して戦ったくらいだから、正面から陣形を組んでのぶつかり合いなんてしていないのだろう。
だからこの国の兵は弱い。もしかしたらうち以下だ。
それがこのカタリア無双に通じているんだろう、という分析をしてみた。いや、カタリアもすごいんだけどね。
敵の突撃は数度にわたるも、それをカタリアは一歩も動かずに撃退した。
すでに敵は100を切った。
「どうです、イリス? これがわたくしの力。努力の結晶。大人しく国の未来をわたくしに預けようという気になるでしょう?」
いや、それとこれとは話が別なんだけどなぁ。
すごいっちゃすごいけど、なんか褒める気を失くす。とりあえず適当に褒めておくか。
「いや、鞭とは恐れ入ったわー。すごいすごい」
「…………ふっ、ふふん! ようやくわたくしの強さが分かったようね! これもそれも、サンが『お嬢には鞭がいいっすよ。こう、なんていうか高所から無慈悲に打ち据える感じがぴったり』とか褒めてくれたおかげですね。後でご褒美をあげなくては」
それ、絶対遊ばれてるよね。サンやってんなぁ!
「ば、化け物だ……」
と、兵の1人が声をあげた。その声は、僕らに向けてで、畏敬とか感動とかそういったプラスの要素はなく、ただひたすらに恐怖と後悔と怯えと懺悔が入っていて、完全に腰が引けている。
ま、仕方ないよな。200いる兵たちがたった2人に半数が戦闘不能にされたのだから。
「失礼ですわね。天使さえもうらやむ美貌を前に、そのような言葉。いや、1人いましたわね。わたくしの横で暴れまわる、怪物・男女が」
「お前はいちいち僕を陥れないと気が済まないのか?」
「はい」
「即答!?」
ったく、おふざけしてる場合じゃないってのに。
けど、今の言葉。そして怯えるようにこちらを見る視線。
完全に相手は委縮してしまっている。
それを見て、あ、勝った。そう感じた。