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第167話 横柄なる使者

「はぁ……めんどくさ――とんでもないことになったな」


 カタリアと共に政庁を出ながら、呆れつぶやく。

 太陽はほぼ沈み、暗くなり始めている時間帯。イースにはない潮風が、なんとも心地よい気温を提供してくれている。


『この地に生を受け、役人として、太守としてこの国を守ること40年以上。わしもそろそろ疲れた。わしの後継者たちに太守の座を譲りたいところじゃが、そうもいかん。あのバカども、どちらに椅子を渡しても、おそらく数年でノスルという国は消滅する』


 ひたすら謝り倒した太守の爺さんは、理由を話し始めた。


 要は後継者同士が次の太守の座を巡って争うという内憂ないゆう

 そして港があるという性質上、外に開けている――すなわち外敵からの侵略という外患がいかん

 現に北西にあるツァンという国らしき軍船をよく見かけるというし、河を少し下ったところにある孤島は今、賊に占拠されて海賊行為を行っているという。


 その内憂外患が、太守の心に影を差していた。もはや死ぬまで太守を続けるか、どちらかの後継者に譲って国を亡ぼすかという二択まで追い詰められていた。


 だがそんな時に、あるニュースを聞いたらしい。

 それが、つまりは僕たちのこと。

 イース国がザウス&トンカイ連合軍を撃退し、トントによる凱旋祭の策を退け、さらにはウェルズとデュエンの争いに援軍として存分に活躍したと。


 その当事者が自分のところに来ると知った太守の爺さんは、自身の目でしっかりと僕らというものを計りたい。そう願ったがゆえの先ほどの芝居だったわけだ。


 同盟国の友好の使者に対することではないから、下手すれば国交は断絶。僕らが殺されようものなら、いの一番にイース国に攻められるという博打だったはずだ。

 けど、カタリアはメンツのために爺さんを許し、僕は殺されるのは勘弁だけどここで味方を潰すことはないということで、先ほどの事件は不問とした。


 そもそも、ここで断交されて困るのはイース国(うち)なのだ。さすがに3方向を的に囲まれて生き延びられるほど、イース国(うち)は強くない。

 ま、僕らが喋らなければ、下手な外交問題にはならないだろう。


 そんな僕らに恩義を感じたのか、明日に先生や連れのラスたちを連れて晩さん会を開いてくれるというのだから、それはありがたく受けた。僕らだけが豪華な料理を食べるのは気が引けたし、何より、打算的なことを言ってしまえば、太守の爺さんと仲良くなるのは、僕らとしてもいいことだと判断したから。


 そんなわけで、今日は一旦ホテルに戻って疲れた体を休めようと思った。


「おお、イリス・グーシィンにカタリア・インジュイン。どうだった。反応は?」


 門前で気をもんだようにして待っていたカーター先生が、僕らを見つけると足早に近づいてそう言った。


「ええ。悪くはありませんわ。まぁ、少しやんちゃがすぎましたけど」


 歩き始めながらカタリアが言う。僕らもそれに続く。


「や、やんちゃ……?」


 顔は知らなくても、太守が爺さんだということは周辺には知れ渡っている。だからこそ、やんちゃという言葉がうまく先生の中では結びつかなかったのだろう。


 てかあれをやんちゃって……腰抜かしてたくせに。


「なんですの? 言いたいことがあるなら言えばいいですわ」


「だから心を読むな!」


 何も言ってないのに。目は口ほど雄弁に語るってことなのか?


「ん? 何かあったのか?」


「いや、先生。なにも」「なんでもありませんわ」


 僕とカタリアが同時に答え、カタリアはむっとしたようにしてそっぽを向いてしまった。


「そうか。まぁ無事で何よりだ」


「ええ。明日、先生やユーとサンらも晩さん会にお呼ばれしましたわ。ぜひ、その場で先生も太守様の英邁さを感じるが良いと思います」


「おお、それはすごい」


「おい、カタリア。なんで僕とラスの名前がない?」


「あら。男女と裏切り者に出す席などありまして? そもそもあなたの太守様に会いたいという約束は果たされましたわよね? 明日はもう不要では?」


「お前な……」


 本当にああいえばこういう。


 けどここは退けない。

 別に美味しい料理を食べたいからとか、ラスと一緒に、とか若干思ったこともあったけど、それ以上にこの国のことをもっと知るべきだと感じていたから。

 社交の場は苦手だけど、情報が集まる格好の場なのだ。このチャンスを逃したくはない。


 だからこれから明日までに、カタリアをなんとか翻意させたいと考えていたのだが――


「そこの者ども、止まれ」


 不意に呼び止められた。

 それは要望とか呼びかけとかそういった生易しいものではない。高圧的な命令。軍隊で最近よく聞くようなものだ。


 それからバタバタと、複数人の足音が響く。

 僕らの行く手に数十人の壁ができた。前に10人、左右に5人ずつ。半包囲の状態だが、そのすべてが分厚い鉄の塊を身に着けた鎧姿で、むき出しの槍が残光にきらりと光るのが不気味だ。


 いや、1人。鎧姿ではあるが、兜は外していて徒手空拳の人物が中央にいる。おそらくこいつが指揮官だ。

 30代半ばの剽悍ひょうかんな顔つきで、短く反り上げた頭が体育会系を思わせる。


「ふっふ。お待ちいただこう。イース国からの使者ど――って、ちょおい! 止まれ!!」


「なんですの?」


 そう、僕らは何も囲まれるのに任せていたわけじゃない。

 咄嗟に逃げようかと頭を巡らせたが、その間にもカタリアはずんずんと前へと進んでしまっていた。何か考えがあったのかと思ってみていたが、まさか通せんぼする相手を無視してそのまま突っ切ろうとするとは……。


「止まれと言っただろう! ええい、いい。それよりお前ら3人を捕縛する」


「それは命令ですの?」


「当然だろう!」


 そう断言する兵に、カタリアは鼻で笑う。


「はっ。このわたくしに命令を出せる人間など、この世に2人しかおりませんわ。お父様とお姉さまの2人だけ。それ以外の、しかもたかが部隊長クラスの木っ端がわたくしに命じるなど、天地が百回生まれ変わってもあり得ないことですわ!」


 いいぞ、もっと言え。こんな高圧的な奴らに屈するのは僕としても嫌だ。

 てか本当に、こういう時はこいつ、頼もしいな。


「まぁ? タヒラ様にだったら、命じられるまでもなく、お願いされるだけで裸踊りでもなんでもしてあげますが……いえ、むしろお願いされる前にわたくしから進んで脱衣させていただきますが」


 よし、今度タヒラ姉さんに言ってみてって頼んでみよう。


「な、なんだ! 俺たちはこのノスル国最強の騎士団だぞ! 舐めた口きいてると、なます切りにするぞ、ガキ!」


「ガキじゃありませんわ。カタリア・インジュイン。未来永劫、この名を語り継ぐことを誇りに思いなさい」


 うーん、ちょっとヤバいかな。

 さっきはいいぞ、と思ったけど、相手は自称・最強の騎士団とやら。

 無礼はあちらにあっても、同盟国の兵と揉めるのは、せっかく太守の爺さんと有効な関係を築けそうなのに、それをご破算にするくらいの事件だ。


 だから仲介に入るため、僕はカタリアと部隊長の間に入ろうと、一歩を踏み出す前に、カーター先生が一歩前に出た。


「これは失礼しました。まだ子供の言うことですから、どうかご寛恕かんじょを」


「先生……っ!」


 先生は平謝りというか、米つきバッタみたいにぺこぺこと頭を下げている。その明らかな弱気な態度にカタリアが苦虫を100匹くらい噛み潰すような顔をする。


「ふん、保護者同伴か。イースには人がいないようだな」


「ええ。それはまさにそう。それゆえ、私なんかも毎日大変な想いをしております」


 げらげらと、品のない笑い声をあげるノスルの兵たち。


 これには僕も少しカチンときた。なんでそこまで言われなきゃ、笑われなきゃいけないのか。


 カタリアより先に僕が暴発してどうする、と思うけど、こんなことを言われて黙っていられない。それは僕、というより、カタリアを、そして父さんや兄さん、姉さん。傷ついて死んでいった人たちが守って来た、イースという国が辱められたようで黙っていられなかったのだ。


 だが、結局僕の出番はなかった。


「しかしながら、我々はイース国の正式の使節団。そして太守様の客分でございます。それを捕まえようとする。それは国を守る騎士団の役目でしょうか?」


「むっ……」


「そも騎士団とは、太守様の命令で動く部隊。我らを傷つけることが任務というのであれば、今すぐ政庁に取って返し、太守様にお目にかかりたく存じます。そこで太守様に我々を捕縛するつもりがありましたら、我らは大人しく捕まりましょう。その時はあなたの手柄は第一にございましょう。ただ、これがもし。万が一の話ではありますが、太守様の命令ではなく、独断専行によるものであるとするならば、あなたは叱責されるだけに終わらず、今後の出世の道も閉ざされるのではありませんか? 私はどちらでも良いのですが、しっかり考え直した方がよいのではないでしょうか?」


 落ち着いた雰囲気で、理路整然と反論を始めるカーター先生。

 その雰囲気にのまれたのか、部隊長は言葉を失ってしまっている。


 だが足元を見て見れば、生まれたての小鹿のように足がプルプル震えている。

 先生は武闘派じゃない。怖いだろう。けど、僕らを守るため、そしてイースの誇りを守るためにこうして自分なりの武器で強者へと立ち向かう姿に、少し笑みがこぼれてもしかたない。


 そんなカーター先生の論陣を受けた、相手側の部隊長は、しばらく言葉を失っていたが、ようやく自分を取り戻すと、こう怒鳴った。


「ええい、太守様だと。我々は次期太守様の命令で動いているのだ! ごちゃごちゃ言うな!」


 次期太守? そんな人間がいるのか。

 いや、あるいは。爺さんが言っていた、例の後継者か?


 そもそもこのようなこと、あの太守の爺さんの命令のわけがない。もしそうなら、政庁の中で捕縛すればよかった。

 ということは、今部隊長が言ったように次期太守――太守の爺さんにバカと呼ばれた不肖の後継者の仕業ってことか。


 なるほど、見えてきた。この国の闇が。

 太守の爺さんはもはや実権を失いつつあり、その後釜を狙った後継者たちがこうやって勝手に動く始末。

 戦国時代あるあるの『お家騒動』ってやつだ。


 本来なら明日の晩さん会をもって、僕らの役目は終わりなわけだけど、この状態で帰国しても意味はない。1年か2年か、爺さんが引退したあとの国交はまた一から始めなければならない。

 ならば今のうちに後継者には会って話しておくのは大事だ。最悪、どちらかを応援して太守の座につかせた恩を売るのもありかもしれない。


「カタリア、軍師として言わせてもらうよ。ここは大人しく従おう。その次期太守様に会っておくのも今後のために良さそうだ」


「そう? ま、いいでしょう。わたくしもそう思ったところですし。そこの! さっさと案内しなさい!」


 カタリアは図々しいほどに胸を張って部隊長に命令する。

 正直、ありがたいと思った。ここまでされて胸を張っていられるのは、1つの才能だ。僕にはできない。

 一応、国力も対等の同盟国なのだ。ここで弱気になれば、相手に主導権を握られる。だからこの強気はグッドだ。


 カーター先生もやれやれといった様子で、僕らにすべてを任せてしまっている。


 さてさて、どんな人間が出てくるのか楽しみ……じゃ、全然ないな。まったく、めんどくさいなぁ。

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