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第163話 小太郎?

 小太郎が用意した馬車で、北へと進路を取る。

 国都の位置的に、イースからノスルに向かうカタリアたちよりこちらの方が早く着く。だから急ぎの旅じゃなく、ぽくぽくと鳴るひづめの音に揺られながらののんびり旅だ。


「イリスちゃんと2人きりの旅。これはもう、新婚旅行……!! あぁ!!」


 両手で口を覆って何やら不穏な言葉を吐くラスは置いておいて、僕は9月のまだまだ温かみのある風を感じながらも、流れる風景を楽しんでいた。

 踏み固められた土の道は、横幅5メートルほどはあり、往来もそれなりにあるらしく商人風の男や甲冑姿の者や、何やら急ぎで走っていくものなど様々な様子が見て取れた。


 視線を遠くに移すと、畑が開けた平地に点在していながらもそこかしこに集落を作っている。

 だが本来、一面に実っているはずの穂が見えない。


「……そうか、小麦と稲は収穫時期が違うのか」


 米の収穫時期は秋と思ってたけど、よく考えたらパンが主流のこの世界では小麦が栽培されている。

 確か米よりちょっと早かったんじゃないか。覚えてないけど。


 だからもう稲刈りも終わった今、畑は休ませている状態なのだろう。人が出ていないのも当然だ。


 それにしても、ここら辺は見渡す限りの――丘陵になっているところも一部あるが――平地だ。

 山や丘が多いイース国とは違って、田畑を広げるのは容易なのだろう。その生産性の違いは、国力の差となる。

 鉱物資源が豊富なイース国とはいえ、鉱物には限りがある。対して大地に実る穂には限りがない。


 これから先、こういった平地を確保できないと、イース国は立ち枯れるだけ。そう考えると一刻も早く、外に進出しなければと思ってしまうのだ。

 けどそのためには、多くの人の命が消える。それをよしとするのか、まだ自分の中で答えは出ていない。


「どうしました、いりす殿?」


「え!?」


 不意に、馬を操る小太郎が振り向いて聞いてきた。

 それがあまりに悩みにピンポイントのタイミングだったので、声をあげてしまった。それがなんだか恥ずかしい気がして、必死に心を落ち着かせて答えた。


「い、いや、のどかだなぁと思って」


 あからさまに動揺してるよな。けど、小太郎はそんな僕を不審に思うわけでもなく――それ自体にはホッとしたものの――視線を落としてつぶやく。


「のどか……さすがは良家のお嬢様は言うことが違いますね」


「コタローさん、イリスちゃんの悪口は許しませんよ」


 ラスが会話に入って来た。いや、入って来たというか、小太郎への反論だ。

 けど小太郎はラスの反論なんてなんのその。吐き捨てるように続ける。


「あれは、地獄だ。いくら収穫しても、年貢に半分以上、悪ければ全部奪われる」


「こ、小太郎……?」


 急に小太郎の雰囲気が変わった気がする。口調も投げやり。

 その根底にある感情。これは……怒りや、憎悪とったものだ。


 けどなんで?

 今、僕は悪いことを言ったかな?

 この田園風景。現代では早々お目にかかれない風景をのどかと言ったのを、小太郎は反論した。これは地獄だと。


 確かに、歴史を紐解けば、農民たちは搾取され続けていた。水呑百姓みずのみびゃくしょうって言葉があるように、年貢をほとんど取られて水しか飲めない百姓がいたということは事実だろう。


 分からないのは、なんでそれを小太郎が?

 確か北条氏康ほうじょううじやすに仕えていたならば、農民としての暮らしはしていないはず。しのびとしてブラックな諜報機関にいたってことは聞いたけど。

 だから小太郎の怒りが分からない。


 僕もラスも予想外の反論で言葉を返せないでいると、


「なんてね。自分はすでに北条のお屋形様に召し抱えられてる身なんで、そういったこととは無縁だったわけです。そう考えれば、幸せだったのかもなぁ」


 からからと笑いながら小太郎はそう言った。


 けどなんだ、今のは。

 先ほどの小太郎は、これまで知っている小太郎じゃなかった。あるいは僕の知らない一面があるのか。いや、それもそうだ。人間なのだ。誰しも隠している一面があってもいい。


 けど今のは。なんというか、一面どころじゃないような気がして。


「いやー、しかしこうも広いのはすごいっすね。日本ひのもとはすぐ山だ川だがあって、ここまで見通しもよくなかったし。ま、だからこそ、自分らしのびが暗躍できたんすけどねー」


 明るく語る小太郎。だが、どこかその言葉は演技をしているように聞こえていた。さっきのあの悪意に満ちた言葉が耳から離れない。

 ただ、そこを突っ込んで聞いても、きっと小太郎は答えないだろう。

 やる前から無駄だと分かっていること、そしてやるときっと小太郎との間に溝が生まれる。それは今は避けたい。だから適当に相槌を打って、何事もなかったかのように応対した。


 そんなこんなでのろのろと馬車を進めて2日目の夕方。

 馬車は左右を林に挟まれた、狭路へと差し掛かった。


 道なりだからここを通るのが一番なのだろうけど、この地形。それに人通りが全然ない。また、日の落ち始めた時刻。


「小太郎」


 危険を感じて、そう言ったが遅かった。


「はーい、ここは通行止め。通りたかったら、身のもの全部置いてきな」


「んん!? おいおい、こりゃ上玉じゃねぇか? そこの女2人を置いてきな。男はいらね」


 左右の木々から、20人ほどの男女がぞろぞろと降りてきて、いつの間にか左右と前をふさがれていた。

 着ている物もばらばら――個々人が違うというものでもなく、個人で大きく違っている。たとえば、下は汚れているものの上質そうな素材でできたパンツを履き、上はザ・盗賊というようなボロボロのチョッキを羽織っているような者がいる反対に、上下がボロボロなのに、靴だけ真新しい、しかもこれまた高価そうなものだったりする。


 まぁ言わなくても分かってるけど、こいつらは盗賊で、奪った洋服をそれぞればらばらに着るからこういうことが起きる。あまり考えたくないことだけど、ボトムスだけ着ているのは、トップスが何かで汚れて使い物にならなくなったからと考えることもできる。人の命なんて何とも思わない、最低な奴らだ。


「イリスちゃん……」


 ラスが傍に寄ってギュッと僕の袖を握ってくる。

 その不安でか弱そうな姿に、僕の男としての心はわしづかみされてしまったわけで。


 ここらでいっちょ格好いいところ、ラスに見せるのも悪くないとか思ってしまった。

 20人なら、3分あればなんとかなる。あんな奴らに3日も寿命を使うのはもったいないけど、ラスを不安にさせていられない。


 だから右手で赤煌しゃっこうを手にして、左手でラスを安心させるように彼女の頭に手を置くと、


「ふわぁ、イリスちゃんの……」


 と言って後ろに倒れてしまった。頭打ってないよな? まぁいいや。ちょっと刺激的な場面になるだろうから、このまま寝ていてもらおう。


 さて、ラスが起きる前に終わらせないと。

 ただ、いくら最低の盗賊連中とはいえ、命を取るまではいかない。というか僕がしたくない。

 この世には、喧嘩を売ってはいけない者がいる、ということを、ちゃんと教えてあげないとな。


 だから僕は、赤煌しゃっこうを手に馬車の上で立ち上がった。


「へいへい、なにごちゃごちゃと――ぎゃあ!」


 悲鳴が聞こえた。


 え? まだ僕は何もしていないぞ。なのに、なんで盗賊の男が顔面を抑えて身もだえしている?


 その答えはすぐに来た。


「はぁ……馬鹿どもはどこにでも湧く。大人しく畑を耕せばいいのに、それもできないクズは……」


 小太郎だ。


 小太郎はふらりと馬の上で立ち上がると、驚異的なバランス感覚で直立不動。

 両手を振る。そこで、見た。彼の手のひらに円形の黒い物が突如現れたのを。煙幕? いや、違う。まさかあれは……手裏剣!? やべっ、本当に忍者! じゃなく!


 小太郎はすでにそれを投げた。しかも相手の顔面を狙って。

 殺す気があったとしか思えないその行動。何より、馬上でたたずむ小太郎から漏れ出るのは……殺気?


 なんか……ヤバい!


「よせ、小太郎!」


 禍々しい何かに抗うように、僕は馬車から跳躍。小太郎と賊の間に着地する。


「ちょっと、邪魔しないでくれます?」


 小太郎が冷たく言う。


「駄目だ、小太郎。殺すな」


「ああ? てめぇ何しやがった!」「いてぇ、いてぇよぉ!!」「殺すな? ガキがいっちょ前に吼えやがって!」「もういい、ぶっ殺せ!」「ああ、ぶっ殺して、それから犯してやるよ!!」


 賊たちは思わぬ反攻を受けて、完全に頭に血がのぼっている。


 正直、反吐が出る。人を襲って生きるこいつらに、情状酌量の余地はない。

 けど、この人たちももとはと言えば農民や国を追われた人たちなんだ。そうなったのはこの戦乱の時代。彼らも犠牲者と考えると、むやみに成敗というのも後味が悪い。


「へっ、殺すな、か。そりゃ――無理な話だ!」


 小太郎が跳んだ。そして何かが跳ぶ。


「ぎゃあ!」


 悲鳴が複数。手裏剣を体のどこかに受けて傷つき倒れるが、それを乗り越えて残りの賊が突っ込んでくる。


「ああ、くそ!」


 軍神。赤煌しゃっこう

 小太郎にこれ以上暴れされたら困る。だから1分以内にかたをつける。


 それからは無我夢中だった。

 襲って来る敵をかわし、殴り、足を払い、みぞおちを突き、またかわして反撃。それを繰り返し、ジャスト1分後には20人からなる賊たちは全員が地面に突っ伏していた。

 小太郎の手裏剣で倒れた賊もいるけど、あの大きさならよほど当たり所が悪くなければ死ぬことはないだろう。


「ふん、本当に殺さずやっちまうんだな、あんた」


 小太郎が、死屍累々――いや、死んでないか――の中で僕を見据えて口を開いた。

 だがそこに、僕の知っている小太郎の姿はない。いや、姿は同じだけど、違う。いつもの小太郎じゃない。


「お前、誰だ」


「おいおい、俺だよ、風魔小太郎。あんた、もう忘れた?」


「僕の知ってる風魔小太郎は、自分を俺とは言わないし、僕をあんたとは呼ばないし、そんなヤンキーみたいな話し方はしないんだけどな」


「…………」


 小太郎は少し目を大きくし、そしてふっと笑みを浮かべた。


「いや、すみませんイリス殿。ちょっと血を見て、興奮しちゃって」


 戻った。このちゃらい感じ。いつもの小太郎だ。

 その豹変は、まるで二重人格のよう。それほどの変化を前に、こちらも動揺を隠しきれない。


 そこで気づく。望月千代女もちづきちよめの分身、山県昌景やまがたまさかげの炎、おそらく平知盛たいらのとももりにもあっただろう。そう、スキルだ。

 ここに呼び出された英傑たち。彼らがなにかしかスキルを持っているというなら、小太郎も……?


 だが直截に聞くのははばかられる。だから探りを入れてみる。


「戦えないんじゃなかったのか?」


「そりゃ軍とは無理っすよ。ただ、やっぱりしのびとして最低限、生き延びるための武術は仕込まれてますよ。その修行でちょっと、本番になると、こうカッと熱くなっちゃって。いや、頭領失格ですよ、これじゃ」


 へらへらと笑う。今、自分がしたことを忘れたかのように。

 殺し殺されが普通の戦国時代だ。相手を傷つけても、そうそう罪の意識なんて感じないのかもしれない。


「…………そう」


 ごまかされた感はある。けど、ここでさらに突っ込んでみたところで、新しく得られる情報はないだろう。

 だからこれ以上は何も言わない。彼が僕らに損になるようなことをしたわけじゃない。だからまずは信じる。小太郎のことを。

 それでうまくいく。そのはず、だ。

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