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第162話 次の行先

 ウェルズには都合5日滞在した。本当はもう少し早く出発で来たけど、情報の収集をしているうちに数日経ってしまった。


「というわけで、今はそんな感じっす」


 報告を終えた風魔小太郎は、得意そうにニッと笑って見せた。


 彼は使節団という立場ではなく、言ってしまえばグーシィン家の私兵みたいな立場なので、カタリアたちが帰国した後でもこうして残って情報収集につとめてくれた。


 彼がここ数日で調べたのは、主にデュエン国の状況だ。

 撤退はしたものの、兵の被害もそれほど大きいわけではないから、すぐにまた再侵攻があるのではと見ている。

 何より圧倒的国力の差がある格下相手に負けた以上、すぐに報復の兵を出すだろうとは前に読んだとおりだ。


 その動きはすぐに表れていた。

 ウェルズ軍が改修を行っているレジューム砦。その3キロほど離れたデュエン国内に付城つけじろを作り出したのだ。

 付城つけじろとは敵の城に対して築くもので、そこに兵を置いておけば相手の動きに即応できるし、何より補給の拠点となるので国都から食料を運ぶよりはるかに安全で距離も短くなる。

 つまりそこを拠点に攻めるぞ、と公言しているもので、デュエン国はまだ諦めていないということ。


 とはいえそれは僕、イース国にとっては好都合だ。

 付城つけじろを築くということは、デュエン国は腰をすえてウェルズ国と対峙するということであり、トント国への支援は二の次になる。

 つまりイース国がトント国を攻める格好のチャンスということになる。


「ありがとう、小太郎。助かった」


「いえいえ。いりす殿の力になれるんだったら、この身も惜しくないですよ」


「それはありがたいけど、傷は大丈夫?」


「ええ、もう秘伝の薬を塗りましたから! いりす殿もどうです? 薬草、漢方30種をすりつぶして、野ネズミの血と牛の糞尿を混ぜて作った風魔に伝わる最強の薬なら、ちょっとやそっとの傷は1日で治りますよ!」


「う……ちょっと遠慮しとく」


 しれっと糞尿を混ぜたとか言ってたよな? 前に塗られた気がするけど、それも同じ製法じゃないよな!? ちょっと怖気おぞけが走ったぞ。


「あ、いりす殿はいいすに帰るんです?」


 ふと、小太郎が少し思案するように眉をひそめた。


「うん。だけど何で?」


「できれば、自分をこっちに置いてもらえないすかね。いえ、なにも特別なことじゃなく、おそらくあの“でゆえん”って国。あれを放置していたらヤバいと思うんすよね」


 小太郎の言いたいことは分かる。

 デュエンの出方次第で、イース国の方針は都度調整を余儀なくされる。

 そのためにここら辺に監視を含めてデュエン国を見張る人物がいるのは心強い。


 けど、そうなると逆にトント攻略のために小太郎が使えないというデメリットが生じる。


「あ、考えてることは分かりますよ。一応、自分も部下を持つようになったんで。それをしばらく使ってください。自分もいつまでもこっちに張り付かずに、適宜、交代はするんで」


「…………」


 僕は頭の中で、デュエン国の脅威とトント国との戦いを思い描き、メリデメを比較した結果――


「分かった、それで頼むよ」


「了解っす!」


 気持ちのいい笑顔で小太郎は答えた。

 大丈夫。間違ってない。この配置にミスはない。嫌な予感を振り払うように、僕は内心で強く念じた。


「あ、それはそうといりす殿」


 つい思い出したように小太郎が話を変えた。


「国都に戻っている部下から聞いたんですが、あのお嬢さん。一両日中に北へ向かうらしいですね」


 小太郎が言うお嬢さんとはカタリアのことだろう。

 そして彼女が向かう北とは――


「ノスル国への使者、か」


「ええ、また外交の使者でしょう」


 北と西を固めて東へ進む。ヨルス兄さんは、いや兄さんとインジュインはそれを決意してくれたのか。

 よし。心の中でガッツポーズ。

 侵略のよし悪しは一旦置いておいて、今は皆が無事に生き残ることが大事。

 その優先を間違うと、きっと後悔する。


 と、その時。小太郎がジッと僕を見つめているのに気づく。


「何かありました?」


「え、いや。なんでもないよ」


 咄嗟にごまかしていた。

 それは彼の視線が、何かを探るように見えたわけで、開かれた瞳孔に何か得体のしれない不気味さを感じたわけで。

 それはどこか卑怯なことで、これまで色々と頑張ってくれた相手に対し、どこか気後れにも似た感情を抱いてしまった。


 けど、そうしてしまった一番の原因はアレだろう。


『フウマコタローヲシンジルナ』


 あの襲撃者の女の言葉。

 それがいつまで経っても僕の心に小骨のように引っかかっている。

 いい加減忘れたいのに忘れない。そんなはずはないと笑い飛ばしたいのに、飛ばせない。

 それはひとえに彼女の言葉が、あまりに真摯しんしで、真剣で、切羽詰まった物言いだったから。


 僕はこれほど疑い深い人間だったのか。人の善意を踏みにじる酷い人間だったのか。

 ……否定はできない。そうやって会社に不要なものを切り捨てて、そして切り捨てられたのだから。


 でも、小太郎については。

 時代は違えど、同じ国に生まれた人として、同じ世界に生まれた人間として、対等に付き合っていけたらと思っている人だ。それを疑いたくない。


 そう、信じるんだ。まずはそこから。

 信じず嘆くより、信じて傷ついた方がいいってえらい人も言ってた。


「小太郎」


「ん、何っすか?」


「…………いや、なんでもないよ」


 僕は何を言おうとした。

 咄嗟とはいえ、嘘をついてないよな、と言おうとして止めた。


 それで肯定されたら僕はどうするつもりだったのだろう。そもそも信じようと思いなおしたばかりじゃないか。

 そんな自分を見るのが嫌で、逃げを打つことにした。


「あ、やっぱ1つだけ。ここからノスルに行くルートは分かる?」


「ふむ、“のする国”ですか。るぅととは察するに道のりということですかな?」


「うん、そうなんだ」


 深く考えて聞いたわけじゃない。

 ただ、カタリアがノスルに行くと聞いた時に、不意に僕も行くべきだと思っただけだ。


 ノスル国。

 これまでまったく動きを見せない同盟国。それがとても不気味で、不安で、自分の目で見ないと安心できない。

 そう思ったからこそ、思いついたように聞いてみたのだ。


 地図を思い浮かべれば、今いるウェルズの国都からイース国に戻って行くより、直接ノスル国に向かった方が早い。タイミングが合えば、途中でカタリアたちと落ち合えるような気がしていた。


「ええ、ありますよ。では部下に道案内をさせましょうか」


「あ、いや。その部下にはイースに、ヨルス兄さんへの伝令をお願いしたい。さっきのデュエン国の動きとか。それでノスルには小太郎が案内してくれないか? その、ほら。僕って人見知りだから、知らない人と旅するのはちょっと、さ」


 あまり考えずにそう言っていた。

 聞き方によっては、小太郎を信用していないから見張っておこうともとれる。

 いや、人見知りなのは本当だけど、それにしても国の大事と私事を比べれば我慢するのが普通だ。


 まったく、最低だ。信じると言っておいてこれだ。本当に嫌になる。

 嫌になるのはこの性分か、それともこの世界か。両方だろうな。はぁ……。


「……分かりました。じゃあ部下には戻ってもらって。それで、いつ出発します?」


 少し考えたものの、快く引き受けてくれた小太郎に、僕は胸をなでおろす。

 そう、まずは信じる。そこから始まる。

 だからこのまま行こう。どこに終着するとしても、その時には、きっと僕も胸を張っていける。そんな気がするから。



切野蓮の残り寿命97日。

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