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第161話 これまでの事、これからの事、それからの事

「ね、イリスちゃん。これからどうするの?」


 病室に寝転がって、厚いガラス窓から外を見る以外やることのないベッドの上でぼんやりしていると、お見舞いに来てくれていたラスがリンゴを剥きながらそう聞いてきた。


「どうって……」


「もう大丈夫なんだよね、クロード先生がそう言ってたよ。これで退学になることないって。だから、もう……こんな危ないことはしないでいいよね」


 それは確認というより、半分懇願のような言い方で、そして後半は涙目で聞いてくる。

 くそ、卑怯だろ。それ。


 聞けば、ラスは僕が目覚めるまで寝ずの看病をしていたらしい。

 ウェルズ国に来る直前にも同じようなことがあって。なんというか、僕が今生きているのは何割かはラスのおかげであるわけで、これまでみたいに激しいスキンシップというかセクハラにあまり強く言えなくなってしまっていた。

 今みたいな、真剣に思い悩むラスの問いについては、なおさらだ。


 あれから。あの死神の部屋でのやり取りをしてから。自称・死神のやつは約束は守ってくれたようだ。

 残り寿命が確かに1月分、しかも31日換算で増えていた。1日とはいえこの差は大きい。


 3カ月の猶予。これは大きいと思うが、それで何が変わるかと言えば、どうだろうか。

 思えば戦いが終わってからこのかた、そればかりを考えていた。それ以外することがないといえばそうだけど、それが僕の命に関わるのだから放ってもおけない。


 つまりどの国を滅ぼすかだ。


 と言っても選択肢としてはあまり多くはない。


 周辺国として今いる西のウェルスと、北のノスルはいわば同盟国。滅ぼすなんてもってのほかだ。南のザウスとなれば、背後には大国のトンカイが控えている。

 そうなれば必然的に東のトントということになる。


 これがまたクセモノで、一応表向きは同盟国ということで、そう簡単に攻め込めるものではない。

 だがもう2か月も前になるのか。凱旋祭の最中に起こったトント国の侵攻。もちろん、あれはトント国を騙った野盗の連中がしでかしたこととして、始末はついているけど、トントが裏で糸を引いているのは間違いない。

 その生き証人でもあるイレギュラーの趙括ちょうかつなどは、まだイース国都の地下牢で臭い飯でも食べているのだろう。


 つまり攻めるとしてはトント、ということでウェルズに来る前には、今やイース国の一方の大臣となったヨルス兄さんとは話をしたわけだけど。

 だからといって、即日トント国を攻めるかといえばそうはならない。


 一応、今回のことでトントの裏には平知盛たいらとももりらデュエン国がかかわっているというのだから、万が一トントを攻めるとなった時に背後を突かれると困る。

 だからこそのウェルズとノスルに対する友好の使者であって、その途中に色々巻き込まれてこんなことになっているわけだけど。


 あと3か月。

 本当にトント国を滅ぼすようなことができるのだろうか。


 この世界の中で八大大国に数えられるデュエン国でさえ、ウェルズ国を滅ぼすこそはできなかったんだ。それを数でも劣るイース国がトント国をほんのわずかな時間で滅ぼせられるかと言われたら疑問だ。

 今回、滅ぼされる側に立ってみて、滅びから反発する力というものを強く感じたものだ。兵1人1人というか、そこに住む人たちの心の強さというか。それらが相まって、今回の戦勝となったのは疑うべくもない。


 何より、トント国に攻め込めば、今度は僕らが侵略者だ。

 山県昌景に対して啖呵たんかを切ったばかりだけど、侵略すれば人は死ぬ。人が死ぬのが嫌なら侵略なんてしないで、大人しく暮らせばいい。

 そこに僕の激しい矛盾がある。

 自分が生きるためには侵略者にならないといけない自分と、人の死を恐れ侵略なんてもってのほかと語る自分。


 そのどっちが正しいのだろうか。


 いや、分かってる。圧倒的に後者だ。

 人の死。それは今回の戦いで多くを見てきた。何より見知った人の死にはショックも受けたし、多少は静まったものの、いまだに悔しさと悲しさと、何より相手に対する怒りが心の奥底に渦巻いている。

 それもこれも、デュエン国が手を出してこなければ起きるはずもないことだった。そう考えるとやりきれないし、侵略なんてことは自分からやろうとは思わない。


 けどそれをやらなければ僕は死ぬ。

 そしてあの自称・死神の言葉を信じるなら、僕が死ねばこの体であるイリス・グーシィンも死ぬ。

 これまで何度も死ぬ思いをしてきたけど、本当に死にたいとは思わないし、こうして心配そうな顔のラスを見れば、おちおち死んでられないとはっきり思う。

 何よりあの時見た、雄々しく神々しく美しい彼女が死ぬなんて、男の僕としては容認できない。


 だからその矛盾する想いに頭を悩ませるわけだけど……。


「イリスちゃん?」


「ん、あぁ。どうかした、ラス?」


「ただ、何か怖い顔して黙ってるから……」


 そうか。今はラスと話してる最中だった。なのにこうも考え込んでしまうなんて。


「ごめん、それでなんだって?」


「ううん、なんでもない」


 そう言って悲し気に笑うラス。

 しまったな。何を話していたっけ。こんな悲し気な顔をさせたくないのに。


 思えば彼女とも妙な付き合いだ。

 元は対立するグループで、僕ことイリスを貶めようとした人物。

 それがこうも懐くようになったのは、ひとえに偶然というか僕の打算的な想いの上であって。


 それでも今では僕も彼女のことは友達だと思っているし、男としてもちょっと男女の付き合いを意識してしまう仲だ。

 あちらもどう思っているかは、はっきりとは言わないけど、少なくとも壁を意識させない交流は感じさせるものだ。


 だから僕は彼女が悲し気な顔をするのは、きゅっと胸の奥が締め付けられるように辛く、あぁそれが今彼女が受けている辛さなのだろうと思ってしまうのだ。

 そうなれば、彼女を元気づける言葉は限られてくる。


「ラス」


「ん、なに?」


「僕は生きるよ。心配かけるかもしれないけど、頑張って、生きて、生きるよ」


 上手く言葉になったかは微妙だ。けど、その想いは確実にラスには伝わった。


「……うん!」


 儚くもそれでいて力強いラスの笑顔は、見ているこちらも活気づく、素敵なものだった。




切野蓮の残り寿命102日。

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