第157話 VS山県昌景
「悪いが、時間がない。圧倒させてもらう!」
「なにを!」
間合いが詰まった。
赤煌を構える、その前に山県昌景が攻撃態勢に入った。まさか。そこから届くのか。
その思考を呼んだかのように、相手が刀を振る。
轟っ、と炎が来た。避けた、と言えば聞こえはいいが、実際は馬の方が炎を怖がって方向を変えたのだ。
「ちっ」
はせ違った。
お互いの武器は空を切り、態勢を整えて再び対峙する。
「イリス!!」
クラディさんたちが追い付いた。
「敵部隊を!」
「分かった」
クラディさんたちが僕の背後を駆け抜けていった。
将である昌景を僕に譲った、というか、部隊の方を今のうちに叩いておくと感じたのだろう。数の上では負けているのだ。ここで無理して昌景を討ち取ったところで、その後に倍近い敵に襲われては目も当てられない。
あるいは昌景がスキルを最大限に使って、僕らを追い詰めるかもしれない。その時は、やはり彼女の部隊が襲って来てジ・エンドだ。
だからクラディさんの判断は冷静で合理的で正解だ。ただ、あれほど復讐に燃えていたにもかかわらず、随分冷静すぎないかとも感じた。
「他人の心配をしている場合か!」
昌景が来た。僕の注意力が散漫になったのを突いてきた。炎をまとった斬撃。一歩踏み込んで受ける。
さっきは少し驚いたけど、要は少しリーチが長くて、先の方が当たり判定のないだけの普通の斬撃。いやそれでも充分厄介だけど、軍神ならその対処はできる。
肝心なのは炎の部分に惑わされず、当たり判定のある刀の部分を押さえれば炎は来ない。だからそうした。
「まだあるよ」
といってもぎりぎりだけど。
「ふざけるな!」
続く打ち込みが来る。違和感。何が、と思う前に次々来る。
それを赤煌で受ける。違和感が加速する。いや、まさかーー
「でかくなってる……?」
昌景の刀。それをまとう炎が、打ち込み事に大きくなっているような気がする。
「私の異能は火の如く。打ち込むごとに火力が増し、強くなる」
異能、スキルか。
火の如く侵略する。
武田の旗印にもなっている、孫子の風林火山の一節。
スキルの性能がその通りなら厄介だ。
が、何だろう。再び違和感。
昌景の一撃一撃は、確かに強烈で舞う炎が厄介。かするだけでひりひりと熱を感じるのだから、直撃すれば大やけどは必須。
けどどこか違う。本気じゃないというか、腰が入っていないというか。
理由は分からない。けど、こちらからしたらチャンス。
「っ!!」
横なぎの一閃。それを馬上から転がるようにして避ける。馬体のおかげで、相手からは消えたように見えるだろう。
そのまま腰をかがめて馬を影にして急ぎ回り込む。相手の左側へと。
右利きの騎乗の相手に対する時、その弱点は左側だ。
右手に武器を持ち、左手は手綱を握る関係上、どうしても左側への攻撃は難しく一手遅れる。
だから基本、騎兵には歩兵が左手をカヴァーするようにして戦うのだが、今は騎馬隊同士、しかも混戦。ゆえに左は手薄。
「もらった!!」
「んっ!」
相手が反応する。だが遅い。赤煌で叩き落してやる。
赤煌を突き出す。
だが、その直前に相手はとんでもない行動に出た。
馬のいななき。
昌景は馬を棹立ちにさせると、そのまま半回転。馬の胴体と高く上げられた足がこちらに向き、さらに大上段から炎をまとった刀が振り下ろされる。
「くっ!!」
金属音。
赤煌を横にして、なんとか相手の一撃を耐える。
大上段からの、しかも馬の着地も合わせての体重の乗った一撃。さらに炎が肌を撫でるおまけ付きで、並みの人間なら受けたまま叩きつけられただろう。
「熱い、熱いな!!」
熱いのはこっちだよ!
昌景が大声を出して笑いながら、さらに一撃、もう一撃と繰り出してくる。
くそ、防戦一方だ。
先ほどの一撃で手が完全にしびれて動かすのに手いっぱい。さらに馬上からの一撃は重く受け止めるのに精一杯で、かといって避けようにも炎が舞い、逃走経路を遮断する。
さらにどうしようもない吐き気と胸の奥の痛みが来て、限界の到来を感じさせる。
このままじり貧で潰されるか焼き殺される。
なんとかと思うが、そのなんとかも何もない。
あと数撃。それでこの勝負が決まる。
そう思った時だ。
「この火力なら」
妙なことを言い始めた昌景は、ふいに馬を返して走らせた。
……逃げた?
いや、もう少しで僕を仕留められそうになったんだ。逃げる必要はない。
なんで?
それが分からず、ただ嫌な予感がして昌景の後を追う。近くにいた馬に飛び乗ると、一気に駆ける。
昌景が向かったのは今や混戦となっているクラディさんたちと赤備の戦いの場。
最初の強襲が効いているのか、あるいはクラディさんたちの決死の戦いが圧倒しているのか、兵力差を考慮しても互角。
戦国最強の赤備といえど、別世界に来て一から組織しなおすのでは最強とはまた違うのかもしれない。
だがそこに昌景が、あの炎を宿した刀を持った彼女が介入すればどうなるか。
斬り、焼かれ、蹂躙される。
いや、待て。あの炎にそこまで制御が効くのか? 今、場は乱れに乱れている。敵と味方を区別して倒すには、若干火力が高すぎる気がする。
なら、何を。
そう疑問に感じていると、昌景が進路を変えた。
混戦の場から離脱するようにして、右へ。その先には――
「くっ!!」
何をする気なのか。まだ分からないけど、嫌な予感は増した。
昌景が向かった方向。それは敵の本隊がいる狭路の方。
木々を倒され混乱した敵は、なんとか前に進もうと躍起になっている。そこへ左右から矢が飛び、さらに斜面の上からカタリアたちによる突撃が行われようとしているところ。
昌景の狙いはそこだ。
けど、何をする?
いや、まさか。あの炎。その力でカタリアたちを焼き払うとか? そんなことができるのか? 分からない。けど、それ以外にここに介入する余地はない。
「くそ!!」
加速する。
だが初速の違いが致命的な差を生んでいた。
昌景は馬を止め、そのごうごうと燃え盛る炎をまとった刀を振りかざし――こちらをむいた。
「くらえ、我が異能の力」
「しま――」
昌景の視線がこちらを向いている。
狙いは僕か。追いつこうと加速した状態の僕は、止まることはおろか方向転換すら難しい。その前にあの炎をこちらに向けられたら、焼き殺されることは明確。カウンターだ。
あのままでも僕を叩き殺せたはずだとはもう考えない。
これが相手の狙い。避けようもない。なら、発動を止めるしかない。
「ああぁぁぁぁぁ!!」
吼える。それで炎が消えるわけがないのに。それでも吼え、相手を叩き落さんと赤煌を振りかぶる。
だがワンテンポ遅い。
「炎災如火・迦楼羅!」
昌景の刀が宙を斬り、炎が舞う。
こちらに向かって――




