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第156話 強襲

 実行した策は簡単だ。

 唯一の狭路で待ち伏せし、左右の斜面から木を切り倒し敵の動きを制限。そこに矢を撃ち込んで左右から突撃して挟撃。


 一番の問題となる木の切り倒しだけど、徴発された農兵たちの中に木こりの人もいたから、倒れないぎりぎりのところまで切れ目を入れておくことができた。

 先ほどのコーンコーンという音は、斧で木に切れ目を入れていた音だったわけで。


 一番の問題点としては、攻撃のタイミングだ。

 右にカタリア、左に琴さんを隊長として置いたから問題ないと思っていたけど、それでも人間の感情はどこで爆発するか分からない。

 目の前を無防備な侵略者たちが通り過ぎていくのを見れば、暴発して策を台無しにされる可能性もあった。


 あくまでも、敵の本隊が通過するところを狙い撃ちしないと効果は激減してしまうのだ。


 だから何事もなく先陣が通り過ぎ本隊が移動を開始してほっと胸をなでおろした。


 そして敵の本隊が十分に狭路に入ったところで、鏑矢かぶらやを放った。

 笛が鳴くように飛ぶその矢は、カタリアと琴さんへの合図となり、そして結果は大成功。


 こちらは農兵ふくめ700、相手は4千とはいえこの状況。敵は狭路で身動きのできない状況で、かつ先陣と本隊と殿軍で切り分けられている。

 恐慌した敵本隊に対し挟撃を加え、さらに仕上げに背後からつついてやれば敵は一気に総崩れになる。


 その仕上げが、今まさに。僕らの手によって行われようとしている。


「イリス、そろそろ?」


 騎乗状態のクラディさんに答えて僕も馬に乗る。

 そして眼前に広がる光景――敵の殿軍を横から眺める。


 そう。僕は狭路にて敵の本隊を攻撃しているわけではない。

 少し離れたところにクラディさんら騎兵と共に隠れていた。それはもちろん、最後の仕上げを完璧にするため。

 混乱している敵の背後を襲えば、隊列も陣形もなく敵は算を乱して逃げ出すしかない。


 そうなれば敵は態勢を立て直すのに時間がかかるわけだし、勝手に逃げ去る分を差し引くと大きく兵力を減少させられる。

 対してこちらは、レジューム砦の兵と合わせたウェルズ軍とそう数の上では大差がなくなるわけで、そこで無二の一戦を挑んでもいいし、わざと退路を開けて逃げる敵を追撃してもいい。


 つまりこの時点で勝利は7割決定しているわけで、ここを乗り切ることができれば勝ちに大きく前進する。


 まぁそれが一番難しいわけだけど。


 おそらく殿軍にいるのはあの男――いや、女か。

 赤備あかぞなえ山県昌景やまがたまさかげ


「ごほっごほっ」


 こみあげるものを手で押さえる。

 もう、あまり持たないかもしれない。残りの寿命は83日。ここで全力を出しても得られる土地は一片もなく、ただただ死へのカウントダウンを加速させるだけのものでしかない。


 それでも。

 ここで手を抜けば、わずかある可能性を放棄するだけにしかならない。

 そして、将軍の無念を晴らすのは今、この場においてない。


 はっ。なんだかんだで自分も仇討ちに燃えてるじゃないか。無理だろとか冷めていたのに。やっぱり、辛いもんな。

 それがいいことかどうかは、一旦置いておいて。今、この場で生存への道を確かに進んでみよう。


「はい、行けます」


「よし……レイク隊、突撃! 将軍の仇をここで晴らす!!」


 クラディさんが抜き身の剣を掲げ、号令して走り出す。

 それに答えるかのように、部下たちが、レイク将軍の恨みを晴らそうと雄たけびを上げて続いていく。


 僕もそれに続いて馬を走らせる。いや、むしろ抜いていく。

 それほど名馬というわけではないけど、彼ら彼女らは鉄製の鎧を身にまとっているから重い。対する僕は要所を守るためだけの軽くて丈夫な革を何枚も重ねた防具だけだ。さらに体も小さいから体重も軽い。

 そうなれば必然的に、僕の馬の方が速い。


「ちょっと、待ちなさい! 将軍の仇は!!」


 クラディさんの抗議も無視し、そのまま加速する。

 直属の部下であった彼女が一番槍をつけたいと思うのは分からなくもない。


 けどダメだ。

 ダメなんだ。


 相手はあの山県昌景。

 イレギュラーで、つまりスキル持ち。


 そんな相手に、失礼だけど何も対策もなしに突っ込めば返り討ちは避けられない。

 だから僕が相手をする。それが唯一、可能性がある戦い。


 あとで何て言われようと、無駄に戦って無駄に死なれては困る。傲慢な言い方かもしれないけど、ここではそれが真理。


 だから、行く。


「山県昌景!」


 叫ぶ。こちらに向けて陣を組んでいる赤備に向かって。


「来るか! 少女!!!」


 その先頭。そこにいる小柄な赤い鎧が吼えた。

 そしてそのままに馬を走らせる。それに敵が続く。200、いや、300もいるか。


 3倍の敵。敵に余力をもたれたら負けだ。ここは一気に決める。


「軍神、力を貸せ!」


「たわけたことを!! ならば赤備の力、見せてやる!!」


 赤煌しゃっこうを振りかざす。対して、敵は剣を、日本刀のように反りの入った刀を振りかざす。

 勝てる。そう思った。

 相手は小柄。つまりリーチが短い。それなのに刀を使うなんて舐めているのか――いや、そうじゃない。それでも相手は山県昌景、そしてイレギュラーなんだ。

 そこを見落とすと、寿命より先にここで死ぬ。


 そしてその直感は、大きく外れることはなかった。


「燃え上がれ、赤備!!」


 山県昌景の叫びに答えるように、刀が震える。そしてその刀身が真っ赤にきらめいたかと思うと、空気が一気に放出され、それは刀の周囲にとぐろを巻いていく。

 そして現れたのは、元の2倍ほどの刀身となった刀。ただしその刀身は、燃える炎によって彩られている。つまりは炎の剣。


「そんな無茶な!!」


「無茶でもこれが道理だ!! 火のごとく、侵略させてもらう!」


 ああそうかよ。これが山県昌景のスキル。

 武田の旗印、孫子の風林火山の一節。『侵略すること火のごとく』にまつわるスキルということか。

 かといって、本当に火を出すとは。


 なんか望月千代女の分身といい、これといい、僕のスキルがすごいちっぽけに見えるのはなんでだろう。派手じゃないんだよなぁ、身体強化ってさ!


 愚痴を言ってもしょうがない。目の前の脅威は脅威としてあるんだ。

 本当に先にクラディさんが当たらなくてよかった。いや、本当に。


 それだけを感謝しつつ、僕は馬を加速させた。

 敵を、仇を討つために。

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