第155話 襲撃の策
敵はどうやら兵を退くらしい。
1つにまとまって西へと兵を進めていると報告が入った。
あるいはすべてをかなぐり捨てて、ウェルズの国都を狙われないかとびくびくしていた。
実はそれが一番やられて辛いものだ。守備隊はないに等しいから、キズバールの守りを突破されたら6,7割でウェルズは滅んでいた。
けどそのためにはかなりの犠牲を払わなければならないし、僕らが取って返せば挟撃されてせっかくの勝ちが霧散する危険性は十分にあった。
とはいえ敵が退くと聞いて一番ほっとしたのは僕だろう。
敵の軍がいるだろう場所から西に5キロほど移動した先、狭路の入り口を背にしながらほっと一息。
「今ごろ大将軍たちは戦っているのかしら」
カタリアが隣に来てつぶやく。
どうやら剣の具合を見ているようで、右手で剣を振ったり握りなおしたりしている。
彼女の剣は、すでに血のりや刃こぼれですでに満足な状態ではなくなってしまっているから、亡くなった兵のものを代わりに使っているのだが、どうもしっくり来ないらしい。
そもそもが彼女の使っていた剣は、握りの部分には丈夫な皮を巻き、柄には華美な装飾が入っていたりしたので、かなり重そうなものだった。それが何もないただの量産された剣を手にして馴染むわけがないだろう。
「もう少しじゃないかな」
僕ら――レイク将軍の残した軍はと徴兵された農兵たちを合わせて700ちょい――は今、別行動を取っている。
大将軍らは西に向かって、レジューム砦の解放に向かっているから、早ければもうぶつかっているはずだ。
レジューム砦を包囲する1千に対し、大将軍の率いる2千と砦にこもる500だ。敵がこんなところに来るはずがないと考えている攻囲軍にとって、大将軍らの兵は奇襲になるだろうから、それほど戦いは難しくないはずだ。
おそらく敵の本隊もこちらの動きを察知して兵を進めているのだろうが、大将軍らにとっては自国内の移動。敵の知らない部隊を通す道も知っているだろう。そのために軍を割ったのもある。
自国の地の利を得て、敵を出し抜いたのはまずは上々。
あとは敵が戻るのが先か、大将軍がレジューム砦を解放するのが先かというレースに発展している。
もちろんそれを運任せにするほど僕は楽観主義者じゃない。
だからここで手を打つ。それが僕たちというわけで。
とはいえ、700で4千以上の敵を真っ向から迎え撃つわけにはいかない。
そのための細工は流々ということなんだけど。
「…………」
カタリアは黙りこくってしまっている。
話をしに来たのか、様子を見に来たのかは分からない。
彼女の置いた部隊に文句があるようでもない。けど、この沈黙がちょっと怖い。
「どうかした?」
こういう時は、少し明るく聞いてみるに限る。
するとカタリアは鼻を鳴らし、
「別に。よくもまぁ、こうもポンポンといやらしい作戦が思いつくと思って」
いやらしいって……。
けど、仕方ないじゃないか。相手が弱点を突く、嫌なことをするのが勝負に勝つための秘策なのは、スポーツだろうとなんだろうと変わりはしない。
それに命がかかったこの状況下でそんなことは言ってられないんじゃないのか?
「別に文句はありませんわ。ただ、今まさにやっているアレ。よくもまぁあんなことを……」
カタリアが先読みしたように、そう語る。
視線が僕らの背後を示していた。
あぁ、なるほど。今も僕らの背後でコーンコーンと音を鳴り響かせているアレか。
「地図を見ただけで、ここを決戦の場にするつもりでした?」
「それだけじゃないよ。ウェルズの兵たちに色々聞いてここしかないと思ったんだけど」
「だとしても……」
カタリアの歯切れが悪い。それになんだか苦痛をこらえているようで、心配になる。
怪我でもしたのか、あるいは病気? いやそんな感じではない。というよりあまりこっちを見てくれないのが辛い。声にも若干、敵愾心に似たものを感じる。
それとも僕が何かした?
けど何を?
いや、あるいは。
彼女は万全で、何ら健康面に問題がないとするなら。
そして、僕が何かしたという意識もなく、彼女の気に障ることをしてしまったとするなら。
この作戦か。
自分が立てた作戦じゃないと嫌、というほど彼女は子供じゃないはずだ。
だとすれば、僕の立てた作戦が気に食わない。いや、もうちょっと行く。今までの会話の流れからすると――
『わたくしにも思いつかなかったことを、どうしてあなたなんかが?』
ということなのか。
我田引水、手前みそ、ご都合主義な考え方かもしれないけど、それは正解な気がした。
そしてそれは僕の気を咎める。
そもそも、歴史に対する知識量やゲームという模擬戦の絶対量が違うのだ。伊達に2倍近くの年齢を生きていない。
だからこの差は本来ありえない、転生というチートを使ったが故のずるだ。
けどそれを言ったところで信じてもらえないだろうし、かといって下手な慰めをすると彼女の性格上、絶対に受け付けない。
困ったな。
というか変な話だ。数千の人間を撃退する方法はいくらでも考えつくのに、たった1人の女の子を納得させる方法はまったく考えつかないというのだから。
「なんですの?」
睨まれた。怖かった。
「はぁ……ま、いいですわ。あなたの呆けた顔はいつも通りですし」
どういう意味だよ。
「そんなことより……ん、あれは」
と、カタリアが何かに気づいた。
視線の先、遠くに土煙が見えた。
何が、と思う間でもなく軍勢。そして味方だ。
レイク将軍麾下の騎兵100騎だろう。
「旗、あげて」
イースからついてきた兵に旗をあげさせる。
すると背後から聞こえてきたコーンコーンという、けたたましい音は鳴りを潜めた。
「敵4000は一団となってこちらに向かって来るわ。あと20分といったところ」
戻って来たクラディさんがそう伝えてくれた。
想像より少し早いな。けど想定外じゃない。
「お疲れ様です、被害は?」
「あるわけないわ。言われた通り、突っ込むように見せて敵が動いたら逃げるだけだから。子供でもできる」
クラディさん。最初は大人しめの礼儀正しい人だと思ったけど、本性をあらわした後はこうもつんけんしている。
カタリアもすぐに慣れたようで、今では普通に聞き流していた。
「仕掛けは?」
「十分。あとは仕上げを御覧じろってことで」
「ふぅん?」
すごいうさんくさそうな目で見られた。
多分、彼女の中にはレイク将軍の仇を取る以外のことはないのだろう。きっと僕も役に立つ道具程度にしか思っていなく、仇を取るのに有用そうだから話を聞いているくらいのものに感じていそうだ。
それはとても悲しくて、寂しくて、辛くて、ちっぽけで、虚しくて、だからこそ何とかしてあげたい。そう思う自分がいて。けどそのためには人を傷つけなければいけないわけで。
「辛いなぁ」
「辛いならさっさと帰りなさい。あとは全部わたくしがやっておいてさしあげますわ!」
「は? 今更何を言ってるんです? ここまでやっておいて抜けるなんて、将軍の霊を夜な夜な枕元に立たせますよ?」
相変わらずのカタリアに、なんか色々怖いクラディさん。
……傍から見れば両手に華なんだろうけど、まったくそう見えないのは何故だろう。
「……! 来た」
クラディさんがやって来た方向。そこから人馬のざわめきが聞こえる。
敵の軍勢だ。
さすがにカタリアもクラディさんにも緊張が走る。
「よし、配置について。ここで。敵を足止めする!」
戦力差は圧倒的。けどここで退くわけにはいかない。
ここが天王山。デュエン軍との最後の戦いになると信じて。