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第152話 仇討ち

「もはや許せん! デュエンの侵略者どもを皆殺しにしろ!!」


 ウェルズ軍本陣は、レイク将軍戦死の報を受け取って、士気は天を焦がすほどに高まっていた。


 あれから――レイク将軍が亡くなって、その遺骸と共に友軍が待つ陣地に帰った後。誰もが傷つき、友を失い、打ちひしがれている中を、僕とカタリアは、レイク将軍の副官の女性――クラディさんに連れられて大将軍らが待つ本営に入ったのだ。


 そこでクラディさんによるレイク将軍戦死の報告がなされた。

 それで今、こうなってしまったわけで。


 咆哮は伝播していき、誰かが外の兵たちにも伝えたのか、泣き声とともに怒声が飛んできた。


「デュエン国討つべし!」


 そんな言葉が聞こえ、レイク将軍の人徳の影響を嬉しく思いながらも、その熱量にどこか気後れしている自分がいた。

 冷めているといってもいい。


 かくいうカタリアも、


「レイク将軍の仇を取る。ええ、わたくしもやりますとも!」


 なんてことを言ってたけど、僕はそれとは正反対。


 え? なに?

 仇討ちとかすんの? バカじゃないの?


 といった気持ちだ。


 もちろん、レイク将軍の死は悲しい。復讐心がないわけじゃない。

 けどそんなことをしてどうなる。

 というより実際問題、どうやってやる?


 現実は漫画や小説じゃない。

 主人公だから圧倒的劣勢でも勝つなんてことはないし、熱い思いが奇跡を起こすことなんてありえない。

 正義が勝つとは限らないと言うように、勝った方が正義。そして強い方が勝つ。


 ここで敵味方の戦力比較をしてみよう。

 敵はおよそ4000強。

 知将・平知盛に率いられた軍は強く、何より山県昌景による赤備は精強。そこに望月千代女という諜報機関であり暗殺部隊が根を張っていて、油断も隙もあったものじゃない。


 対する僕ら。ウェルズとイースの連合軍だが、兵力は3000もない。

 そして連合軍と言うにも憚られるほどにイース国の兵力は少ない。怪我で離脱を余儀なくされた人数を退いて、残り16人。あれだけの激戦で死者がなく離脱が数人というだけで奇跡的な数字だが、1千人以上の人間が戦う場所で十数人しかいない部隊なんて蟻んこ以下だ。関ケ原の島津家でももっといたぞ。


 それを率いるのはオジャン大将軍。その武勇はすごいらしいが、悪く言えば脳筋だ。

 唯一の知性派であるレイク将軍亡き今、配下のすべてが脳筋という始末。

 援軍の僕らとしてもほぼ新参で、初陣を果たしたばかりの人間ばかり。琴さんは強いと言っても軍を率いる強さじゃないし、何より今はもう気力を使い果たして辛そうだ。


 こうやって見れば、兵の数でも将の質でも圧倒的に負けている。

 しかも先ほど徹底的に敗北したのだ。


 そこに士気がちょっと上がったからといって、勝てる要素はまったくない。

 敗けるのが分かっているのに勝負を挑むなんて愚か以上の何物でもない。僕が冷めた視線を送るのも無理ないだろう?


「戦うのだ! 散っていった将軍のために、我らは侵略者に膝を屈してはならない! たとえウェルズ軍1人になろうとも、奴らを撃退すれば勝ちなのだ!」


 そんなわけあるか。

 心の中でつぶやく。


 軍が1人になっても敵を追い払えば勝ち? 冗談じゃない。そんな状態になったら、たとえ無理してでもデュエン国は1週間後に再侵攻する。そしてウェルズ国は滅ぶ。

 もちろん比喩だとは分かってる。けどその心意気は玉砕に陶酔した愚者の言い分だ。えてしてその最後の1人というのは、大将軍自身だったりするのだろうから。


 その想いが顔に出ていたのだろう。


「イリス、何が懸念ですの」


「え?」


 肘でつつきながら、カタリアが小声で話しかけてきた。


「そんな顔してると、あの大将軍様に疑われますわよ」


「それは……」


「兵力差があるのは承知のうえ。それでもここにとどまって戦わなければ、ウェルズ国弱しの風評が流れ、各地の豪族は離反し……国が滅びますわ」


 言われ、気づいた。


 まいった。カタリアは僕よりちゃんと情勢を見ていた。

 レイク将軍の死に動揺しているのは僕の方だったのか。


 風評。

 そんなゲームにもない概念が、この世界では力になるんだ。


 何度も言う通り、この世界はまだ兵農分離されていない。各地の豪族から兵を募っている状態だ。

 だがその豪族がクセモノ――というか誰もが負ける戦いに参加なんでしたくない。豪族も言ってしまえば小さな国だ。豪族というトップに農民という人たちがいる状態。

 敗ければその生産者である農民たちが減り、何より自分の命すら危うい。さらに負ける戦いに付き合ってられるか、と農民に下剋上を起こされる危険性だってある。


 負け戦になれば、豪族も自分の進退を決めなければならない。

 沈む船にいつまでも乗っているわけにはいかないのだ。


 だからこそ、国軍側とすれば豪族たちをつなぎとめるため、勝てること、少なくとも圧倒的敗北でないことを喧伝けんでんしなければならないのだ。そうしなければ、豪族が敵に寝返りまくって国は滅ぶ。


 まさかあの大将軍もそれを見越して……?


「……まさか、な」


「でしょうね」


 カタリアも僕と同じ思いだったようだ。

 それがおかしくて少し笑ってしまう。


「なにがおかしいんですの!」


 小声で怒鳴るという荒業をしてみせたカタリアは、小さく鼻を鳴らすと、


「分かったのならさっさと策を考えなさい。わたくしだってレイク将軍の仇を討ちたいと思いはあるのですから。だからどうすればいいのか考えなさい。それが副官兼軍師兼雑用兼仇討ち部隊補佐官としての役割でしょう」


「はいはい」


「はいは1度!」


「はいはい」


 なんというか、いつも通りのこいつで安心した。いや、そう振るまってくれているのか。


 そうだ。考えろ。

 ここにいるカタリアとイース国の兵たち、ウェルズ軍にいる皆。


 それだけじゃない。

 ここで負ければウェルズ国は滅び、そしてイース国も危機に瀕する。


「ごほっ、ごほっ」


 込み上げるもの。

 抑えた手のひらに赤い液体が漏れる。


 また無茶したからなぁ。けど、ここで無理せずどうする。


 父さん、兄さん、姉さん……。

 出会った新しい家族の顔を思い起こし、深く、思考の迷宮に神経を埋没させた。

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