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第150話 VS平知盛

 敵が来る。

 こちらの十倍の兵力をもって。


 本当、なんでいつもそうなのか。本当ならもっと大軍で相手を圧倒できたはずなのに。

 けど、そうなったらカタリアやタヒラ姉さんらとも知り合うことはなかった。もしかしたら、彼女と戦場で敵対していた可能性もある。

 それはゾッとしないことだ。


 だからそんなイフなんて考えても無駄だし、何より今はそれとは逆の状況。

 もはや尽きようとしている命も、皆を守るためならあるいはと思ってしまう。


「ふぅぅぅぅ」


 迫りくる敵に、大きく息を吐く。

 その肩にぬくもりが乗って来た。


「いりす。そう怖がらなくていい」


「琴さん」


 琴さんが薙刀を肩に担いだまま、向かい来る敵を眺めながら言う。


「あれを止めればいいのだろう?」


「そうだけど……でも琴さん」


 確かMPが足りない的なことを言ってたけど。

 それを琴さんはニッと笑って見せて、


「任せておくがいい」


 一歩前に出た琴さんは、担いだ薙刀を二度三度振ってみせる。


「琴さん、何を……」


「我が法神流に限界はない!」


 琴さんが叫ぶと同時、その薙刀を頭上から大きく叩きつける。

 すると突風、ではないが、小規模に集まった風がその場で渦を巻き、その場で天高く舞い上がる。小型だが、それも2つ。

 そうやってできた自然現象を人はこう呼ぶ。


「竜巻……!?」


「我が法神の奥義は天地に通ず。すなわち、風なり」


 なんでもありか、この人は!

 けどこれはチャンスだ。まがりなりにも敵の足が止まった。

 200の突撃を受けるなんてことは防げたわけだ。


 なら!


「カタリア、あの竜巻を迂回して敵の横を突いてくれ」


「命令するんじゃありませんわ! ちょうどわたくしもそうしようと思ってたところですから! 行きますわよ!」


「カタリア、くれぐれも深追いは……」


「一撃離脱! それでいいのでしょう!?」


 こちらが返事をするまでもなく、カタリアが兵のほとんどを率いて離脱する。


 よし、あとは僕も反対側から襲うふりだ。

 それで時間をかせいであとは――


「イリス殿!」


 兵が叫ぶ。

 何を、と思った瞬間。目の前の竜巻の合間から何かが飛び出してきた。


「このような風など、笑止千万! この私にとっては、もはやそよ風よ!」


 一騎の騎馬武者だ。

 ところどころ赤をあしらった西洋風の鎧だが、その下から見える男は間違いなく東洋人。

 そして何より、抜き放たれた太刀。湾曲したその反りから、日本刀に近しいものに思える。


 そんなものを先頭きって突撃してくるなんて人物は――


「平知盛!?」


権中納言ごんのちゅうなごんである!!」


「なに!?」


 どういう名乗りだ!?


「小癪な、我が法し……っ!」


 僕の前にいた琴さんが迎撃に入る。だが、足がもつれたようにしてその場にへたりこんだ。

 その糸が切れたような動作を見て、自分が情けなく思う。

 やっぱり、無理してたのか。そこまでして、彼女は僕らを守ろうと。


 その琴さんの想いを受け、より一層力強く前に出た。


「無礼者!」


 片手で振りかぶった状態から、投擲でもするかのように大振りで太刀が来た。


 速いっ! けど!


 金属音。

 真正面から赤煌しゃっこうで受けた。


 重い。

 腕の怪我を差し引いても、馬の速度を入れても、この人は強い。

 あれだけの太刀を軽々片手で振り回すのだ。並みの膂力りょりょくじゃない。


 くそ、平知盛ってただの総大将のボンボンじゃなかったの……って、そうか。『錨知盛いかりとももり』だ。壇ノ浦(だんのうら)で最期を迎えた知盛は、船のいかりを担いで入水したという。

 巨大な錨を持ち上げられるのだから、相当な怪力ということだろう。


「イリス殿!」


 ウェルズの兵たちがどよめき、こちらに介入してこようとする。


「来るな!」


 それを止めた。

 この男。尋常じゃない。下手に来れば、犠牲を増やすだけになりかねない。


「ふははは! そういうことだ、小娘! だが!」


 太刀が引かれた。違う、また来る。一撃。受けた。すぐに次。受ける。次も。さらに次も。

 止むことのない暴風に、終始圧倒される。というのも、


「ははははは! やる! だが、こうだ! なに!? ならばっ! 小癪こしゃく! いい加減に!」


 一太刀一太刀が言葉と共に来て集中できない。


 受けた太刀筋が10を越えたころ、上段からの打ち下ろしを赤煌で受けると、


「小娘! 名をなんと言う!?」


 なにを言い出した?

 名前を聞いた? 僕の? 敵である、僕の?

 その名前を聞いてどうするつもりだ。いや、名前を聞いた上で、僕を斬ろうというのか? その神経が理解できない。名前を知ってしまったうえで、その相手を殺すだなんて。


 いや、これが源平の武者なのだ。

 たがいに名乗り合い、誰が自分を殺した相手かを認識しながら死んでいく。そんな壮絶な、現代人とは異なった生き物。


 けどその壮絶さゆえに、すがすがしさゆえに、彼らは1千年の時を語り継がれてきた。


 その歴史的英雄を相手に、僕は黙っていることはできない。


「イリス……イリス・グーシィン!!」


 その答えに満足したのか、本当に嬉しそうに知盛は笑みを浮かべ、


「良き! いりすよ、存分に我が智謀を味わえ!」


「智謀関係ないし!」


 むしろ脳筋に見えてきた。


「ええい、大将を助けろ!!」


 僕たちの一騎討ちにごうを煮やしたらしい、竜巻で足止めされていた敵兵がこちらに向かって来る。

 横から襲い掛かるカタリアの軍に対し、兵を分けたうえで。片方がこちらに来る。


 そうだ。今は総大将が一騎で突っ込んできた状態。数のうえでは5対1。圧倒的有利。そして中世において、総大将を討ち取られることが全軍の崩壊につながるというなら!

 そしていかに平家の総大将だろうが、『錨知盛』だろうが、軍神ではない!


 なら!


「ここで、あんたを――」


「むっ!」


 太刀を一気に弾いた。

 知盛の顔色が変わった。そしてすぐに太刀を操るが、遅い!


「軍神の一撃を!!」


 力を一身に込め、放つ一撃。それはどんな豪傑でも倒す、それほどの威力を誇るはず。

 だったが。


「取らせない」


 瞬間、背筋が凍った。

 それほどの純粋な殺気。


 身を投げ出した。それが功を制した。

 頭上を何かが薙ぐ。それは死を運ぶ銀色の風。


 無理やり回避したから、馬から転げ落ちることになった。追撃はない。

 それは相手に情けをかけられたわけでもなく、ただ単に優先順位の問題だった。


「ええい、千代女! 何をする!」


 見上げれば、馬上で知盛に抱き着いた形の巫女がいた。


「何をするもなにも……あんたが死ねば負ける。それは勘弁。だからここは退く」


「退くだと!? まだこちらはあの“いりす”に!」


「馬鹿が馬鹿みたいに馬鹿をして馬鹿を演じるから苦労する。こっちの仕事は終わった」


「っ!!」


 なんだ、何を話している?


 いや、今のうちだ。今のうちに再び馬上になると、そのまま手綱をしぼって、知盛に迫ろうとする。


 だが――


「「「させないと言った」」」


 3つの同じ声。剣。来る。避けた。弾いた。あと1人――間に合わ――


「はぁ!!」


 衝撃は来なかった。

 代わりに激しい金属音が背後で鳴り、


「いりすに冥府の門をくぐらせるわけにはいかないさ」


「琴さん!」


 琴さんの薙刀が、宙からの千代女の一撃を防いでくれていた。

 だが、琴さんは明らかに肩で息をして顔色が悪い。けど今、彼女が薙刀で防御してくれなければやられていた。


「ちっ……」


 望月千代女の分身は、舌打ちをしながらくるくると宙を舞い、着地したのは本体の千代女の場所。

 重なるようにして、分身体が1人の千代女となった。


 やっぱりこの分身の術、やっかいだ。


 どうする。ここには5人しかいない。千代女が数百人に分身したら防げない。いや、だったらなぜそれをすぐにやらない? もしかして琴さんと同じ、MP的な制限か? 僕が軍神の力を使ったら寿命が削れるように。それなら今、襲いかかれば勝てるか? いや、相手もこちらの事情は知っている。時間を稼がれれば、離脱の時を失った僕は包囲されて殺される。なら一撃で……勝てるのか? 分からない。千代女にスキルがあるなら、知盛のスキルもあるのだろう。それを相手に一撃でやれるのか。いやいや、でもここは千載一遇のチャンスだし……。


 頭の中をぐるぐると思考が回る。

 だが、その決断をする前に敵が動いた。


「ここまでだな」


 知盛が太刀を腰に差した鞘に納めると、馬のきびすを返す。


「何のつもりだ?」


「なに、今日の戦いはここまでなのだよ、いりす」


 ここまで?

 ここまでやって?


「では、いりす。また会おう」


「逃がすか!」


「逃げるのではない。こちらが見逃すのだ。すでに目的の1つは果たした」


「目的?」


「戦いの目的はそう。兵を減らすこと。土地を奪うこと。そして――優秀な将を殺すこと」


「…………まさか!!」


「気づいたか。ではそちらの勇敢な将によろしくな。間に合えばの話だが」


 最後まで聞かずに馬を返した。

 その際に、琴さんを拾うのを忘れない。


「どうした、何が……?」


 琴さんの疑問には答えず、いや、答えるのももどかしい。

 だからその場にいる残りの兵たちに聞こえるよう、大声で怒鳴る。


「全軍、撤退だ!」

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