第149話 遭遇
「よっ、と。不満か、いりす?」
僕の馬に誰かが乗って来た。琴さんだ。散々暴れたのだから疲れたのか、もしかしたら馬に乗るのが気に入ったのかもしれない。
不満、か。
確かに、あそこで大将軍が気概を示してくれれば、敵の本隊を挟撃して勝利へと持っていけたと思う。
僕がゲームのプレイヤーならそうしていた。けどここはゲームじゃない。現実。それぞれの思惑と感情が絡み合い動くのが現実。
そうそううまくいくものじゃない。それは分かってる。けど……。
「そう、かもしれないです」
「あまり欲張ると、魂が冥府に引き込まれれるぞ。その呼吸はケンカと同じだ、そう土方殿は言っていたぞ」
そういえば聞きそびれてたけど、この人は土方、つまり新選組の鬼の副長・土方歳三と知り合いなのか?
幕末っていうくくりだし、新選組と新徴組って似たような組織にいるけど、そんな組織も琴さんも僕は知らない。新選組に類する幕府側組織といえば、佐々木只三郎の見廻組くらいだ。
「ほぅ、佐々木殿も知っているのか。これもまた奇縁、佐々木殿とは浪士組で上京した時に共に魂を共鳴させた仲だ。とはいっても、あちらは旗本の取締役。こちらはしがない平隊士。一方通行の認知でしかないけどね」
あぁ、そういう。
琴さんも浪士組――いわば新選組の前身となる場所にいたのか。だから土方と知り合いに。くそ、羨ましいな。
けど新選組関連に名前がないってことは……江戸に帰ったってことかな?
そんな風に思考を巡らせていると、くすっ、と背後から笑いが漏れた。
「いりす、君は摩訶不思議だな。異人でありその若さでありながら、土方殿や佐々木殿のことを知っている。まるで遠き地にてすべてを見通す天眼通のようではないか」
「あー、いや。それは……」
琴さんの疑問には色々事情があるわけで、それにどう答えようかと迷っていると、
「敵、西の方角より、来ます!」
「!!」
緊張が走る。
背後から敵は来ない。だからこのまま一気に離脱できる。
そう思った矢先のことだからだ。
「戦闘準備! 敵の攻撃に備えなさい!」
レイク将軍が迎撃の準備をしようとする。だが、それにも増して敵は――
「速い!」
数秒前まで彼方にいたと思った敵が、もう土煙を飛ばしてすぐそこまでやってきている。迎撃態勢が間に合わないどころか、このままだと横脇を食い破られる。
「レイク将軍、先に離脱を!」
「何を……」
「時間がない、早く!」
怒鳴ったところで事態が加速するわけでもなかった。
だから敵がその速度を持って、こちらに突っ込み――
「え?」
止まった?
敵が100メートルほど離れた位置で停止した。
いったい何が、と思っていると、
「やぁやぁ我こそは! 伊勢平氏の棟梁にしてこの国の真なる支配者・平相国(平清盛)が息子にて、隠れなき麒麟児にして権中納言の平知盛である! 敵将! いざ名乗られよ!」
……馬鹿だ、馬鹿がいる。
絶好の奇襲の機を逃して、まさかの名乗りをするなんて……源平の武者じゃないんだから、いや源平の武者だよ。そりゃ名乗るよ。けどさぁ、もっとやりようあったんじゃない? てか総大将が来たの? 何考えてんの?
っと、“そんなこと”はどうでもいい。これは相手が与えてくれたチャンスだ。
「将軍、今のうちに!」
「あ、ああ……」
あっけに取られていたレイク将軍の尻を叩いて、軍勢を離脱させる。
「我が必勝の策を逆手に取り、我が本隊を強襲することでせん滅を逃れたのは見事! なれどこの知盛の――ぐほっ! な、何をするか千代女!」
てかまだ続いてたの?
なんかごたついてるけど、いいぞ、もっとやれ。てか今、殴られてなかった? 総大将なのに?
まぁいいや。その間に離脱できればこれ以上はない。
「ええい、こうもなれば是非もなし! 全軍、突撃! 愚かな“うぇるず”どもを皆殺しにせい!」
来る! もうちょっと遊んでいて欲しかったが……。
「イース軍、僕に続け!」
「ちょっと! 何をするつもりですの!?」
カタリアの叫びを無視した。あとで指揮権がどうのとか言ってる場合じゃない。その“あと”がこのままではなくなる。
敵の数は200かそれ以上。こちらは20。
「敵の突撃を止める」
「この兵力差で、馬鹿ですの!?」
「一度なら、できる。琴さん」
「申し訳ないが、ボクが魔の力には流れる川のごとくとはいかない。あれほどの風は、そうやすやすと連発はできないんだ」
え、そうなの?
てかそういうこと早く言って!
「なに、あれくらいの敵。ボクの薙刀捌きをみせてやろうじゃないか」
頼もしい発言だが、あれは先ほどの敵と一緒にはできない。
仮にも総大将の軍だ。つまり敵はすべて軍人。そう簡単に崩れることもない。
けど琴さんのスキルが使えないなら、あとは僕がやるしかない。
全身を集中させ、敵の動きを見極めろ。
敵が10倍というのなら、僕が9倍の敵を倒せばそれでイーブン。そう考えろ。
歯がガリっと鳴った。力を込めすぎたようだ。
だから叫ぶ。
「来い、平知盛!」