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挿話15 平知盛(デュエン国軍師)

「どうやら派手に負けたようだね」


「うるさいね。あんただって同じようなもんでしょ」


 斥候せっこう部隊のせん滅に出た昌景が、報告に戻って来た。


 いつも千代女と組んで馬鹿にしてくるのだ。

 だから「ざまぁ見ろ」と言ってやりたいところだが、ここは戦場。私情を廃して勝利のために冷徹にならないと負ける。

 とはいえ、少しは意趣返しの思惑もあったのだろうから、自分もまだまだ感情を支配しきれていないようだ。


 とはいえ内容は全くもって笑えない話だ。


 なにせ1千を出して100かそこらの敵をせん滅できなかったのだ。殿軍でんぐんがいたとしても、討ち取ったのは10にも満たない数だけ。

 そんなことがあり得るのか。


 あり得ない。

 だがあり得てしまっている。

 つまりそこには何かしかの異常があるということで、それを放っておけば、この後の展開に支障をきたす。


「異能持ちか?」


 この世界には常識では説明のつかない特殊な力を持つ人間がいる。

 私もその1人。そして昌景と千代女もそうだと知っている。


 それを我々の間では“異能持ち”として、通常の兵とは区別している。

 それほどまでに、戦局を覆せるほどの異能なのだ。


 だからその殿軍には異能持ちがいて、それを知らなかった昌景は苦戦した。そう思ったのだが。


「……おそらく、いや、どうだろうか。分からない」


 昌景は珍しくうろんな返答をする。


「ふむ。だとするとあの殿軍が異様な強さを発揮したということか」


「そうじゃない。アレは、個人の武だ。それで1千がいいようにされた。笑ってくれてもいい」


 笑えない。そんな一騎当千の敵がいるのであれば、作戦は根底から考え直さなければならない。


「だがどういうことだ? 個人ということは1人だ。それをお前がそこまで持て余すということは異能持ちということではないのか?」


「ああ、そうだ。1人に違いはない。けどね、あの種の化け物は、まれに出てくるんだ。私がいた戦国の世にも、そういう異形の将がいた。長尾というんだけどね」


 長尾。はて、そんな苗字はいたか。

 いや、時代が違えば出てくる傑物も違う。まさか源氏のわけないだろうから、その長尾も平氏だろうな、きっと!


「あれは単体で完結している化け物だ。一騎で突っ込んで戦局をごちゃまぜにする。そちらの時代にもいたんじゃないか? 1人で戦場を支配する化け物が」


「……試しているのか?」


「まさか。事実確認をしただけだよ」


 義経。あれも個の化け物。

 いい加減、それは認めよう。個によって戦局がガラッと変わることはあり得るのだから。


「そうか。だからその相手が一種の化け物なのか、それとも異能持ちなのか分からないということだな」


「そういうこと。ただ、どこにでもいるような人物じゃない。見た目は可愛らしい、金髪の女子だったよ」


 お前も女子おなごだろう、とは突っ込まない。

 それ以前に、その情報が琴線に触れた。


「女? 子供か? ほかに特徴は?」


「ん……そうだな。やけに身軽で、鎧らしい鎧も着ていなかったが……ああ、だから左腕に傷を負わせたという報告を受けている。あとは、そうだな。赤い棒を使っていた。あれほどの使い手はそういない。いや、かの鬼小島おにこじまを思いだした。あとは右肩に傷を負っていたと思う。そちらの動きが鈍っていた」


「棒……そして右肩に、傷」


 その情報は聞いていた。

 誰に聞いていたかというと、


「そう、あれが例の敵」


 不意に背後から声がした。

 それはつまり、私が気づかないままに相手に生殺与奪の権利を与えていうこと。

 それをこの陣中でできるのは、あいつしかいない。


「趣味が悪いぞ、千代女」


「悪くない。そうやって肝を冷やす知盛を見ると面白いから」


「それを趣味が悪いというのだ!」


「そう怒鳴らないで。器が知れる。とにかく、昌景も会ったのね。あの異能に」


「やはり、そうなのか」


 そう、千代女から聞いた人物と

 金髪。少女。右肩に傷。赤い棒。


 先日の、“いいす国”の使節団に対する奇襲を見破り賊を敗走させ、千代女と互角に戦ったという少女。

 あるいは、その少女が私の“とんと国”を使った策を見破ったというのだから、そんな人間が2人といてたまるかと思う。


「あれは間違いなく長尾と同じ。軍神とかほざく馬鹿の一種」


「軍神。そういえばそんなことを口走っていたな」


「自分で? 自称? どんだけ自意識過剰?」


 千代女の遠慮のない言い方に内心同意する。

 そんなこと、本気で信じるほどうぬぼれた人間が生存してられるものか。


 だがそれに比肩する働きを見せたのも確か。

 この戦い、敵将は愚鈍に見える。だが、ところどころで鋭い動きをするのだ。

 敵将がその異物を上手く使って来ると、おそらく苦戦することになる。


「ああ、そうそう。知盛、敵が動き出した」


「む、そうか」


 千代女がついでのことのように報告してきた。それが間違いなく本題だろうに。まったく。


 まぁそれは構わない。

 こちらが今、隙を見せている以上、相手は必ず動いてくる。そう確信していた。


「舐められたものだな」


「よく言う。そう仕向けたのは知盛だろう?」


 昌景が苦笑しながら言う。


「まったく。知盛を舐めていいのは私だけの特権」


「……千代女、お前とは一度ちゃんと話し合おうと思ってるんだが?」


「大丈夫。私にはその気はないから」


「そういう問題じゃない!」


「そういう問題。お屋形様以外はすべて下に見る。それが私流の生き方」


「さりげなくクズ発言してるけれども!! お前ちょっと生き方考えた方がいいぞ」


「問題ない。熟慮したうえでのこれだから」


「より最悪だ!」


「あー、白熱してるとこ悪いけど。敵が来るんだろう?」


 冷静に水をかける昌景に、ハッと我に返る。


「そ、そうだな。そうだ。敵はおごって勝てると踏んだ愚か者だ。ならばそれをしっかりともてなして、全員を浄土に送ってさしあげようじゃないか。昌景、先陣は任せる。例の策で行く」


「はいはい。まぁ上手くやるさ」


 飄々(ひょうひょう)としているように見えるが、瞳にはありありと燃え盛る殺意が籠っている。

 例の異能の少女に対する怒りがそうさせるのだろう。


「千代女。例の異能持ち。見つけたら連絡頂戴。わたしがぶち殺すから」


「それは無理。だってアレは私の獲物。討ち取ったら連絡だけあげる」


「小癪な」


「どっちが」


「おいおい、頼むぞ。この作戦は昌景。お前にかかってるんだ。私がやってもいいが、私は全体を見ないといけないからな」


「……ふん、分かってる」


 小さく鼻を鳴らす昌景。

 まだ懸念があったが、彼女はやるといったらやる。それを信じて策を進めるしかない。


「なに、策が決まれば敵は終わりだ。掃討戦でその異能を始末すればいい」


「…………ま、そうしますか」


 とりあえず納得してくれたようで、ホッと一息。


「千代女、その異能持ち。分身で逐次、居場所だけは押さえていてもらえるか」


「分かった。なんとかつけておく」


「頼む」


 よし、これで備えは十全。あとは策通りに進めるだけ。

 懸念はあるが、敗けは見えない。


 あとはただ、進むだけだ。


「さて、では“うえるず国”を終わらせようか」

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