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第142話 目覚めとカタリアと総攻撃と


 目が覚めた。

 今度こそ、今の世界――あの酷い異臭漂う乱世の真っただ中だ。


 いや、一瞬別世界に来たんじゃないかと思った。


「あ、よかった……」


 というのも、カタリアがそんなことをつぶやいて、さらにその目元は赤くなって、きらりと落ちる水滴が見えたからだ。

 そんなカタリアがいるわけがない。だからここはまた違った異世界か、あるいは夢か。


「え、カタリア……泣いて――」


「なっ! こほん、無事ならさっさと起きなさい、このバカ!」


 あ、やっぱりいつも通りだった。


 目覚めていの一番にカタリアのツンデレ口撃。こんなのを味わえるのはこの世界だけ。それが嬉しいのか悲しいのか、なんだか複雑な気分だった。


 っと、そうじゃない。

 あの死神を見た後だからのほほんとしていられると思ったら大間違いだ。


 記憶を遡るまでもなく、僕らはまだ窮地にいるはず。

 だからまずは現状把握だ。


「カタリア……っ痛」


 体を起こそうとして、それに失敗する。

 右肩と左腕に激しい痛みが走ったからだ。


 見れば右肩には包帯が巻かれ、左手はぐるぐる巻きにされてギブスみたいになっていた。少し赤黒くなっているのは血だろう。

 そういえば腕を斬られたんだったな。


「まったく、何も考えずに突っ走るから」


 カタリアが僕の頭に乗っかっていた手ぬぐいを取って、起き上がるのを助けてくれた。

 なんだかんだ、面倒見がいいよな、こいつ。


「ん、ありがと。で、況は?」


「あなたは2時間ほど眠ってましたわ。ここはレイク将軍の急造陣のテントの中」


「2時間……意外と早かったけど。それより皆は?」


「無事ですわ。まぁイース国(うち)から出た兵は、ということですが。死者0、重傷者2、軽傷者12といったところ」


「そう……か」


 半分以上が傷を負ったわけだが、死者がいなかったというのは不幸中の幸いというべきか。


「けどうちはってことは……」


「ええ。ウェルズの方からは犠牲が出ましたわ」


「そう……」


「何をしょんぼりしてますの。あなたが踏ん張ったおかげで、最低限の犠牲で済んだんですわよ」


「けど、偵察に出ようと言わなければ、失われる命じゃなかった」


「それでも誰かは行っていたでしょう。その時はもっと多くの兵が犠牲になっていたかもしれない。だからあなたは胸を張りなさい。そんなことでめそめそしていれば、亡くなった方の顔に泥を塗ることになりますわ」


 あぁ、本当に彼女は。こういう時にズバズバと言いにくいことを言って、それでいて僕の背中を押してくれる。

 本当に……いつもの偉そうなことがなければ、かけがえのない、得難い友人なんだけどなぁ。


「なんですの、その嬉しいんだか苦々しいんだかわからない微妙な顔は」


「いや、別に……」


 なんて言ったらいいものか、微妙だな。

 いや、言わないでおこう。どっちに取られても、なんだか怒られそうだ。


「ところで、将軍は? てゆうか、伝えてくれたか、伏兵のこと」


 最後にカタリアに向かって伏兵がいたことを伝えたつもりだったけど、それがちゃんと伝えられていたか気になった。


「ええ、それならレイク将軍に伝えたところ、自分も見に行く言ってしっかり見てきましたわ。それで今は伏兵に向けて軍を出してるところですわ」


「そうか、それは良かった」


 とりあえず伏兵による奇襲攻撃はこれで防げたわけだ。


「まったく。感謝してほしいものですわ」


「ああ、ありがとう。感謝してる」


「………………」


 思ったことを素直に口にしただけだけど、なんだかカタリアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。もしかして怒らせた?

 うぅん、女心は難しい。


「その……わたくし、こそ…………ありがとう、ですわ」


「え? 何か言った?」


 ぼそぼそと言われて全然聞こえなかった。

 だから聞き直したわけだけど、


「なんでもありませんわ! もう!」


 とふてくされたように言葉を発し、タオルを投げられた。

 なんなんだ!? 一体僕が何をしたんていうんだ!?


 ……やっぱり、女心は分からない。

 今は性別女だけど分からないものは分からなかった。


 と、その時だ。

 テントの入り口に人影が映り、すっと手が差し込んだと思うと開かれた。


「やぁ無事だったようだね、いりす。まだ冥府の門は君を迎えるには早すぎたようだ」


「琴さん」


 琴さんは高い身長を窮屈そうにかがめてテントの中に入ってくる。

 といってもそれほど大きいテントじゃない。彼女の座る場所もない状態だ。


「あ、ちょっと場所、あけます」


「いや、ボクはすぐに出て行くさ。それより申し訳なかった。君を護衛すると誓ったボクだが、なんら役に立っていない。やはり天馬にまたがり蒼天を疾駆する術を身に着けた方がよかったか」


 琴さんはどうやら僕を守れなかったということに自責の念にかられているようだ。


「いえ。あれはもう仕方のないことでしたし」


「そうですわ。このお馬鹿さんが勝手に突っ込んで、勝手に怪我しただけですから」


「カタリア……」


「なんですの? 本当のことでしょう?」


 ……まぁ、確かに。それは、そう。


「だとしても、だよ。もう君から永久とわに離れることはしない。暗夜を照らす月光のように、君を守護することをここに誓おう。それが君という運命の人に対する、僕に課せられた宿命さだめなのさ」


 うん、とりあえず琴さんが絶好調でいつも通りなのはわかった。


「けど、今は伏兵の排除が優先だろうから、決戦はまだでしょう。しばらく小競り合いで終始するからそんなことも――」


「それがそうではないのです」


 僕の言葉を遮るようにして発せられたのはレイク将軍の声。

 どこから、と思ったら、琴さんが一歩横にどく。そこにはレイク将軍がいた。琴さんの影になって見えなかったらしい。


「これは、レイク将軍」


「お怪我の具合はいかがですか、イリス殿」


「ええ、無事に済みました。救援、ありがとうございます」


「いえ。あそこで見て見ぬふりをすることなど、武人としてはあるまじきこと。どうぞお気になさらず」


 うぅん、手柄を誇るわけでもなく、こうはっきりと言えるのはすがすがしいな。


「ところで、今、そうはいかないと?」


「はい。敵の伏兵は早々に撤退したので、小競り合いすら起こりませんでした。それを大将軍は好機と見たようです。敵は2千以上の兵が動いて、今まさに陣形はぐちゃぐちゃだと」


「まさか……」


「はい。時を置かず、総攻撃に出るとのことです。それを伝えに来ました」

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