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挿話14 山県昌景(デュエン国軍先鋒)

 人からよく、言われる。

 お前は戦いが好きなのだと。


 はっきり言おう。

 大嫌いだ。


 あんな血と臓物の臭いにまみれた不浄の場。何が楽しくてそんなところに行くのか。


 人からよく、言われる。

 お前はお屋形様が好きなのだと。


 はっきり言おう。

 大好きだ。

 大好物だ。

 むしろ愛している。

 叶うならお屋形様の寵愛ちょうあいを受けたかったけど、この血にまみれた体を、あのお方が受け入れるはずはない。


『源四郎(山県昌影の通称)。お主は美しい。その赤く染まった姿は、れた紅葉もみじのようにあでやかで戦場を可憐に彩る』


 私は戦場が嫌い。

 私はお屋形様が好き。


 だからこそ、お屋形様にそう言われたから、真っ先に戦場を駆け抜けるのだ。

 赤く、血よりも赤く、真紅に染まった赤備あかぞなえを率いて。お屋形様が言うように、美しく、艶やかに、可憐に、戦場を赤に染めあげる。


 女だからといって差別せず使ってくれるお屋形様だったからこそ、ここまでことを成せた。

 だからこそお屋形様に忠義を尽くす。

 それが私の戦う理由。それ以上でもそれ以下でもない。


 だからお屋形様が亡くなった時は、すべての色が消えた気がした。

 もう自分を褒めてくれることも、美しいと言ってくれることも、胸を突くような笑顔を見せてくれることもない。

 だから私はあの時に死んだ。


 その後のことは、夢幻のごとく現実味のない世界。


 だからだろうか。

 こんな南蛮人がはびこる世界に来てしまったのは。

 そして、あの気に入らない女も来てしまったのは。


 正直、あの女――望月千代女は苦手だ。

 お屋形様を好きなことだけじゃない、あの人のために戦う、そのために功を競い合ったこともあった。同族嫌悪だったのかもしれない。


 彼女も同じく、お屋形様の死によって抜け殻となり、そして引退した。

 最期まで、武田のために戦おうという気力なさ。そこは、私と違ったところだ。それもまた、いら立たせる。


 まぁ、そんなあの女も。新しい玩具を得たようで、最近は直接のかかわりが減ったのは喜ばしいことだけど。


「な、なんだ。昌景まさかげ。私の顔に何かついているか?」


「いやいや、別に」


 千代女の平知盛あたらしいおもちゃが困ったような顔をしている。


 この男も謎だ。

 この南蛮人ばかりの世界には、自分とは異なる時代の人間が来ているらしい。

 隣国には関羽や蘭陵王らんりょうおうもろこしの英雄、さらに楠木正成くすのきまさしげといった南北朝の英雄がいるという話だから、源平の英雄がいてもおかしくはないのかもしれない。


 いや、なんだか感覚が麻痺しているようだ。

 正直、最初は平知盛を語る狂人の類だと思った。だがその知識、源氏への憎悪、そして合戦での手腕を見せられて、本物だと認めざるを得なかった。


 つまりここはそういった世界。そう受け入れるのに、時間はかからなかった。


 そしてそれは、すでに死んだ人間がここにいるということは、お屋形様もあるいはこの世界にいるのでは。そう思った始まりだ。


 だから私は彼のもとで戦う。

 お屋形様とは異なる、そして、諏訪の四郎殿(武田勝頼)ともまた異なる将に仕える。

 そうやって武名を轟かせれば、きっとお屋形様は私だと分かってくれる。会いに来てくれる。


 そのために、私は今日も戦場を赤に染め上げるのだ。


「それにしても……こんな単純な仕掛けに乗ってくるの?」


「仕掛けは単純なほどに効くものさ」


 相変わらず自信たっぷりに言い放つ。

 その鼻がへし折られたことも何度とあるというのに、懲りないやつ。


「それにね。この前にしっかりと揺さぶりをかけてきた。千代女はよくやってくれたよ」


「“いいす国”の使者の襲撃と、“うえるず国”の太守暗殺のこと?」


「暗殺未遂だよ。暗殺しちゃだめだ」


「なぜ?」


「暗殺されては混乱してしまう。暗殺未遂だから、おのれ許さんと頭に血がのぼって私らに挑んでくるのさ」


「あぁ、いつもの知盛殿みたいに」


「さ、さて。なんのことかな? 私は常に冷静だよ?」


「源氏」


「ぐっ………………ふぅ、甘いな。私はもうそれくらいでは――」


「源義経、源義経、源義経、源義経、源義経」


「………………おのれぇ! 義経ぇ!!!!」


 あぁ、やっぱりダメじゃん。


「はっ……こほん。というわけでそうなった相手は御しやすい。それに例の間者かんじゃ(スパイ)の件もあるしね。そうなればもう、“うえるず国”の滅亡は決まったようなものさ」


「さっすが知盛殿。悪だくみと非人道的な策はお手の物」


「それは誉め言葉かな? それとも挑戦かな? 最近、千代女もそうだけど、君らのせいで、兵たちも私を軽く見る節があるんだが!? それは軍として、いや、平家として許されないことだよ!? てか権中納言ごんのちゅうなごんをもっと敬え!」


 まったく、軽く見ているわけないじゃないか。そんな将に、誰がついていく。これも愛情の裏返しと思ってくれれば……。


「ん、敵に動き?」


 敵の軍勢になにやら変化があった。

 これ以上、知盛に関わるのはめんどくさいことになりそうだったので、前方の敵の動きは大歓迎だ。


 どうやら敵は我々を前にしてようやく戦準備を始めたようだ。いや、まだ距離があると見て休憩にでも入ったか?

 大胆不敵というかなんというか。

 一方、これまで移動してきた兵が、そのまま戦闘に入れるわけもない。休憩で体力を取り戻すのは重要なこと。


 敵の前で隙をさらす愚か者か、それともあえてその行動をとる賢者か。

 それに今、軍を離れて行動する部隊。


「斥候、か?」


「そのようだね。相手も頭に血がのぼっているばかりじゃないということだ。昌景」


「分かった。せん滅する」


「追い払うだけでいいんだよ?」


 そう知盛は言うが、やっぱり何もわかっちゃいない。それがお屋形様との違い。


「私の赤備は、敵をせん滅するためだけに、戦場を赤に染めるために動く。手加減は、できない」


「…………今日ほど君が味方でありがたいと思ったことはないよ。これなら平家の再興も夢じゃないな」


 平家の再興とか関係ない。

 私あ出るのはただ1つの目的のためだから。

 そう思えば、私と彼は似ているのかもしれない。1つの理想のために、戦い続ける点を考えれば。


「じゃあ、出る」


「ああ。気を付けていってきたまえ。あとは手筈通りに」


 手筈、ね。

 その通りになるのなら、あんたは最高の知将だよ。そしてそれはきっと的中するのだろう。


 そうなると相手があまりに哀れだ。


 でも同情はしない。

 この戦いに勝てば、また武名が鳴り響く。そうすればきっと、お屋形様も気づいてくれる。


 だから、


「山県三郎兵衛尉昌景、赤備が出る!」

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