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第136話 生存への悪だくみ

 レイク将軍は少し眉をひそめながらも、大将軍の語ったという策を話し始めた。


「敵はここから10キロほど先にある、レジューム砦を攻撃しているとのことです。あそこは堅固な砦ですので、あと2日は耐えるでしょう」


「はぁ」


「その砦を攻撃している敵の、わき腹に襲い掛かれば勝ちは間違いないと」


「はぁ…………ってそれだけですか?」


 思わずツッコんでしまった。そうしてしまうほど、この国にはろくな人材がいないようだ。


 城攻めをしている敵には横から攻撃する。

 そんな子供でも分かる手口、敵が対策しないわけがないじゃないか。偵察も出すだろうし、そもそも1人2人が動くんじゃない。5千人もの移動が行われれば気づかれないわけがない。


 そうなれば迎撃の陣を敷かれる。

 いや、そうなる前に砦から兵を退き、抑えの兵を割いて残りはこちらに向かって来る可能性もある。

 平家の総大将でもある平知盛が、そんな簡単な見落としをするわけがない。


 あぁ、頭が痛い。


「懸念されていることは分かります。しかし……」


「総大将の決定ですか」


「…………はい」


 レイク将軍は絞り出すように首肯の意を表す。


「1つ、お聞きします。レイク将軍」


 カタリアが真面目な、そう、この使節団として派遣されて初めてといっていいほどに緊迫した様子で将軍に問いただす。


「この戦い、本当に勝ち目はないのですか?」


「カタリア、声が大きい!」


 ぶっちゃけすぎた問いに、僕は小さく怒鳴ってから辺りを見渡す。

 こんなこと、誰かに聞かれたら士気が崩壊して戦う前から負ける。


 大丈夫だ。ここには僕とカタリアとレイク将軍しかいない。


「…………はい、難しいでしょう」


「そう、ですのね。タヒラ様の戦友であり、お姉さまが信用なると言っていた将軍がそう言うのなら……そうなのですね」


 この旅程の中でいつも強気だったカタリアが、哀れに思うほど絶望の表情を浮かべている。

 そうか。レイク将軍はカタリア憧れのタヒラ姉さんの盟友。それにクラーレも認知していたから、変なことは言えないと神妙になっていたのか。


 それがこうもはっきりと、自分が考えていたことがはっきりと否定されて、意気消沈したのだろう。

 何より負け、イコール自分の死を思い浮かべたのかもしれない。


 そう、これが戦場。

 自分の意思や覇気など関係ないところですべてが決まり、そしてたとえそれがどんな無謀な戦いであろうと、死に突き落とされる不条理の塊。

 それをきっと、それこそ今度こそ初めて。カタリアは噛みしめているのだろう。


「おふたがた。今すぐ離脱なさってください」


 レイク将軍が突如、そう切り出した。

 離脱。つまり戦わずに逃げろと。


「しかし!」


「我々は軍人。自らの国を侵されて黙っているわけにはいきません。しかしあなた方は違う。他国の関係ないいくさで危険をさらすことはないでしょう。たとえそれが兄の願いであってもです。逆に無謀な戦いで死なせたとあっては、後に影響します」


 その最後の言葉にハッとなる。


 そうだ。ここで僕らが死んだら、それこそ最悪の事態になる。

 仮にもイース国の二大巨頭の娘だ。それがこんな無謀な戦いで死ねば、無理やり駆り出させて殺したと、イース国はウェルズ国を非難するだろう。たとえ僕らの意思で戦いに参じたと言っても信じてくれない。


 関係性の悪化は同盟の破棄という暴走につながり――いや、それ以前にその時は負けているので、そのままウェルズ国はデュエン国に攻め落とされている可能性はある。そうなれば次はイースだ。


 くそ、状況がさらに悪化している。


「ここでおふたがたに死なれては困るのです。ですから今のうちに帰国されてください。兄へは私がきつく言っておきます」


 レイク将軍がさらに言い募る。


 その様子を、表情を見て、はっきりと確信した。

 この人は死なせてはいけない、と。


 今のウェルズ軍は最悪だ。何も考えずにただ突っ込むだけの戦いに未来はない。

 ならばこの冷静に物事が客観視できて、さらに政治的な能力も持ち合わせたこの人が上に立つべきだ。たとえ今の大将軍を死なせてでも、この人は死なせては駄目だ。


 くそ、自分で考えておいて自己嫌悪する。そんな非道なことを考えるか。それほどに追い詰められている。

 おそらく、タヒラ姉さんも数年前にこんな苦境を味わったのだろうと思うと感慨深い。


 となれば僕らが――僕がやることは1つだけ。

 それは帰国することじゃない。


「カタリア、僕に策がある」


 カタリアに語りかける。

 それは同意を求める声。覚悟を決めた決意の声。


 あからさまに動揺していた彼女だったが、僕の声を聞いて、ハッとしたようにキュッと唇を結ぶ。

 それから鷹揚おうようと、だが笑みをもった顔で彼女は答える。


「構いませんわ。どうせ悪だくみをしているのでしょうから。この状況。時間がありませんから仕方ありませんわね。わたくしに構わず、存分にやりなさい」


「悪だくみとは失礼な。生きるための策だと言ってほしい」


「悪だくみ以外の何ですの? まぁ? わたくしなら? 美しく、しかも優雅に勝ってみせますが」


「じゃあその意見を拝聴しようじゃないか」


「わたくしの活躍の場は国の外にはありません。ここは露払いとしてあなたがなんとかしなさい。わたくしが見ていてあげますわ」


 ああ言えばこう言う。ま、それがカタリアらしくていいけどさ。

 意気消沈していた彼女が、空元気でも取り戻してくれたのはありがたい。

 少なくとも、負けてたまるかって気分になる。


「お、お二人……一体、何を」


「わたくしたちは帰りません。ここで帰れば、同盟国を見捨てた卑怯者として後世までの恥辱となりましょう。なに、この小悪党は人の嫌なことをさせたら天下一ですから、任せてみるのも一興というやつですわ」


 彼女なりに情勢を見つつ、しっかりと僕をディスるのも忘れない。カタリアの真骨頂。

 そして言い方はあるけど、彼女の言い分も正しい。


 だから――


「勝つことは難しいでしょう。けど、敗けないための戦いなら、なんとかなるかもしれません」


 生きる。そのためだったら悪だくみだってなんだってしてやる。

 そう心に決めて、僕は策を練り始めた。

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