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第135話 合流、そしてこっそり軍議

 行軍はつつがなく進んだ。

 といっても当然だろう。ここは味方の領土内で、率いられる軍は正規軍。

 人数も500人ちょいの規模で乱れようがない。


 兵数が圧倒的に少ないと思うが、それも仕方のないこと。

 ウェルズだけでなく、基本この世界は兵農分離がされていない。だから領土にいる農民を兵に仕立て上げる必要がある。

 つまり数千とか数万の兵力の大半は農民に武器を持たせただけの素人集団ということ。


 そんな大半は農民の軍なんて弱いから、専属の軍隊を作った方が良いという考えは甘い。

 兵隊なんて基本、戦いがなければ何も生産しない金食い虫なのだ。


 現代風に言えば、スーパーで万引きを防ぐために警備員を大勢導入して大赤字になる、と言えば分かりやすいだろうか。

 警備にお金をかけるなら、普段はスーパーの従業員として働いてもらった方が生産性もあるし、コストもかからないというもの。


 もちろん素人集団に武器を持たせて戦わせるなんてことは、軍隊において最弱の部類に入る。

 彼らが汗水流して田畑を耕している間に、専業の兵たちは武技を磨いているのだから。


 専業の兵で、数千、数万の兵を養おうとするなら、それこそ穀物の収穫による利益以上のものを得ないとコストがかかりすぎて倒産してしまうわけで。

 それを可能にしたのが尾張と岐阜、そして機内の貿易圏を掌握した織田信長というわけで。


 閑話休題。


 というわけで、僕らを合わせて500ちょいの軍隊は、つつがなく指定された集合場所に到着した。

 そこはすでに陣が敷かれていて、簡易的な柵で囲まれた空間にテントのようなものが林立して大勢の人間がたむろしている光景となっていた。


「すみませんが到着の挨拶をしてきますので、しばしお待ちください」


 レイク将軍は丁寧にそう告げると、中央にある大きなテントの方へと歩いて行った。

 僕らは陣の端っこにレイク将軍の部下たちと、逼塞ひっそくするように待機することにした。テントの準備もないから今夜は野宿になりそうだ。そこらへんも、レイク将軍の席次にかかわってくるのだろうか。苦労しているらしい。


「あー、もう! どういうことですの!? さっさと宿舎に案内しなさい。いつまでこんなところにほったらかしにするんです!」


「宿舎も何も、野営ってそういうものじゃないか? というか客将の身分であまりそういうことは言わない方がいいんじゃない?」


 ぶつくさ文句を垂れ流すお嬢様に、一応釘をさしておく。


「野営? 昔、お父様は野営地に一戸建てを立ててそこで休んだと聞いてましたけど?」


 はぁ、これだから世間知らずのお嬢様は。パンがなければ、の典型だ。


『宿舎がなければ、建てればいいじゃない?』


 平気で言いそうだな、こいつ。


「とにかく、ないものはないの。軍のトップに立ちたいなら、少しは兵の気持ちもわかった方がいいんじゃないのか?」


「いいえ。軍のトップに立つ人間がみすぼらしい真似をしてどうするのです。そういった人間が贅沢をしてこそ、下の者も『我こそは』と思うものではありません? わたくしはそれを体現しているだけにすぎません」


 あぁいえばこういうな、こいつ。

 でもそれはあながち100%の間違いでもないんだよね。上の人間が贅沢しすぎないのも、下の人間が窮屈になる。

 会社の上司が残業しすぎて帰らないのに、部下が帰るのに気が引けるというやつだ。


 とはいえ限度はあるけど。


 さて、問題なのはカタリアが僕の言うことを聞いてくれるかなんだよなぁ。


「かたりあ。ボクが敬愛する土方ひじかた殿は、常に自らが先陣を切って煉獄れんごく逢瀬おうせを楽しんだと聞いている。自らを律し、自らを治め、自らを傷つける。そうすることで、部下たちがついてくるのだと」


「そういうものですか……分かりました、もう言いません」


 なんで琴さんの言うことにはすんなり頷くんだよ。不公平だ。まぁ聞いてくれるならいいけど。


 そんなことを話しながら、無聊ぶりょうを慰めていると、数分もしないうちにレイク将軍が戻って来た。


「あれ、もう戻られたんですか?」


 将軍のあまりに早い戻り、何よりその浮かない顔を見てよくないことが起こったのだと察する。


「今日はここで野営。明日、早朝に出発して決戦を挑む」


「明日……!?」


「早すぎるとお思いですか。そうですね、その通りです。本来ならしっかりと敵を見据えて戦うべきだというのに」


「早急すぎると。何かあったんですか?」


 いくらあの猪武者っぽい大将軍とはいえ、2倍の兵力差で真正面から突っ込もうだなんてこと考えるわけがない。わけがあってほしくない。

 だからこそ、戦局が有利になったであろう何かが起きた。そう考えるのが普通。


「はい。実は援軍が」


「援軍?」


「ええ、近隣の農民に武器を持たせて。急造ですがとりあえずそれで1千ほど。おそらく明日の朝にはもう少し増えるかと」


「なるほど、それで強気になったと」


 バカバカしい。

 農民を兵に仕立てるなんて、2つの意味で愚策だ。

 1つは兵の練度の差。昨日まで畑を耕していた人間に、武器を与えて戦えなんて言っても、ここにいる兵とは圧倒的に弱い。

 軍隊というのはまとまって戦うからこそ強いんであって、そこにばらつきがあったら、それこそ弱点でしかない。


 2つは戦意の差。練度と似ているが、これは実際に戦いが始まった後の話。

 ぶっちゃけ農民の兵にとって、戦いなんてのは自分とは関係のない他人事。自分の土地を支配しているのが誰だろうと構わなく、何より大事なのは自分の命。

 だからこそ、戦意が低い。それはちょっとでも負けそうになると、すぐに逃げ始める可能性があるということ。

 ここで大事なのは“負けが確定したら”ではなく“敗けそうになったら”というところ。自分の命が大事だから、危険を感じればそれで逃げる。

 それは厄介で、軍の中枢である数少ない正規軍人でも、味方が崩れるのを見れば動揺する。そうなったらたとえ大将軍でも兵たちの敗走を止められない。


 そして最後。

 これは簡単で戦いが始まれば人は死ぬ。そして死ぬのは農民――つまり、この国の生産者であり、重要な資源なのだ。

 それが減る。

 つまり収穫と税が減って、国が貧しくなる。

 人間を数字で見るのはよろしくないことだとは理解しているけど、それが事実になるのだから仕方ない。


 まったく、敗ける要因を増やさないでほしいんだけどな。


「それは美しくありませんわね。農民は所詮は素人。戦いには邪魔になるでしょう。翻意ほんいさせられません?」


「難しいでしょう。太守様に必勝を宣言してしまったのですから」


「厄介ですわね、これだから名門を鼻にかけ、血に縛られたものと言うのは哀れなりませんわ」


 おいおい、どっかの名門で血に縛られたお嬢様が何か言ってるぞ。

 とはいえカタリアも、これは無茶だとちゃんと分かってくれたみたいでよかった。理由は酷いけど。

 でも、カタリアは知らないのだろうか。農民しろうとを兵に狩りだすのは、どこでもやっているということを。


「残念ながら私の立場はそこまで強くないのです。兄が宰相とはいえ、軍は別なので。ですからこればかりはどうしようも……」


 レイク将軍がため息をつく。


 これは参ったな。

 孫子そんしの兵法でおなじみの孫武そんぶはこう言っている。


『将に五危ごきあり。必死は殺され(中略)将を殺すは必ず五危ごきをなってす』


 将軍には5つの危ないことがありますよ。1つ目として、決死の覚悟で戦うだけの脳筋は簡単に殺されますよ。(中略)将軍が戦死するのは、その5つの危ないことのどれかを破ったからですよ。

 そういった内容だ。


 まさに今のオジャン大将軍のことじゃないか。


「何より、大将軍には必勝の策があると」


「必勝の策?」


 そう聞いて、果てしなく嫌な予感がしたのは気のせいじゃないだろう。

 更に暗雲が立ち込める要素が増えたのは間違いないのだから。

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