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第14話 接敵

 小学校のころに気づいてしまった。


 あぁ、僕に運動の才能はない、と。


 だからそれ以降、運動部なんて見向きもしなかったし、大学のサークルも全力で断った。

 社会人になってから、マラソン大会に出ないか、と聞かれた時には、


「なんで休みの日にまで自ら苦しい思いをしなくちゃいけないんだ? 馬鹿なの?」


 と答えた記憶まである。若さゆえの過ちだ。


 そんなマラソンを圧倒的に否定した僕が、今こうやってひたすらに走っているのは何の因果か。

 そもそも自分の半分くらいの年齢の女の子になっているのもよく分からない。

 さらに言えば、なんで見も知らずの人たちを助けに行かなくちゃいけないことになったのかも分からない。


 本当、運命の神様なんてのがいたなら、唾をかけてやりたいものだ。

 まぁ運命の神様なんて見たこともないから、こんな状況に送り込んだあの自称・死神を恨んでおこう。


 走り始めて5分ほど。全力というわけではないけど、それほど苦しくはない。

 あるいはこれがマラソンの心地よさなのか。いや、たくさん練習してのこれだろうから、やっぱり絶対おかしい。


 ともあれ、若くて健康な体はマラソンに耐えられる体で助かった。

 出発した地点から降りてくるのに時間がかかったけど、これでへばってたらいつになったらつくか分からなかった。


 あとは直線。10分も走ればつく距離だ。

 今の疲労感なら、まだ全然いける。いやぁ、若いっていいなぁ。


 ――だが、


「――――」


 何かが、聞こえた。


 それは悲鳴。

 女性の、いや、男もだ。泣きわめく声が風に運ばれてきた。


 何が、と思う間にその光景を視界にとらえた。

 目標の城を真正面に見据えて右手側。遠目にも分かるほどに、異変が起きているのが分かった。

 民家らしき建物が複数立ち並んでいて、そのいくつかに煙が立ち込めている。


 そして、気になりだしたら止まらず、僕は速度を上げた。

 ぐんぐんと距離が縮まるその光景――いや、惨劇。


 膝をつきながら必死に叫ぶのは、肩から血を流す男女。さらにそれらを取り巻くように十数人の貧相な身なりの人たちが距離をとって眺めている。

 その中心部、数人の鎧の男女があざ笑うかのように、して何か袋のようなものを運んでいる。いや、その袋が動く。足が見えた。人間だ。


 そうなるともう止まらない。


「何やってんだ、そこぉ!」


 叫ぶ。

 その場にいた誰もがこちらに視線を送ってくる。


 あぁ、何やってるんだ本当に。僕が。

 今はそんなことやってる場合じゃないだろ。しかも声まであげて。やるなら奇襲だろうに。


 何が起きているか、一目瞭然だ。

 鎧の兵士による略奪。彼らのものだろう、荷車があってそこにいくつかの袋が積み重なっている。その中身が米なのか人間なのかは分からないけど、城の近辺にあった村から略奪をした、きっとそういうことだろう。


 略奪。

 歴史ものとかではよく聞く言葉だ。

 兵たちは専業軍人ではなく、村々から徴発された農民や流れ者だ。彼らにとって死すれすれの戦いを強要されて、賃金も何もないということが往々にしてある。

 だからこそ、略奪によってその賃金に当てているというのは、理解ができる。


 けど、これは違うだろ。

 おそらくザウス国ってのは、このイリスがいるイース国に攻め込むつもりだ。

 だからそのイース国に攻め入った際に略奪を行うならまだいい。


 だが、これはなんだ?

 戦いが始まる前から、自国の村を略奪する? 意味が分からない。

 だってそれは自らの手の指を食べるようなもの。

 会社で言えば、設備投資のための大事な資産を使って、会社にとって何ら価値のない社長のための絵画を買うようなものだ。


 あるいは戦闘前に高ぶる兵たちを落ち着かせるために、略奪を許可したとか。そういうことか?

 ならこの国の上層部は馬鹿だ。

 自分で自分の首を絞めているのに気づかない、愚者たちの饗宴だ。


 無意味な行為に対する怒り。

 コストカットどころか、コストアップしていることの職業病的な怒り。


 うん。いきなり沸き起こった義侠心とかよりはずっと分かりやすい。


 そして何より。

 先ほどと似た光景――兵が一般市民に暴行を加えるという圧倒的理不尽に対する怒りが、今の僕を支配していた。


 だから――


「なんだ、てめ――」


 ドスの聞いた言葉で威圧してきたガラの悪い男を、跳躍した勢いのまま蹴り飛ばした。


「え?」


 何が起こったか分からないでいる下卑た笑いを浮かべた歯の欠けた男の顔を、回転した勢いで蹴った。


「貴様っ!」「てめぇ!」


 ようやく異変に気付いた男たちが剣を抜こうとする。だが遅い。

 着地と同時に地面を蹴って、懐に入り込むとそのまま跳躍。両手を顔面に伸ばすと、勢いのまま相手を地面にたたきつける。


「なんなんだい!」


 声。女。振り向いた。抜き打ちの剣。それを左にかわす。そのまま前に出て、両手を合わせたまま掌でわき腹を掌打。


「がっ!」


 女が倒れ、その脇に手にしていた兜が転がった。


「や、野郎!!」


 最後。人間を担いだ男がひきつった顔で叫ぶ。いきなり仲間が全員倒されたんだ。その気持ちも分かる。

 けど加減ができるほど、こいつらのやったことに正統性はない。


「野郎じゃねーよ」


 女の子だろ、今の僕は。

 どうでもいいツッコミを心で入れる。


「こ、こいつを殺すぞ!」


 っと、しまった。

 相手は逆上したのか、肩に担いだ人間を地面に降ろすと、剣を引き抜き突きつける。


 背後で悲鳴が上がる。村人だ。


 しまったな。距離があったから油断した。


「ひ、ひひひ……いいか、こいつを殺されたくなかったら、う、動くんじゃねぇ」


「……はぁ、何がしたいんだよ。略奪して、さらった人を人質って」


「う、うるせぇ! 隊長が許可したんだ。イースを滅ぼす戦、おっぱじめる前に景気よくやれって」


 男がさらに目を血走らせて剣を、袋に包まれた人間――大きさ的に子供か? の首のあたりに当てる。

 さらに村人の悲鳴が上がる。


 僕には関係のない話だ。そう言って動いてしまおうかと思った。

 けど、頭にさきほど出会ったトウヨとカミュの顔が映る。


 あぁ、そうだな。それはいけないこと。

 だから、僕がやることは1つだ。


「分かった、僕はここから動かない」


「ひ、ひひひ。それでいい。てか、お前。なかなかの上玉じゃねぇか。いいなぁ……」


 ゾクッとした。

 見知らぬ男に、好奇以上の目で見られる。それがここまで精神に来るとは。女性の心境。なるほど、勉強になった、と、こんな時だけど思って見る。


「お前、ついてこい。いや、武器もなしにこいつらをやったんだ……殺しとくか。殺して、犯す。それでいい」


 ネクロフィリアかよ。もう付き合ってられないな。

 だからもう終わらす。


「ピッチャー、第一球……」


「あ? 何を言って――」


 足元に転がる、先ほど倒した女の兜。それを足でちょいとひっかけて飛び上がらせる。

 それを右手でキャッチすると、そのまま振りかぶって――


「投げましたぁ!」


 狙いはばっちり。速度も申し分ない。

 だから相手は何が起こったかわからず、


「え――――がふっ!」


 頭部に剛速球の兜がクリーンヒット。

 剣を持ったまま、背後にばたりと倒れて動かなくなった。


「ストラーイク」


 ナイスピッチング。

 今なら甲子園目指せるんじゃない? 女子だけど。


 それからは大変な騒ぎだった。

 助け出したのは全部子供で、さらに米――ではなく麦が大量に奪われていたようで、それらが解放されて喜びに満ちた十数人の村人たちに囲まれて感謝を述べられたのだ。


 よく考えたら、仕事でもここまで自分のやったことで褒められたことはなかったから、なんというか、むずかゆいというか。褒められ慣れしてないとこういう時に何を言っていいか分からない。

 殺されそうになった子供の親には、泣いて感謝された時には、「はぁ」とか「別に」とかどっかの記者会見で問題になりそうな返答しかできなかったわけで。


「いや、本当に感謝いたします。前の国主様が亡くなられてから、ここらの治安は悪化するばかりで」


 村長という老人が僕に頭を下げてそう伝えてきた。


「ふぅん? 嫌なら移住すればいいのに」


「無理ですじゃ。せっかく耕した畑を捨てるわけにはいかないのは当然として、これ以上、国都を離れると今度は野盗や隣国の脅威にさらされます。まだ、ここの方がマシなのです」


 そういうものなのか。

 よく考えたら、ゲームとか漫画とか小説とかで歴史ものを知るけど、そこに住む人たちがどういう思いで生きているのかを知る機会は少ない。


 昨今、農家が激減して食べ物がなくなる、というニュースを聞いて「また物価が上がるのか、面倒だなぁ」と思っていたわけだけど、僕は農家の人でもなければ畑を耕す人でもない。

 本当に、何も考えずに生きてきた。

 それを今、実感した。


「けど、良かったのかな。軍の人をやっちゃって」


「いえいえ。やつらはただの雇われ者。ゆえに軍規もなにもなく、たまにこうやって無法を働くので困っていたのです」


 そう、村長の人に言われ、自分のやったことは良かったんだ、と胸をなでおろす。


 村の人からはぜひ食事でも、と引き留められたけど、自分にはやることがあるから急いで出立する。


「城の西門ですか。あちらの方向に進めば5キロほどでつくでしょう」


 と、教わって、自分が北門に向かっていたのだと気づき、危ないところだった。

 さらに、小さいながらも農耕馬を貸してくれたので、自前で走るより少しは早く走れるだろう。


 馬なんて乗ったことないけど、まぁしがみつけば何とかなるはず。


 しかしまさかこんな返礼がもらえるなんて。


 情けは人の為ならず。

 不覚にも、初めてその意味を知った気がした。

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