第134話 出陣の挨拶
「おお、イリス殿。あるいは、と兄者から聞かされていましたが、本当に来ていただけるとは。感謝いたします」
レイク将軍が、心底ホッとしたように笑顔を向けてくる。
てゆうか兄者呼ばわりなんだ。ちょっと意外。
宰相の方のレイクさんと話をした後、僕らはホテルに戻って着替え。
皆に事情を話し、従軍することを告げた。
兵たちは、何があろうとついていく、というありがたい言葉をかけてくれたが、問題はそのほか。
『え!? イリスちゃんも行くの!?』
『ああ、けどラスはここに残っていてくれ。大丈夫、すぐ戻る』
『う、うん。気を付けてね。もしイリスちゃんに何かあったら……私も…………』
『悪いがイリス・グーシィン。俺は何の役にも立たんからここで待つぞ。一応、本国には伝令を送る。あとはもう少し宰相と話をしておく。私的な援軍だが、さすがに国としてはけじめをつけないとな』
まぁ、そんな一幕があったりしたわけで。
ラスは通常運転。妻発言にちょっとこころが揺れ動いたのは内緒だ。
そして先生は戦場では役に立たない発言にはちょっと引いたけど、ある意味ちゃんと自分を知っている。さすがは大人。それに本国への連絡や、レイク宰相との交渉など、自分ができないところを対応してくれるのはありがたい。意外と政治力高いのかもな。
というわけで50人の護衛と共に、そのままイース軍として先に出発してしまったウェルス軍を追いかけたわけで。
「それにしても驚きました。あの宰相さんがお兄さんとは」
「不肖の弟です。兄者のように武威を示すことができず、地方の守備隊や国内の治安維持をするしか能のない」
うぅん、謙遜というか、どうも自己評価が低いようだ。
『弟はこの国になくてはならない存在です。何事にも真面目で実直。それでいてここぞという時の判断は早い。あれは私の武勇に憧れているようですが、当時の私はただの猪突で蛮勇を振るうだけの男でした。それがしなくて良いところで無理をしてこのザマです』
そう、兄の宰相は言って足を見せてくれた。
右足の足首から膝にかけて、痛々しいほどに斬り裂かれた古傷を。
過去は軍人だったが、足に負傷して軍にとどまることが難しくなり、政治の道に移ったということらしい。
『ザウス国が裏切った時に、貴国に援軍に参ったのは、そうしないと数年後に我が国が滅ぶと直感したからでしょう。遅ればせながら気づいた私は、かの独断専行を私からの命令という形で収めましたが』
そうだったのか。確かにあの時、レイク将軍の援軍がなかったら勝てなかったかもしれないのだ。
真面目で実直、判断は迅速に手果断。
頼もしい限りだが……それがなくてはならない存在ということは、他の将軍はそうじゃないってことか……。どんだけ脳筋ばかりだよ、ここの連中は。
心の中にすごい暗雲が立ち込めてきたような気がする。
「いえ、将軍には助けられた恩があります。それに将軍は、今の軍を底から支えるなくてはならない存在です。そう宰相さんが言ってましたよ。僕もそう思います」
心の暗雲を払うように、とりあえず将軍のネガティブ思考を払うことにした。
「そう、ですか。兄者が……」
将軍は感極まったように口をつぐみ、空を見上げた。
「失礼。出陣前の涙は不吉の証。それではよろしくお願いいたします」
すぐに感情をこらえ、頭を下げるレイク将軍。うん、本当にいい人だ。この人は。
「ところでそちらは……」
と、レイク将軍が視線で示したのは、僕の横に馬を並ばせるカタリア。
こちらもすでにドレスから着替えており、万が一と持ってきていた彼女専用の鎧に着替えていた。
それがなんというか、恥ずかしかった。色んな意味で。
わざわざ持ってきたのか。鎧といっても動きやすさを重視しているらしく、アンダーウェアの上に金属片をつけているようなもの。若干ボンテージっぽいところとかあって、肌色部分がかなり多い。ビキニアーマーというやつじゃないか?
というか、姉のクラーレもそんな感じだったから、血なのかな。露出狂の。
「イース国が宰相の娘にして正使のカタリア・インジュインですわ。将軍、どうぞよろしく」
「それは……先ほどの正使のお方でしたか。失礼しました。お召し物がまた異なり、見違えるような、その魅力がありますね」
まぁ確かにこれをさっきと同じ人間と判断するのは難しいだろうなぁ。
「ふふ、公式の場のドレス姿のわたくし、戦場での鎧姿のわたくし。どちらも対局なれど美しさは変わりませんもの」
「そう、ですね。ええ、よろしくお願いします。かの武門のインジュイン家のお方に来ていただけるとは、心強いです」
「ま、当然ではありますがね! おーっほっほ!」
カタリアが絶好調だ。
一歩引いた感じのレイク将軍と組み合わせると、女主人と執事って感じだな。
「それと……」
「うん? ああ、ボクのことは気にしないでくれ。ただの路傍に佇む府内――ではなく、いりすを守護するただの影さ」
そう、ここには琴さんもついてきてくれていた。
馬には乗れないというから歩兵と共にだけど、どうやら僕の護衛ということらしい。ありがたいけど、なんだか申し訳ない。
レイク将軍が気になったのは、おそらくその格好だろう。
いつもの和服姿だが、腰ひもでたすき掛けしてさらに鉢巻で髪の毛をあげた姿は、高身長も相まって凛々しくて格好いい。和服からしてこの世界では目立つものだから、思わず目が行ったのだろう。
「中沢琴さんです。東洋……その、異国の衣装ですが、とても頼りになります」
「おお、そうでしたか。よろしくお願いします、ナカザワ殿」
礼儀正しく挨拶するレイク将軍。
これで一応の面通しは終わった。
ちなみに小太郎はすでに先行していて、敵の様子と地形を探ってもらっているから今はいない。
「それでは出発しましょう。先鋒はすでに国都から出ていますので、うかうかしていると置いて行かれてしまう」
レイク将軍の号令とも言えない合図で、なんとも緊張感のない感じだが国を、皆を守るために出陣するのだった。