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第133話 戦いの前に

「大変お待たせいたしました。申し訳ありませんが、すでに戦時。歓迎の宴などはまたの機会とさせていただきたく」


 太守を安全な場所に移した宰相が、僕らイース国使節団に向かって慇懃いんぎんに頭を下げに来た。

 正直、太守をどこに移そうが千代女にかかればそんな場所、存在しないだろうし、すでに火に油を注いだ以上、太守の命に価値はないのだけど、それを言うのもはばかられるので黙っていた。


 ちなみにここはすでに迎賓館のメインホールではない。

 散会すると同時に、案内の兵に小さな応接室に通されていた。


 そこで待つこと十数分。

 ようやくやってきた宰相が入ってきて開口一番が先の言葉だ。


「貴国の状況も理解しております。わたくしたちにお構いなく。必要とあらば今すぐに早馬で援軍を派兵させますが」


 カタリアが代表して答えた。


『太守様をお救いしたのは見事。しかし、あんな危険な真似はもう許しませんわ、以降は大人しくしてなさい』


 待っている間にカタリアにそう言われたので、黙っていることにした。

 褒めるのか心配するのか怒るのかどれかにしろよと言いたい。


「……いえ、いくら神速の名高いイース国の軍でも今回の決戦には間に合いますまい。お心遣いだけありがたくいただきます」


「さようですか」


「ところで、これからはいかがされますか」


「一度、国に戻ります。この後はノスル国にも行かなければならないので」


「…………承知いたしました。お見送りをする者もおらず、恐縮ですが。その……」


「いえ、構いません。こうなってしまったのも仕方のないこと。お気遣いなく」


「…………はい」


 なんだろう。どうも宰相の歯切れが悪い。

 しかもカタリアと話しながらも、ちらちらと僕の方を見てくるのが気になる。


 うーん、また厄介ごとか? 勘弁してほしいところだけど、このまま黙って終わるのも後味が悪い。


「その、何かありましたでしょうか?」


「イリス!」


 黙っていろ、と言われたのに口を開いたことにカタリアが怒りの声を発した。けど仕方ないじゃないか。


「まぁまぁ、カタリア・インジュイン。イリス・グーシィンに宰相閣下が何か話をしたいようだから、少しお話を聞いてみるのも悪くないんじゃないか?」


 カーター先生も何か気づいていたのか、援護射撃をしてくれた。


「……仕方ありませんわ。宰相閣下のお顔立てですからね」


 引率の先生に言われては仕方ない。カタリアが譲った。


「ありがたく。では、イリス殿」


 そうこちらに向き直った宰相は、例の真剣でありながら厳しく冷淡に思えるまなざしをこちらに向け、


「先に1点。失礼に当たると思い、なかなか切り出せませんでしたが、先のザウス国の迎撃戦。従軍したという話を聞いたのですが、本当でしょうか?」


 ギリッと、何かがこすれる音。

 それがカタリアの口元から洩れたのを僕は聞き逃さなかった。


 はぁ、カタリアの機嫌が悪くなるのは困るけど、答えを言わないわけにはいかない。


「はい、確かにそれが僕――いえ、私の初陣になりました」


「素晴らしい、無事に初陣を勝利で飾ったわけですね」


 素晴らしいと言いつつも、視線がまだ怖いんですけど。


「しかも聞くところによれば、集まった兵は新兵やら領地から駆け付けた烏合の衆だとか。それに対し相手はザウス国にトンカイ国という連合軍。それをイリス殿が進言した奇襲によって一気に敵を追い払ったと。さらに敵将と一騎討ちをしたとか?」


 おいおい、ちょっと詳しすぎだろ。

 というか宰相の目がバキバキに血走っていて、問い詰められる感じでさらに怖い。


「おっと、失礼しました。こういった話を聞くと少し興奮してしまいましてね。戦に出れない体になってからでも、戦話いくさばなしを聞くのは好きでして」


「はぁ……」


 なんと答えていいか微妙な話だったので、とりあえず生返事。


「ああ、ちなみにそう警戒しないでいただきたい。今の話、詳しすぎると思ったでしょうが、これはちゃんと人づてに聞いた話でして」


「それにしても詳しすぎるかと」


「ええ。ですがそれは現地にいた弟から聞いたのですから間違いないかと」


「弟?」


「ああ、ご紹介が遅れました。私、ビーワン・レイクと申します。以後、お見知りおきを」


「はぁ………………レイク!?」


 数秒それがどうした、という思いだったけど、ようやく思い至った。

 レイクって、あのレイク将軍? 弟!? 確かに線の細さとか、見た感じ、似ている、か?


「はい、先日は弟がお世話になりました」


「あ、いえ。こちらこそ。援軍いただき感謝です」


「いやいや、あんなことで感謝されるいわれはありません。3年前に貴女あなたのお姉さんにされたことを考えると。いえ、それにしても弟が褒めておりました。初陣にてあの落ち着きように頭の回転、さらに武威もお持ちで、将来が楽しみだと」


「はぁ」


 なんだろう。この雰囲気。

 これまで尋問みたいな感じだったのが、めっちゃ喋るし、めっちゃ感謝されてるし。気持ちのジェットコースターについていけてない。


「ああ、すみません。いきなりこんな感じで驚きますよね。弟からも言われているのですが、目つきが悪いと。実はそこまで視力がよくなく、こう目を細めないとよく見れないわけでして。眼鏡をかければいいんですが、どうもあれは苦手で」


 あぁ、そういう……。

 なんだか肩の力がすとんと抜けた感じ。めっちゃ睨んできて怖いかと思ったら、おちゃめなお兄さんだった気分。


「ところで、皆さん。我が軍の現状を見て、どうお考えでしょうか」


 と、急に真面目なトーンに戻ったレイク宰相が聞いてきた。

 先ほどより、さらに答えづらい問いだ。


「軍、ですか」


 カタリアが代表して答える。


「はい、軍です」


「…………」


「そう身構えないでいただきたい。ここは私たちしかおりません。そしてこれは外交上のお話ではない、ただの雑談と前置きいたします」


 とは言われてもな。

 けど何やら切羽詰まっているようだし。


「一応、初陣も果たしたわたくしですが」


 そう、カタリアは(僕への対抗心と見得から)前置きをして答える。


「やりようによっては勝てましょう。まずは軍を2つに割って、敵の左右から挟撃。逃げる敵を追撃すれば大勝利間違いないでしょう」


 自信満々に語るカタリア。

 それを宰相はどう見たか、何の反応もないまま小さくうなずいて、今度はカーター先生の方に向く。


「そちらのお方は?」


「私はそう、軍学上のことは分かりかねますが。そうですね。士気も高く、よく戦うのではないでしょうか」


「イリス殿は?」


 さて、どう答える。

 きちんと答えるなら一択。けどあの士気を見るにやりようによってはいい勝負ができるはず。けど……。


「…………」


 レイク宰相の視線を感じる。

 それも熱く、何かを期待するような視線。


 けど一体何を? 僕の口から言わせようと……あぁ、そういう。

 仕方ない。気づいてしまった以上、何があるか分からないけど、話に乗るしかない。


「負けます。何をしても勝てないでしょう」


「イリス!」


 カタリアが非難の声を出す。いや、自分の説を真っ向から否定された怒りかもしれない。

 カーター先生も困った様子でこちらを見てくる。


 同盟国に対する礼儀ではないのは分かっている。

 けど、嘘はつけなかった。そしてそれが、彼の求める答えだと。


「いえ、おそらくイリス殿が正しい。この戦い、勝てません」


「し、しかし」


「イリス殿、その理由を語っていただけませんか?」


 カタリアの抗議を遮って、レイク宰相は僕に答え合わせを求めてきた。

 こうなったら毒を食らわば、だ。


「分かりました。まず1つ。簡単な話です。兵力の差。敵は8千に対し、こちらは4千。倍の敵と戦って簡単に勝てるわけがありません」


「でも、兵力差が倍あっても勝てる戦はあるでしょう? 先日のわたくしの初陣でもある、あのトント国との戦いでもそうでした」


 カタリアが反論してくるが、その反論は想定済み。


「ここに籠って戦うなら別だけど、出撃するということは野戦を挑むということだよ、カタリア。それでは兵力差がもろに出る。奇策をろうすれば確かに勝てるかもしれない。けどここで負ける理由その2だ。えっと、その……」


 意気揚々と言い切ったものの、やっぱりさすがにこれは素直に言えないよな。


「どうぞ、お気になさらず」


 レイク宰相に促される。ええい、仕方ない。


「言葉が悪いですが、貴国の大将軍。真正面からの戦いには強いですが、偵察や奇策、連携といったことが苦手なのでは?」


「かまいませんよ。その通りですから」


 まぁ絵に描いたような猪武者って感じだもんなぁ。脳筋と言ってもいい。


「そして上がそうなら、部下もそういった人物が多いのです」


「そうですか、ではそれがその3ですね。いわゆる軍師がいない。作戦の立案や戦場の選定、気候・地形の把握や情報戦の掌握といったことをやる人がいない。これは目隠ししながら夜道を歩くようなものです」


「で、でも! こないだのザウスとの戦には勝ったでしょう!?」


 なるほど。カタリアが何にこだわっていたのか。

 それはあのザウス国との一戦。僕の策がなんとかなってザウス軍を追い払ったから、今度は自分の策で、ということか。さっきの策もその時の焼き増しだし。


「あれは相手がミスしたんだ。味方同士が連携せず孤軍となった。それに戦意も低かった。今回は違う、そしてこれが最後の敗因。おそらくなので断定はできませんが。敵将の平知盛たいらのとももり。この男は危険です」


 平知盛。その男が仕掛けた謀略、凱旋祭の裏で起きたことを語った。


「まさか、そんなことが……」


 カタリアにも語っていなかったことだ。自分の初陣や、父親が狙われた事件の裏にそんなことがあるなんて思いもよらなかったのだろう。


「イリス・グーシィン。君は一体、どこまで見ているんだ。いや、そんな君だからこそ好――ごほん、いや、素晴らしい」


 さらっと告白しようとしたカーター先生は、他国の人がいることに気づいて無理やりお茶を濁した。

 レイク宰相はわずかに口角をあげていたから、気づいたんじゃないかな。あー、恥ずかしい。


「以上、4点の原因があって、正直、勝てる絵が見えません。その、宰相閣下の前で申し訳ありませんが」


 三国志における白眉はくびのシーンである官渡かんとの戦い。(演義ではカットされるけど)

 魏を建国する曹操そうそうに対し、軍師の郭嘉かくかが語ったとされる、10の勝因と敵の敗因を語るシーンがある。

 今はまさにそれで、ただ敗因の方ではなく、勝因の方を語りたかったけど……事実がそうなのだから仕方ない。


「いいのですよ。そう言って欲しかったのですから。私の考えが間違っていなかったことの裏付けにもなる」


 なるほど、宰相もそう考えていたけど、周囲の目もあって言い出せなかったのか。

 あの暑苦しい連中に詰め寄られたら、と思うと同情したくなる。


 けど、どうするつもりだろう。

 ここでウェルズ国が敗ければ、次はイース国(うち)だ。できれば手伝いたいけど、そんなことを許される状況じゃなさそうだし。


「1つ、お願いがあるのですが」


 と、切り出したのはレイク宰相が先。

 そして間髪入れず、話を切り出す。


「ぶしつけながら申し訳ありませんが、ウェルズ国を撃退するのに協力願えませんか?」

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