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第132話 激情の策謀

 思った以上に自分の声が、静寂に包まれた室内に響いてしまった。


 何を言うつもり、とカタリアからはすごい形相で睨まれたし、先生も困惑気味。太守は驚いたようにこちらを見返しているし、宰相は何を考えているか分からず、大将軍は不快げな顔を隠そうともしない。


 どうも注目されて居心地が悪い。

 けどもう後には退けない。


 だから勇気を奮い立たせて、考えていた言葉をなんとか絞り出す。


「実は、ここに来る際に賊の襲撃を受けまして」


「そうであるのか?」


 太守が臣下に問うが、誰も答えるものがいない。

 いや、いたが末席にいるために発言力が弱い。だから少しの間をあけて、遠慮がちに発言した者がいた。


「申し訳ありません。私の隊がその残党を捕縛、彼女と共に国都まで護送した次第でございます」


「貴様、レイク! なぜ黙っていた!」


「は、はっ……」


 大将軍の理不尽な叱責に恐縮して答えるレイク将軍。

 あまりに可哀そうで、僕としては助け船を出さざるを得ない。


「レイク将軍を責めないでいただけませんか。僕――私たちはレイク将軍に助けられたのですから」


「むぅ……」


 押し黙ってしまった大将軍を一瞥して、太守と宰相に向きなおって話を続ける。


「その際に、敵の1人と交戦しました。その際に、相手がこぼした言葉が気にかかりまして」


「言葉?」


「はい。その者は賊を操って襲わせたのだと。そして、ウェルズの国都を襲うと」


「なに!?」


 厳密には違うけど、色々総合した結果、そうなる確率が高い。

 そして僕はこれを言うためにここまで来た。


「今すぐ、西に偵察をお送りください。そして国都の防衛を――」


 のだが。


「失礼します!」


 バンっと扉をたたき割るほどの激しさで、伝令の兵が1人、中に入って来た。


「なんだ、今は大事な交渉中だ!」


「も、申し訳ありません。ですが、たった今。西の国境から連絡が! デュエン軍が国境を越えて進軍を開始! その数……8000!!」


「な、なにぃぃぃ!」


 遅かった、か。


 伝令の兵の言葉に、その場にいた誰もが騒然とした。

 いや、その中で比較的平静を保っていたのは、前もってその可能性を得ていた僕とレイク将軍――そして宰相だった。


「敵の大将は?」


「申し訳ありません。ですが、旗は見たことがありません。赤地に何やら模様が描いてあるのですが、


 赤地?

 嫌な、予感。


「すみません、1つ良いでしょうか」


「今は国の大事だ!」


 大将軍の大気を震わす一喝に、思わず後ずさりするところだった。

 だがそこで助け舟を出してくれたのは宰相だった。


「今は緊急。何よりデュエンの侵攻を気にかけていたのはイースの使者です。なんでも聞いてください」


「ありがとうございます」


 お礼を言って伝令の兵に向き直る。


「赤地の旗に模様があったんですね? それは……蝶ですか?」


「蝶? ええと、分かりかねます。私は伝え聞いたものですので――あっ! そういえば1つだけ」


「なんですか!?」


「赤字に、黄色の丸が描かれていたと聞いたのを思い出しました」


 赤地に金の日輪。

 つまり官軍、つまり平家。そしてこの世界にいる平家といえば――平知盛たいらのとももり


 その場でへたり込みそうなのをぐっと我慢。

 そうだ。絶望している場合じゃない。


 あれは僕の父さんの仇。いや、死んでないけど、傷つけた黒幕。あの凱旋祭を地獄に突き落とした張本人。

 それがわざわざあっちから来てくれたんだ。こんな嬉しいことはない。


「イリス?」


 カタリアが少しこわばった顔で僕を見ていた。

 どうやら心のうちが顔に出てしまっていたようだ…………待てよ。それってどういうことだ。僕は、一体何をしようとした。父さんの仇? 凱旋祭の犠牲者たちの恨みを晴らす? それが何を意味するか、それによって何が引き起こされるのか、僕は理解しているのか。


 違う。そうじゃない。ここは嬉しがるところじゃない。

 ここが戦場になる。それを嘆け。そして、それをどう対処するか、必死に考えろ。


「グーシィン殿。ご存じなのですか、その旗の者を」


 宰相が探るように聞いてきた。あるいは、なんで知っているのかと聞きたいのだろう。

 こちらとしても黙っているつもりはない。もちろんイレギュラーということ以外は。


「平知盛という知将です。先日、西のホルブ国を滅ぼしたのはその男だと聞いています」


「タイラートモーリ? 聞いたことがないな」


 いや、誰だよそれ。外人には発音しづらいのか?


「ふん、誰が相手だろうと関係ない。我が国の領土を侵す者は、例外なくぶちのめす! そう、あのキズバールと同じようにな!」


 オジャン大将軍が意気揚々と前に出ると、太守に向き直る。


「それでは太守よ、出陣の下知げちを!」


「う、うむ。そうだな。侵略者を許すわけにはいかん」


 顔面蒼白になりながらも、太守はガクガクと頷く。

 それに異を唱えたのは宰相だ。


「待ちたまえオジャン。相手のことも分からぬまま出るのは危険だ」


「敵が来て我が領土を侵食している! それだけで出撃する理由は十分だ!」


「蛮勇と勇猛をはき違えるな。出るなとは言っていない、もう少し敵を見て――」


「その間に我が領土は、いや、国民が辛い目に遭っているのを見逃せというのか!」


 大将軍の叫び。

 それは悲痛なもので、あろうことか滂沱ぼうだの涙を流しながら力説する彼に、周囲も同調する。


 単なる脳筋かと思ったけど、国民のことを思いやる優しさがあるんだなぁとちょっと感激。


 だがそれとこれとは話は別だ。


「大将軍様。私もすぐに出るのは危険かと」


「初陣もはたしていない小娘が何を言うか!」


 怒鳴られた。他国の使者を侮辱したことは一旦、棚に上げておいて、まだ言い募る。


「敵は8000とのこと。こちらがすぐに動かせるのはいくつです?」


「4000かそこらだろう。だが、我が軍が1つになれば、倍する敵も鎧袖一触がいしゅういっしょくよ!」


 精神論や根性で勝てたら苦労はしないっての!


「オジャン、勝つためだ。勝つために、少し辛抱してくれ」


「勝利という大のために、国民という小を捨てよというのか! 見損なったぞ!」


 ダメだ。これは止まらない。

 いや、止まらないように仕向けられたというか。


 そしてダメだしが来た。


 しゃらん。


 鈴の、音。

 そして殺気。


 同時に駆けだした。

 鈴の音が導く方向。太守。その頭上から、白と赤が舞い降りた。距離、20。間に合わない。ドレスにヒールが走りづらい。


「避けろぉぉ!」


 つま先で跳躍。そのまま身を縮こまらせてヒールを脱ぐと、上体の動きだけでそのまま投擲した。


「ひっ!」


 太守が身を縮こまらせる。それで正解だ。太守の面積が小さくなったことで、その背後に立つ彼女に当たる面積が広くなった。


「ちっ!」


 赤髪の巫女――望月千代女もちづきちよめが飛びずさる。


「ええい、曲者くせものだ! 衛兵!」


 宰相が叫び、その場にいた大将軍ら軍人がやわらに剣を抜き、千代女を取り囲むように広がる。

 その間に僕は太守の前に出て、千代女に立ちはだかる。相変わらずの巫女服が、洋風なこの広間に圧倒的な違和感を与える。


「また会ったね」


「間のいいやつ、いや、悪いやつ」


 そう言って鼻を鳴らす千代女。

 このような状況でもどこか余裕を感じさせる。


「けどここまで。すぐに我らが“でゆえん国”の知盛が大軍を率いて、この国を滅ぼす。その時を楽しみにしてて」


 決定事項のように千代女が語る。

 それが余裕のみなもとか? けどそれならなんでわざわざこいつがここに来る? ウェルズを滅ぼすなら軍を率いてくればいいのに。こんな暗殺未遂のことをして、なにが……。いや、あるいは。そういうことか。


「それじゃあ、また会おういりす」


 すっと千代女の体が退いたかと思うと、柱の陰に一瞬隠れる。


「逃がす――え?」


 隠れた千代女を逃がすまいと、その後を追う。だがそこに千代女の姿も巫女服も何もなかった。まるで煙のように消えていた。

 千代女という人物が、最初から存在していなかったように。


 当然だ。あれは赤髪。つまり分身。

 分身体なら消えてもおかしくは……ない。納得いかんけど。強すぎだろ、あのスキル。


「た、助かったぞ、グーシィンの! さすがキズバールの妹!」


 命が助かったと安堵したのか、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった太守が、抱き着いて感謝を示そうとして来たので、なんとか距離を取っておいた。

 そりゃ偉い人だろうが、ぐずぐずの汚らしい状態で抱き着かれたくない。


 それ以上に、話の流れがマズい方向に行きそうで、


「ええい、卑劣なデュエン国め! 太守様を暗殺しようなどと! 皆の者! 出撃だ! 我が国を侵略し、太守様のお命を狙った賊どもに、正義の鉄槌てっついを下してやるのだ!」


「うぉぉぉぉ!」


 オジャン大将軍のげきを得て、その場にいた文官も含めた全員が、今やデュエン憎しで動いている。


 これだ。千代女がここに来た理由。そして、あっさりと逃げていった理由。

 彼女にとって、太守の暗殺の成否はどうでもよかった。それをすれば、こうして頭に血がのぼってくれる。それを計算しての暗殺未遂。


 もはや血気にはやった連中を止める術はない。宰相も諦めたかのように、うつむいてしまっている。


 続々と室内から出て行くウェルズの臣下たちを見て、僕らの去就きょしゅうも今、岐路に立たされているのを感じた。

2/3 サブタイトルを修正しました

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