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第131話 ウェルズの大将軍

 それは、謁見が始まってから5分ほどが経過したころだ。

 それまでカタリアと太守らによる互角の応酬が続いていたわけだが、カタリアが一筋縄ではいかないと感じたらしい宰相が僕に水を向けたのだ。


「ところでそちらに控える副使の方は? どうやら同じ年代と存じ上げるが。貴殿の妹かな?」


「え……」


 カタリアが思わず息を呑んだ。そして僕の方を首だけで見て、


「…………」


 すごい目で見られた。


 なんでこいつに話題が行くのか不快。

 こいつと姉妹扱いされるのが不本意。

 下手なことを言ったら許しませんわ。


 さてどれだろうか。


 まぁいい。僕には関係のないことだ。

 それよりこうして名指しされたということは、僕がしゃべってもよいということ。

 これを正使だからとカタリアが遮れば、それは宰相の意思を妨げるということで大変失礼に当たる。


 だから僕は一歩前に出て、苦労してスカートをつまみ上げてお辞儀をして口を開く。


「御意を得ます。私はこの使節団の副使、イリス・グーシィンと申します」


 と、ただ挨拶をした。

 それだけなのに、


「なんだって……」「まさか……」「聞き間違いか」「いや、だがどこか面影が……」


 何やら周囲がざわざわし始めた。これまで鋭い目つきを隠そうともしない宰相も、狼狽したのか少し目を見開いてこちらを凝視してきた。

 変なこと言ったかな、と向けた笑顔がひきつる。


 いや、待て。面影って言ったか。誰かと似ている……そうか。


「もしや、タヒラ・グーシィンの?」


「はい、妹になります」


「おお、やはり!」「あのキズバールの英雄の!」


 ひそひそ声が、感嘆に代わる。


 やっぱりそうか。

 彼らが引っかかったのはグーシィンという名前。つまりタヒラ姉さん。

 彼女が進行してきたデュエン軍を打ち払ってウェルズ国を救ったのは数年前。まだ記憶にも新しい英雄の家族となれば、見る目も変わるということか。


「ちっ……」


 小さく、僕たちだけに聞こえるようカタリアが舌打ちした。

 注目が僕に向いたのが気に食わないんだろうな。


『その名声はタヒラ様の勝ち取ったもの。タヒラ様の妹というだけで何もしていないあなたが、それだけで得意になっているんじゃあないですわよ』


 そう言っているのが聞こえるみたいだ。


 確かに僕としてもタヒラ姉さんの功績をかすめ取って大きな顔をするつもりはない。

 けどここでは、それを最大限に利用させてもらう。


「おお、そうなのか! どうだ、かの英雄は変わりないか?」


 太守が目を輝かせてこちらに身を乗り出してきた。


「はい。姉は今、ザウス国に対する備えで南に行っていますので。今回の訪問に加われなかったことを心底嘆いておられます」


「ふむ、そうかそうか。それは残念だのう。だがかのザウスという逆賊らをこらしめたのは痛快よ。ぜひ、またウェルズに来てくれんかな? そうすればこの国も安心できる。国を総出で歓迎いたすぞ」


「はい、姉に伝えます」


 すごいな、タヒラ姉さん効果。


 だがそこへ冷や水を浴びせる声が右側から上がった。


「我が太守よ。かような他国の者に頼られるのは心外。我が国軍は何のために存在しているとお思いか?」


「む、そういうわけではないぞ、オジャン大将軍。私はそなたらを信じておる。だが――」


「キズバールにてデュエン軍を追い払ったのは、我らがウェルズ軍! 確かにノスル軍とイース軍の力も借りましたが、多くの兵を有していたのはあくまでも我が軍。外交上、2国の将を英雄と祭り上げましたが、それだけのことです」


 オジャン将軍と呼ばれた大柄の男は、暑苦しくも唾を飛ばして力説する。


 んー、なんかタヒラ姉さんから聞いた話とは違うな。

 確かデュエンに攻め込まれたウェルズが各国に救援を呼び掛けて対抗。なんとか戦線を膠着させ、講和までに持ち込んだものの、その直後に夜襲を受けウェルズ軍は潰走かいそう

 そこを姉さんが、北方の国ノスル軍と協力して地形を利用して敵を追い払ったと。


 1万以上の敵に1千で勝ったというから、我が姉ながらにとんでもないことをするな、と思ったのを覚えている。

 まだこの世界に来たばかりで、ザウス国から逃げ出す際に聞いた話だ。


「いいですか、太守よ。そもそもこの国を守る中枢であるのは我々であり、その栄誉を簡単に他国の者に渡すというのは浅慮と言われてもしかたのないことです。もちろん、私も立場のある者。政治上の決定に意義をさしはさむことはいたしません。ですが――」


「う、うむ。そ、そうだな」


 怒涛の如く唾を飛ばすオジャン将軍の言葉に、ピンとくるものがあった。


 それはある意味当然というか。

 要は他国の軍人の方が太守の覚えがいいのが気に食わないのだ。要は嫉妬。


 まぁそれは分からないでもない。


 正社員でプロジェクトの中心として働いてたところに、外部の派遣の人が来て、一気に成果をあげて上司に気に入られでもしたら……うん、彼のようにならなくもないような気もしないでもない、かな?


 それにしてもこのオジャンとかいう将軍はよくしゃべる。

 必死になるのはいいけど、それによって他国の人間に自らの器の小ささを露呈していることにも気づいているのだろうか?


「こほん、大将軍よ。この場は過去の戦に対して栄誉のありかを求める場ではない。ここは他国の方々との友好を深める場である」


 同じことを思ったのだろう。

 対面に立つ宰相が咳払いをして、大将軍に注意を促した。


「いや、しかし――」


「オジャン」


「うっ……」


 宰相の冷たい一刀で斬り捨てられた大将軍は、言葉に詰まって押し黙ってしまった。


 そして宰相は改めてこちらに向き直ると、頭を軽く下げて、


「申し訳ない、ご使者殿。醜態を見せました」


「いえ、お気になさらずに」


 カタリアが鷹揚おうようと返す。

 ここぞとばかりに自分が正使だと訴えかけるさまに、こいつもぶれないな、と感心した。


 と、そこで一瞬。時間にすれば数秒だが、会話が途切れ、空白が訪れた。

 それはある意味チャンスだった。

 あのままタヒラ姉さんの流れで話せればよかったけど、変な横やりが入って会話の流れがごちゃごちゃになってしまった。


 それを仕切りなおすためのこの一間ひとま

 そこで誰が口火を切るかで、この後の流れが変わる。


 それを承知で、僕は口を開き、意を決してこう言った。


「1つ、よろしいでしょうか」

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