第130話 謁見
「こちらへどうぞ」
案内の兵士の人に通されたのは、政庁ではなく別の建物。
背は低いものの、格式ばった外装に豪奢の粋を極めた内装。迎賓館だ。
なるほど、他国に対しての見得と意地の象徴というべきか、こういったものは大体似通うらしい。
ただしそれを使う人間が異なれば、自然、まとう空気も何もかも変わってくる、ということなのだが。
「ほぅ……」
重苦しく開いた扉。その向こう側には開けた空間。
少し気おされるほどのしんとした空気に、どこかピリッとした圧を感じるのは僕の気のせいじゃないだろう。
部屋の中には食事の乗ったテーブルやアルコールの匂いもなく、それこそ数十人の人間が左右にずらっと並んでいて、一斉にこちらに視線を向けてきた。
「…………ふん」
そんな中を、先頭に立つカタリアは悠然と歩を進める。
なるほど、さすがは国を背負うと豪語するくらいの凄まじい度胸だ。
「行こうか」
僕の隣でカーター先生がつぶやく。
「はい」
促されるように、僕も歩を進める。
一瞬、気を呑まれたのは確かだけど、それ以上に僕の足を止めていたのはコルセットによる息苦しさと、ヒールによる歩きにくさによるものだったりした。
そう、今の僕はカタリアよろしくの貴婦人衣装に身を包んでいる。もちろん仮面舞踏会をするわけじゃないから扇子も仮面も持ってないけど、それでもコルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられたお腹周りがかなりきついし、高いヒールのパンプスは一歩間違えたら足首をひねりそうなほどに歩くのに難儀する。
本当、よく女の人はこんな不自由な格好でいられるものだ。素直に感心した。
僕は転ばないよう、ゆっくりとカタリア、カーター先生の後を続く。
この場においてイース国の人間はこの3人だけ。ラスや琴さん、小太郎はホテルで待機となっている。
もちろん武器なんて持ち込めない(ちゃんと身体検査があった)ので、もしここにいる連中に一斉に襲い掛かられたら……ひとたまりもないだろう。僕1人なら、逃げられないことはないだろうけど、それは意味がない。
だからそんなことにはならないと祈りつつ、おそらくその想定もしているであろうカタリアが平然としていられるのを見て、ちょっと見直したわけだ。
カタリアはそのまま、先導の兵に導かれて部屋の奥へと続く絨毯の上をためらうことなく歩んでゆき、その中ほどで止まった。
僕と先生はその後ろ、左右に別れて止まる。
「…………」
静寂のひと時。
部屋の中央奥にある玉座みたいな立派な椅子が空だから、これからそこに座るべき人間、この国のトップであるこの国の太守が来るんだろう。
最初からおらずに後から来るのは、それだけ権威があるということを示すための示威行為なのだろう。世界が変わっても、そういうところは変わらないわけだ。
だからその間に、僕は左右に並ぶ人間たちを監察する。
さすがに地続きの異国。外国とはいえ見た目はそうイース国の人と変わらない。ただ、どこか堅苦しい感じがする。
うちだったら大将軍みたいなチャラチャラした人や、将軍みたいな武骨な人、クラーレみたいな破天荒な人、タヒラ姉さんのようにいるだけで圧を放つような人といった様々なキャラクターがいるが、この国では(見た目上は)そういった人間はいなさそうだ。
僕から見て右におそらく軍人、左に文官という風に並んでいて、奥にいる方が偉いとするなら、一番奥、僕を二回り、三回りほど縦にも横にも大きくした人物が軍人のトップ、大将軍だろう。
そしてそれに続く軍人がずらっと並ぶわけだが、その見た目はお前ら分身でもしたのか、と思うくらいに縦にも横にも体躯の良い男女がプレートアーマーを着こんでいた。
その中でほっそりとしたレイク将軍は若干浮いているようにも見えた。というかレイク将軍、結構席次が下だった。なんかショック。やっぱ体格なのか、いい人すぎるのか……?
対する見て左側。文官もまたずらりと並んでいるのが圧巻だ。
うちでは父さんとインジュインの二元巨頭で、文官のほとんどがインジュインの腰ぎんちゃくで失礼だけど小物感あふれる人たちしかいないから、ここまで充実した様子の文官がいるのは羨ましい限りだ。
そのトップは40代くらいのすっと細長いあごひげが特徴の痩せぎすの男。
今は目を閉じているが、目元に刻まれたしわを見る限り、なかなか怜悧な感じのする人物だった。
「太守様のおなりー」
声が響き、場の緊張感が最高潮になった。
慌てて意識を前方へと集中させると、奥の扉から1人の男が入ってくるのが見えた。
その男は、きらびやかというよりは質素を感じさせる白衣を着ており、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
それにあわせてその場にいた全員が頭を下げる。慌てて僕もそれにならった。
上目遣いで太守の様子を見守るが、そのまま椅子に座ると、
「おもてをあげよ。ウェルズ国太守、リヴァン・ラズレットである。イース国の使者よ、よう参った」
物静か、というか物憂げな感じに宣言した。
顔をあげて見る。
年齢は30代後半。落ち着いた所作と、柔らかな感じのする声は、どこかのパリピとは正反対の性質。ただ、その大人しさというか、静けさはどこか頼りなげな感じもする。
「かような場所にお招きいただきありがとうございます。わたくし、イース国重臣キース・インジュインが次女、カタリア・インジュインと申します。この度は両国の親交を深めんがため、まかりこしました」
カタリアが優雅にドレスのすそをつまんで頭を下げると、カーター先生は膝をついて頭を下げる。
僕は慌ててカタリアにならってお辞儀をする。
「うむ。苦しゅうない」
「では献上品の目録を」
カタリアが少し振り向いてカーター先生に目配せする。
するとカーター先生は進み出て、胸元から1通の手紙のようなものを出す。
あれが目録――つまり何をもって来ましたよ、というものの一覧で、さすがにここに献上品を全部は持ってこれないから、内容だけでも見てもらうために渡すのだ。
「ありがたく。宰相」
「はっ」
左の一番奥に立つ、先ほどのあごひげの男が前に出て、カーター先生の元へ来るとうやうやしく、その目録を受け取った。
その際に見えた瞳が、刺すような冷気をまとっていたのを感じて、この男もやはり一筋縄ではいかないなと感じた。
そして目録を受け取った宰相は、太守の傍にいる少年にその目録を渡し、それを少年が太守の場所へと持っていく。
なんとも悠長でじれったい間だったけど、直接受け取らない、というのが権威付けの上で有効なのだろう。うちでも同じようなものだった。まぁインジュインの元へ運ばれた時点で止まる、ってところが違うけど。
「これは、イース国産の鉱物まで。ありがたく。本当に良質な鉱山を複数抱えて羨ましい限り」
「いえ、これも貴国が国境を穏やかに保ってくださっている賜物でございます。ご要望があればおっしゃってくだされ。すぐに上質なイース国のを届けさせましょう」
パッと聞いただけでは普通の挨拶。
だが、すでに外交バトルは始まっていたのだと、空気が伝えてくる。
今のを副音声にすると、
『上質な鉱山を持ってて羨ましい。あるいは奪ってやろうか?』
『ウェルズが友好国であるなら、こうしておこぼれを差し上げなくもないけど?』
みたいな感じだ。ここまで喧嘩腰じゃないけど。
その後にも、宰相を交えての問答が続く。
これが挨拶代わりの応酬だとすると、なかなかハードだ。
というか一歩間違えたら外交問題で、僕らは生きて帰れない内容なのに、カタリアは次々とその場での最適解を導き出して回答していく。
僕でも少し考えればできなくはないと思うけど、それを瞬時に選び取って、イース国に対し最良、だが決して失礼にならない程度の回答を選択し、さらに臆することない態度は、素直に感心した。
なるほど、いつも伊達に偉ぶってるわけじゃないか。
とはいえ僕もぼぅっと聞いていたわけじゃない。
どこかでデュエン国のことを話さないと、とタイミングを測っていた。
だがそのチャンスはまた、意外なところから来た。
そして同時に、デュエン国の侵攻を決定づける報告が舞い込んでくるのだ。