第129話 合流
翌朝、陽が上ってすぐの時間に僕たちは出立した。
「イリス殿が太守様との謁見を望むなら、少し急がれば間に合うかもしれません。それに、すでに西への偵察は放っているので安心ください」
さすがのレイク将軍の対応に頭が下がる思いだ。
それから馬車に揺られ、ウェルズ国の国都についたのはお昼過ぎ。
「こちらが使節団の方々が使っている宿舎です。皆さまはこちらにおられるはず」
レイク将軍は部隊を営舎に待機させたうえで、カタリアら使節団が宿泊しているホテルまで案内してくれた。
レンガ造りの雰囲気のありそうな立派な建築物。庭はないが、うちより一回り大きい建物が用意されているところを見ると、使節団としては歓迎されているのだなと分かる扱いだ。
「それでは、私はこれで」
「将軍、最初から最後までありがとうございました」
「いえ、この国の危機を教えてもらったので。おあいこということで」
くすりと笑うレイク将軍は、どこか少年じみた仕草で頭を下げて立ち去っていった。
なんというか。さわやかな人でもあるよな、あの人。イケメンか。
なんて思っていると。
「イリスちゃん、ダメだよ!? 先生と太守様との三角関係なのに、さらにあの人と……あ、待って。それ、いいかも……」
「いや、ラス。何を言ってるの……?」
「もちろん、イリスちゃんが誰とくっつくかってこと!」
「さも当然のように言い切らないでほしいなぁ」
つか誰かとくっつくとかありえないから。だって相手が男だよ!?
「恋愛はこの世における大自然の理にて真実。いりす、何も恥じることはないさ」
「いや、琴さん。そういう壮大な話じゃなく……」
「え、じゃあイリスちゃんは男の人が好きじゃないの!? はっ、もしかして……カタリアちゃん? 仲良くなりたいって言ってたの、そういうこと? あるいは……わ、私とか――はぶっ! えーん、イリスちゃんがぶったー」
「頼むからラス。帰ってきてくれ。あの時の清純なラスが……」
「ええい、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいですわ! 誰なんですの!」
と、玄関の扉が蹴飛ばされたように開いて、中から悪態をつきながら出てきたのは――
「え、カタリア?」
「……イリス・グーシィンに、ラス・ハロール。何しに来たんですの?」
「えっと…………」
言葉を失っていた。
なぜって、出てきたカタリアはいつもの学生服ではなく、大きく広がったフレアスカートに、諸所にフリルをあしらった白のドレス姿だったから。キラキラとラメの入った扇子に、これでもかと頭頂部を大きく見せるように髪を重ねていく――確か“盛り髪”とか言ったか。
映画とかでよく見る、貴婦人然とした姿のカタリアがその場にいた。
正装、というか盛装といった感じのカタリアに僕は唖然とし、ラスはぽぅっと頬を赤らめ、
「カタリアちゃん……カッコいい」
ラスが思わずため息を漏らすが、確かにその通りだと思う。
地はいいんだよな。ほんと。
「ふふ、裏切り者に言われてもなんら嬉しくありませんわ」
などと言いながらも得意そうだ。
「…………」
「…………?」
「で?」
「え?」
何やらカタリアに無言の圧をかけられたけど、「で?」と言われても分からないぞ。
「あなたは何もないんですの?」
「何も……?」
「わたくしのこの華麗なる衣装についてですわ! あなたみたいにいつも同じ服着ているだけの人とは違うことが分かるでしょう?」
ああ、そういう。
めんどくさいな、こいつ。
とは思うけど、これも関係構築のために必要なことか。仕方ない。
「うん、綺麗だよ」
「……っ!!」
急に扇子で顔を隠してそっぽを向かれた。なんだよ、こいつ。
「おーい、何をがやがやと……イリス・グーシィン!?」
と、収拾がつかなくなってきた場にやってきたのは先生だ。
「お前、あれほど無理をするなと」
「無理じゃないです、必要なことです」
「ラス・ハロール……」
「私はイリスちゃんがしたいことをさせたいだけなので」
はぁ、と大きくため息をつく先生。
「仕方ない。これから太守様との謁見が始まるんだが。来るか?」
これから!
じゃあまだ何も起きていないのか。
これはチャンスかもしれない。
二度目の挨拶ともなれば、太守自身の対応もなくなり、重臣の一部としか話せる機会がなくなる可能性もあった。
「はい、行きます!」
「じゃあ着替えてくれ。急いで」
「え?」
着替える? 何に?
「えって、そんな格好で太守様にお目にかかれるわけないだろう? ああ、馬車で来たとはいえ、しっかり旅塵も落としてもらわないとな。少し時間がいるか」
「そうですわ! 来るならしっかりとしなさい。これから国の代表として太守様に謁見するのですから。もちろん正使のわたくしより控えめにするのですわよ」
カタリアが復活したらしい。
相変わらずの上から目線ですがすがしいまでの自分本位に、ある意味感心する。
いや、でもこれかぁ……。露出はバニーとかより圧倒的に少ないけど…………。
なんて迷っていると、
「やります! イリスちゃんのことは私にお任せを!」
「わっ、ちょ、ラス!?」
ぐいっとラスに引っ張られて、そのままホテルの中へ連れられて行く僕。
あぁなんでこんなことに。
今更ながらにここまで来たことを後悔した自分だった。